【連載】不動産×SDGs(最終回)
~「ジェンダーと不動産」~

いま、世界が急激に変わりゆく中で、ビジネスの世界も大きな価値転換を迎えています。2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs)は、単にその数値目標を達成することを世界に求めるだけではなく、すべてのステークホルダーが自分にできる方法で、理想の社会を実現するための役割と責任を果たすことを期待しています。

本稿では、SDGsはどのような世界を目指しているのか、また、そのことがビジネスに対して何を求めているのかといった大きな哲学について触れた上で、それが不動産という産業においてどのような意味を持つのかというところまで掘り下げてみたいと思います。

連載最終回は「ジェンダー」についてです。

Ⅳ-Ⅰ.すべてのSDGsのレバレッジポイントとしてのジェンダー平等

日本は多くのSDGsの目標について、世界を牽引できる力を持っています。例えば医療保険分野では「国民皆保険」というすばらしい制度を持っていますし、「防災」においてもその経験から、他国には真似のできない水準での安全基準や防災教育の実績があります。

ところが、日本が世界においてここだけは大きく立ち遅れている分野があり、またそのことが日本でサステナビリティを推し進めるブレーキの一つとなっているという大きな要因があるのです。それが「ジェンダー不平等」です。世界経済フォーラム(WEF)が各国の男女格差の度合いを測る指標として公表している「ジェンダーギャップ指数」において、2022年度の日本のジェンダーギャップ指数は146カ国中116位と主要7カ国(G7)で最も低い結果となりました。

逆に言えば、ジェンダー平等と女性のエンパワーメント(=意思決定等における権限をもたらし、活躍を推進すること)、SDGsで言えばGoal 5を実現することは、他のすべてのサステナビリティ目標と因果関係で繋がり、これらを後押ししていくこととなります。これまでSDGsの目標のあいだの「連関:リンケージ」ということをこのコラムでも強調してきましたが、私は日本におけるSDGsの最大にして最強のレバレッジポイント(=連鎖反応を引き起こす起点)は女性のエンパワーメントであると公言します。そのくらいこの目標は社会にとって重要なものであり、また不動産という産業にとっても重要なものなのです。

Ⅳ-Ⅱ.不動産業界の上流と業界内におけるジェンダーの課題

不動産という産業のバリューチェンの上流から下流まで、実はあらゆるところにおいて、所有する権利、働く権利、あるいは借りる権利などに基づいたジェンダーの課題が存在します。例えば世界的に見ても日本においても、土地の所有者は圧倒的に男性の方が女性よりも多く、職業選択や賃金において男女のあいだに格差があることを反映したものとなっています。そして、土地の所有がさらにこれを基盤とした経済活動の機会の格差に繋がり、男女の経済格差がさらに拡大する要因となっています。

一方、不動産産業における男女の活躍の違いを見てみると、女性管理職比率は15.3%であり、日本全体平均の8.9%よりも高い(出所:帝国データバンク「女性登用に対する企業の意識調査」)という結果があります。数字だけ見るとたいへん喜ばしくも思えるのですが、注意しなければならない文脈もあります。どういうことかというと、現在の不動産業界において管理職を務める女性は、昭和の働き方で勝ち上がってきた方が多いのではないか、近年ではワークライフバランスや自分らしさが重視される中、不動産産業においては、多くの方が管理職になりたくないと女性が思うような働き方をしているのではないか、という懸念です。いわゆる「猛烈社員」です。

不動産業界における働く女性の役割が大きい中で、女性管理職比率を日本政府が目標として定めている30%以上に引き上げるためには、不動産産業における働き方そのものを変えていく必要があるかもしれません。例えば老舗百貨店である三越伊勢丹は来年創業350年をお迎えになるということですが、300年以上企業が続いていくためには単に古いものを堅持するだけではなく、市場の変化にも対応し、また世の中の変化にも対応して自らを変えていくことが必要なのだと考えます。不動産という産業にもそうした変化の大波が来ているのかもしれません。

Ⅳ-Ⅲ.不動産業界の下流とサプライチェーン全体でのジェンダー課題

さて、不動産産業の顧客側においても女性の役割は大きいものとなっています。総務省統計局が2015年9月に公表した「2014年全国消費実態調査」において、2014年度の単身世帯における持ち家率の全体平均を男女で比較すると、男性の持ち家率50.9%に対し、女性の持ち家率は67.9%でした。女性の持ち家率は、男性の持ち家率を17ポイント上回っていたのです。それも、40代以上の単身世帯において女性が家を持ちたいという傾向が明確でした。つまり、個人向け不動産売買においては6割以上の顧客が女性なのです。こうした状況に鑑みると、サービスの下流においてもジェンダーに対する意識が非常に重要になってくることが分かります。

