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【成城】日本を代表する、憧れの高級住宅街

 
成城の街並み

小田急線の「成城学園前」駅周辺に広がる成城エリアは、世田谷区の高級住宅地の中でも戦前からの伝統を持ち、日本を代表する高級住宅街として高いステイタスを誇ってきました。このエリアの成立と発展の要ともいえる「成城学園」を中心に、大豪邸が点在する緑豊かで美しい住宅街が広がっています。

成城エリアの西部には、このエリアの自然を語る上では欠かせない「国分寺崖線」を中心に緑に親しめるスポットにも恵まれています。

高級住宅街という土地柄から、成城エリアに点在するショッピングスポットからはどこかハイソな雰囲気が漂うことも特徴でしょう。

 

高いステイタスを誇る、日本を代表する「お屋敷街」
成城の街並み

田園調布と並び、高級住宅街の代名詞的な存在である成城エリア。「成城学園前」駅周辺の小高い丘の上には、贅を凝らした豪邸の数々が連なっています。

もともと牛込にあった「成城学園」が現在の場所に移転するきっかけとなったのは関東大震災でした。震災の被害の少ない郊外に移転するにあたり、候補地を探していた「成城学園」は小田原急行鉄道小田原線(現・小田急電鉄小田原線)が整備されることから現在の場所に移転することを決定します。

関東大震災後、高台が安全な住宅地として注目を集めたこともあり、「成城学園」は移転に併せて周辺の住宅地開発を行うこととしました。

1925(大正14)年に「成城学園」はこの地に移転し、1927(昭和2)年には小田原急行鉄道小田原線(現・小田急電鉄小田原線)も開業を迎えます。都心方面へのアクセスに恵まれたことから、成城エリアは郊外の良好な住宅地として人気を集めました。

成城学園前駅

この住宅地は緑豊かな印象が強く、広々とした邸宅の庭には多くの木々や生垣が植えられています。また街のいたるところで整備された桜やイチョウの並木道は、このエリアを象徴する風景として親しまれています。

この地を終の棲家とした民俗学者・柳田國男が街づくりに関与し、また北原白秋や大岡昇平などの文化人が多く住んだことにより、成城はアカデミックな雰囲気をたたえることとなりました。

また、現在も「東宝スタジオ」があり映画の街としての側面がある成城ですが、過去には黒澤明や三船敏郎を始めとして、多くの映画スターがこの地に居を構えました。特に映画界、芸能界では成城に住むことが伝統的にステイタスとなっているようで、現在でも多くのセレブがこの地に住んでいます。

 

住民が主体となって守ってきた街並み
成城の街並み

成城エリアでは大正時代に誕生して以来、塀ではなく生垣とするなど緑豊かな街並みを守る努力が住民によって続けられてきました。一方で、住民の高齢化や生活環境の変化によって、新たな開発が行われたり、敷地が細分化されたりする動きが出てきました。そこで、成城エリアの街並みを今後も維持するために、紳士協定として「成城憲章」が制定されることになりました。

「成城憲章」では敷地の細分化や高層住宅の開発を制限するとともに、生垣や樹木など緑に囲まれた家づくりを行うこと、建物を隣地から1m以上離すこと、塀を造る場合は高さを1.8m以下にすることなど、景観や美観への配慮を求めています。また、国分寺崖線の湧水や野川、仙川の治水を目的とし、敷地内に雨水浸透設備や雨水貯留設備の設置も求められています。

「成城憲章」に法的拘束力はなく、「成城憲章」に反した建物を建築することは可能です。しかし、成城エリアが目指す街の姿を「成城憲章」として明確に示すことによって、街並みの維持に一定の効果を得てきました。

 

成城の街並みを生み出した、この街のシンボル「成城学園」
成城学園

成城エリアが高級住宅街として成立した背景には、「成城学園」の存在が大きく影響しています。街のブランドイメージ構築にも「成城学園」のイメージの良さが影響しています。

「成城学園」は初等教育の実験的学校として、1917(大正6)年に「成城学校」内に「成城小学校」を設立したことに始まります。その後、「成城小学校」の卒業生を受け入れるため「旧制成城第二中学校」も設立されました。

