不動産投資コラム

事例解説:船舶の時価論争と不動産評価実務への示唆(2)

(前回からの続き)

(前回からの続き)
本件船舶の価額について、課税庁(被告)が依頼した船舶の鑑定業者は取引事例比較法と原価法を用いて評価し、納税者(原告)が依頼した船舶の鑑定業者は収益還元法(DCF法)を用いて評価しましたが、この点について、裁判所は、被告の鑑定は、取引事例比較法を用いて評価した船舶の一部のみが合理的であり、原告の鑑定はいずれもその評価が合理的に行われているとしました。

しかし、裁判所は、その採用方針に関して、被告・原告の依頼した船舶の鑑定の双方に合理性があると認められた場合は、被告の鑑定を採用することとし、原告の依頼した鑑定は、被告の依頼した鑑定の合理性が否定される船舶に限って採用し得ると判示しました。

つまり、裁判所は、双方の合理性を比較考量してその優劣を判断することはしないということですが、このような判断は不動産のケースでもしばしば見受けられるところであり、原告にとっては著しく不利であるように思われます。

この採用方針の根拠は示されていませんが、原告代理人弁護士によれば、一般的に行政処分の違法性判断は、被告に認められる行政裁量の逸脱又は濫用があったか否かという観点からなされるので、被告の依頼した鑑定に合理性が認められる限り、その鑑定結果に依拠した行政処分は、行政裁量の範囲内で違法ではないという形式的な判断基準を用いたのではないか、とのことでした。

なお、本裁判の前段階における審判所の裁決では、審判所は上記のような方針を採らず、双方の合理性を比較考量してその優劣を判断するのが相当であるとした上で、いずれの鑑定がより精緻なものであるかについて検討しています。

5.収益還元法の適格性

(1)被告の主張
本論点は、不動産の評価の妥当性を巡って争う場合においてもまま見受けられますが、課税庁は基本的に収益還元法による評価を嫌う傾向にあります。

この点は、本裁判で複数回行われたラウンドテーブル(裁判官、原告側、被告側が楕円のテーブルを囲んで、裁判官の指揮の下、随時発言しながら審理を進める方式)においても、被告からは「収益還元法は将来見積りに恣意性が介入するし、他の評価方法よりも低い価額が算定される傾向が強く問題がある」といった趣旨の発言がなされ、その上で、収益還元法を用いることはそもそも不適切である(適格性に欠ける)と主張してきました。

(2)原告の主張
原告としては、裁判においては、被告は上記のような主張をしてくるだろうと当初から想定していました。それでも原告が依頼取得した収益還元法に基づく船舶の鑑定価額での評価の妥当性・適格性を主張したわけですが、被告の主張に対しては、真正面から鑑定理論を持ち出して収益還元法の合理性を主張する必要はないと考えて、端的に「本件収益還元法による本件船舶の評価は合理的である」と主張しました。

(3)裁判所の判断
裁判所は、被告の主張に対して「被告は、本件において収益還元法を用いることはそもそも不適切であったと主張するが、その主張する内容を見ても、その船舶の価額の算定の基礎となる船舶管理費(経費)や割引率等の各要素の設定により評価額が変動する、という収益還元法自体に内在する性質を指摘するにとどまっており、このような性質を有すること自体をもって、収益還元法という鑑定方式を採り得ないことの理由とすることができるものではなく(また、収益還元法が船舶の鑑定方式の1つであることは、訴外各専門業者においても認識が一致するところである)、その算定の基礎となる各要素の設定が適正にされているか否かが当該鑑定における価格評価の合理性を左右するものである」と明確に判示しました。

6.終わりに

本裁判は、結果としては課税処分が全部取り消されましたが、各論では、本稿で紹介していない部分を含めて課題が残されています。また、税務調査から始まって本裁判の終結に至るまでに10年近くもの期間を要した点を踏まえると、納税者にとって、本件は時間的にも労力・コスト的にも非常に分が悪い争いであったように思います。

税理士法人タクトコンサルティング

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