また、「ジェンダー」という観点からは、女性だけでなくLGBT(同性愛者を含む性的少数者)の権利も重要になってきています。例えば日本の賃貸契約において国籍にもとづく差別および入居拒否は禁止されていますが(複数の裁判判例があります)、ジェンダーにもとづく差別および入居拒否に係る判例や規範は日本ではまだ確立していないと理解します。もっぱら安全面の考慮から不動産や電車の車両などが「女性専用」とされることは多いものの、LGBTについては偏見や差別に基づく場合が圧倒的です。実際に同性カップルの場合には賃貸契約を断られるケースが存在すると聞きますが、今後、不動産産業全体においても「誰ひとり取り残さない」について議論していく必要があるのではないでしょうか。

こうした思考が実際の物理的な施設のあり方などに影響を及ぼす場合もあります。例えば公共施設のトイレにおけるジェンダーの区分をはじめ、建物の設計上のジェンダーステレオタイプやジェンダーフリーについて考えていく必要性が浮上してきています。例えば大手のコンビニエンスストアでは多くの店舗でトイレの使用を顧客に提供していますが、すべて「男女兼用」とするか「女性専用」を設けるかで大きな議論があるのです。それによって設置するトイレの数も変わってきます。そもそものデザインの段階からジェンダーに対する考慮を生かしていく、不動産産業にもそうした思考が要求される時代がすでに来ているのだと思います。

Ⅳ-Ⅳ.人的資本経営とウェルビーイング

こうした様々なジェンダーの観点から不動産産業を俯瞰してみると、この産業が時代の変化に対応し、大きな変革を行っていくにあたっては、土地の所有といった根源的な問題から、従業員、サプライチェーン全体、および顧客のユーザビリティという極めて幅広い視点でビジネスを捉えていく必要を生じます。また、本稿ではジェンダーを中心に議論しましたが、広くD&I(多様性と包摂)という観点からは、不動産産業は、障害を持つ人、民族的少数者、外国人、子ども、高齢者など、すべての人がまさに「取り残されない」産業であるべきです。

この点で現在注目されているのは「人的資本」という言葉です。これまでも多くの蓄積があり、企業経営の本丸の一つである分野ですが、本年5月に公表された伊藤邦雄氏による「人材版伊藤レポート2.0」によって現在脚光を浴びています。そしてこの概念の中には、単に戦略的に人材を採用・配置し、効率的・効果的に使用していくことを越えて、リスキリング(学び直し)やキャリアゴールの実現を通じて、働く人たちの「ウェルビーング(よく生きること)」を達成することが経営者の目的でもあるという、人間的な側面が含まれていると信じます。

すべての人が活かされ、その秘められた力を実現する、そして「よく生きている」と実感できるウェルビーイングがもたらされる。不動産産業にも、まさにそうした「人」と「不動産」の佳いつながりが、いま求められているのではないでしょうか。

田瀬和夫

SDGパートナーズ有限会社 代表取締役CEO

1967年福岡県福岡市生まれ。東京大学工学部原子力工学科卒、同経済学部中退。 1992年外務省に入省し、国連政策課、ニューヨーク大学法学院客員研究員、人権難民課、アフリカ二課、国連行政課、国連日本政府代表部一等書記官等を歴任。2001年より2年間は、緒方貞子氏の補佐官として「人間の安全保障委員会」事務局勤務。外務省での専門語学は英語、河野洋平外務大臣、田中真紀子外務大臣等の通訳を務めた。2005年11月外務省を退職、同月より国際連合事務局・人間の安全保障ユニット課長、2010年10月より3年間はパキスタンにて国連広報センター長。2014年5月に国連を退職、同6月よりデロイトトーマツコンサルティングの執行役員に就任。同社CSR・SDGs推進室長として日本経済と国際機関・国際社会の「共創」をテーマに、企業の世界進出を支援、人権デュー・デリジェンス、SDGsとESG投資をはじめとするグローバル基準の標準化、企業のサステイナビリティ強化支援を手がけた。2017年9月に独立し、サステナビリティ・コンサルティングに特化するSDGパートナーズを設立、企業のサステナビリティ方針全体の策定と実施支援、SDGsの実装支援、ESGと情報開示支援、自治体と中小企業へのSDGs戦略立案・実施支援などをリードする。 また、 2019年12月には事業会社であるSDGインパクツを設立し、実際に社会に持続的インパクトをもたらす事業へも参入。 さらに、2021年9月にはニューヨークのサステナブル・カフェ「Think Coffee」の日本誘致のためThink Coffee Japan株式会社を設立し、現在上記3社の代表取締役。私生活においては9,000人以上のメンバーを擁する「国連フォーラム」の共同代表理事。

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