関東大震災後、住宅や教育施設はより安全な場所を求めて、郊外に移転する動きが広がりました。「成城学園」も敷地が狭隘であったこともあり、安全でゆとりある場所での総合教育を目指して移転を決定します。

1925(大正14)年に「成城第二中学校」が現在地に移転し、成城玉川小学校、成城幼稚園も開設されました。さらに1927(昭和2)年には「成城高等学校」も開設され、総合教育を提供する体制が整いました。

成城学園 成城幼稚園

現在も成城エリアには4学部11学科を有する「成城大学」をはじめとして、附属の高校、中学、小学校、幼稚園まで立地しています。エスカレーター式の一貫教育が人気を集めており、富裕層の子弟が通う学校としてのイメージが強いことも特徴でしょう。首相経験者や俳優の田村正和さんなど数多くの著名人を輩出したことでも知られており、その知名度は全国区となっています。

成城エリアでは、「成城学園」と「成城学園」の保護者などで構成される後援会が街づくりに大きな役割を果たしました。成城エリアに暮らす人々には教育や住環境への意識の高さが現在も受け継がれており、木々が多く植えられた緑豊かな環境が維持されていることも、周辺の住宅地の良好な住環境作りに一役買っていると言えるでしょう。

また、成城の街づくりにも影響を及ぼした民俗学者の柳田國男との関係が深く、1973(昭和48)年には「民俗学研究所」が設置されました。「民俗学研究所」は現在も日本の民俗学研究のトップレベルの機関として知られています。

 

ハイソな雰囲気が漂う成城エリアのショッピングスポット
成城コルティ

高級スーパーマーケットの代表的存在である「成城石井」は、元々はこの街の食料品店として1927(昭和2)年に創業しました。1976(昭和51)年にスーパーマーケットとしてリニューアル、以来ワインやグロサリーなどの品揃えが高い評価を受けています。輸入食料品も多く扱うのは、もともと海外渡航する機会の多い常連客からの希望に応えていったことが始まりです。

現在は日本全国に店舗を展開するほか、ワインバーやレストランをプロデュースなど、スーパーマーケットにとどまらない形態でこだわりの商品を届けています。この成功は成城の目の肥えた住民に鍛えられた結果といっても過言ではないでしょう。

地下化された「成城学園前」駅の跡地にある「成城コルティ」は、グルメスポットを中心に36店舗が営業するショッピングモールです。「歴史ある成城の街にふさわしい環境を創造する」というコンセプトで設計された店舗は、明るく開放的な吹き抜け構造となっており成城のランドマークとして人々に親しまれています。

1階には核店舗のスーパー「Odakyu OX」があり、生鮮食料品などが充実しています。そのほかインテリアの「KEYUCA」や「George’s」といった人気ショップに加え、「三省堂書店」やドラッグストア・クリニック・保育園などが入っており、日常的にも使えるスポットとなっています。

 

「国分寺崖線」が作り出した、成城の緑豊かなスポット
成城三丁目緑地

「国分寺崖線」とは多摩川の流れが数十万年かけて生み出した武蔵村山市から田園調布まで続くこの崖です。「国分寺崖線」沿いは豊かな自然が残るスポットとして知られています。世田谷区では「国分寺崖線」を「せたがやのみどりの生命線」として保全に努めてきました。

成城エリア周辺でも「国分寺崖線」付近には緑のスポットが充実しており、とくに「成城三丁目緑地」には武蔵野の面影を残す林が残っています。都内では貴重になった2か所の湧水もあり、水辺には鳥や昆虫などが憩います。

また、豊かな湧水と緑深い森が印象的な「神明の森みつ池特別保護区」は、23区内では数少ないゲンジボタル自生地として知られ、絶滅危惧種指定の動植物も生息する自然豊かなスポットです。環境保全のため開放されるのは年数回に限られていますが、成城の緑豊かな環境作りに役立っています。

このほかにも「成城四丁目緑地」や「十一山市民緑地」、このエリアの古くからの鎮守である「喜多見不動尊」など緑豊かなスポットが点在しています。 世田谷区では「国分寺崖線発見マップ」という冊子を配っていますので、マップを見ながらするのも心地よいひと時になるでしょう。

掲載日
2019/11/30

本記事は、(株)ココロマチ が情報収集し、作成したものです。記事の内容・情報に関しては、調査時点のもので変更の可能性があります。

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