【Special Interview】日本経済低迷期~現在 「世界のタンゲ」のDNAを「個にとって気持ちの良い空間」に昇華

株式会社 丹下都市建築設計
会長 丹下 憲孝 氏 

野村不動産ソリューションズ株式会社
常務執行役員 原田 真治

丹下都市建築設計の功績や都市・建築に与えた影響について語る対談の第2回です。丹下都市建築設計は、国内外に名を馳せた創業者の丹下健三氏が退いた後、いかにして「世界のタンゲ」のDNAを受け継ぎ、時代を捉えた独自のエッセンスを加えたのでしょうか。野村不動産ソリューションズ 常務執行役員の原田真治がその軌跡を追います。

 

土地ごとの歴史や物語を知り「あるべき建築だ」と感じてもらう

原田 憲孝氏は1997年に社長となられましたが、「世界のタンゲ」のDNAとして「引き継いだもの」と「加えたもの」について教えてください。

丹下 基本的に、父である丹下健三から教わったことをそのままやっている、と言っても過言ではありません。第1回の記事「【Special Interview】戦後~高度成長期~バブル期 丹下健三が形にした、戦後日本の都市・建築」でも紹介した「都市と建築」、「伝統と創造」の2つは父が大事にしていた考え方であり、私が引き継いだものです。

丹下健三氏から受け継いだものについて語る、
丹下都市建築設計 会長 丹下憲孝氏(右)

例えば1964年の東京オリンピックの国立代々木競技場は、父がこの考えに基づいて設計したものですが、私も東京2020オリンピックに参画させていただいたときには、この2つを意識して取り組みました。オリンピックに親子2代で参画できたことは、大変感慨深い経験となりましたし、BBCやNBCなどの海外のメディアでも取り上げていただきました。

ただし、私の場合は海外のプロジェクトに携わることが多かったので、日本の伝統に限らず、プロジェクトを進める国や地域、都市の界隈に存在する歴史、そしてその地で紡がれてきた物語をまず知ることから始めます。父も行なっていたことですが、より深化させました。
歴史や物語を知った上でプロジェクトを進めると、現地周辺の人々が親しみを抱き、新しいけれども自分たちに相応しい「あるべき建築だ」と感じていただけます。

感動を与える建築などと大袈裟なことを言うつもりはありません。足を止めて見上げ、何か一言呟いてもらえる建築物を造り続けたいのです。たとえそれが好意的な呟きでなくてもいい、そこにあることに誰も気づかず、通り過ぎていく建築物だけは造りたくないのです。

「心地よさ」が最も重要な機能。「個にとって気持ちの良い空間づくり」が役目

インタビュアーを務めた、
野村不動産ソリューションズ 常務執行役員 原田真治

原田 丹下健三氏はシンボル性の高い建築物を多く造っておられたと思います。それに加えて憲孝氏が意識されたことをお話しいただけますか。

丹下 確かに、国家プロジェクトと言えるような都市計画や建築設計に多く携わり、シンボル性が高く、機能性に長けた建築物を手掛けました。

しかし、建築の世界では機能性を重んじる機能主義ははるか昔にピークに到達しており、今は住宅であれ、オフィスであれ、形ではない「心地よさ」が最も重要な機能になっていると考えます。私たちは人が生活するためのスペースを作り、そのスペースは「気持ちよく過ごせる=エコ」です。つまり、心地良い空間こそが究極のSDGsなのです。私は、心地良い空間を提供できれば、最高に幸せな仕事をしたと感じます。

父の時代は「社会」が一つのユニットでした。しかし、現代は「個」の時代です。同じスペースに暮らしていても、人によって「ああしたい」「こうしたい」があります。一人の人間でも、年齢によって空間の使い方が変わります。

父から受け継いだ「気持ちの良い社会づくり」は、「個にとって気持ちの良い空間づくり」に変わりました。万人に共通のものは無理ですが、人間ならではの「順応性」を考慮すれば、ちょっとした「余白」で空間を変えることができます。「余白」、つまり工夫できるスペースを作っておくことで、「ある時はこうできるし、ある時はこのようにもできる」という風に変化させられます。これが、これからの建築に強く求められていることではないでしょうか。

原田 変化に対応するという意味では、コロナによって生活様式は大きく変わりましたね。

丹下 コロナ以前、人間が最も長い時間を過ごす空間はオフィスだと言われていました。しかし、コロナ禍で移動による気分転換ができなくなり、住宅の中に居続けながら気分転換しなくてはならなくなったのです。

自宅を新築した友人が、最高の家を建てたと思っていたところ、コロナ禍になりガレージでリモート会議ばかりしていた、という笑えない話があります。コロナを経て、今は「どうやったら多目的な空間をつくれるか?」がテーマとなりました。

3層ごとにコンパクトな校庭を設けた「コクーンタワー」

原田 バブル期以降、貴社が参画したプロジェクトで、印象的なものを挙げるとしたらどれになりますか?

丹下 一つは新宿のモード学園コクーンタワーです。第1回で紹介した都庁のプロジェクトも必死でしたが、こちらも同様に全力で取り組みました。多くの人から「丹下健三がいなくなった後の丹下都市建築設計はどのように変化していくのか?」と心配される中、「今までに見たことのないものを」というクライアントの要望に応える形でトライしたものです。

丹下健三は東京大学をはじめ、国内外の大学で教鞭をとっていました。そんな教育者であった父に教わったのは、「教室だけではなく、廊下も大切だ」ということです。教室は先生から生徒への一方通行の空間ですが、廊下は先生と生徒がリラックスして意見交換できる空間だと言うのです。

高層ビルの学校に、長い廊下や広い校庭を設けることはできません。そこで、私たちはビルの3層ごとに天井の高い吹き抜けのコンパクトな校庭を設けました。
また、学生用エレベーターも3階に1階停まる仕様です。一般的な学校は、エレベーターのない3階建てなので、3層の学校をたくさん積み上げたものと思ってください。エレベーターを各階止まりではなく効率的に運用することで、1万人の学生や教職員をピークアワーでも難なく運ぶことができます。

モード学園コクーンタワー 
竣工:2008年(写真:©堀内広治)
モード学園コクーンタワー内観(3層吹き抜け部分)
(写真:©堀内広治)

形状的には「繭」をコンセプトにしました。生徒が繭から美しい蝶になり羽ばたいていく姿を重ね合わせ、シンボル性のあるデザインとしたのです。計画的には、上下をすぼめることで、地上にはオープンスペースを作り、街行く人により広い空を感じてもらうことの意図もありました。形状は異なりますが、東京都庁舎の双塔と同じ考え方が反映されています。

地方にもスケールの大きい商業施設を。「その街らしさ」を大切に

原田 貴社が設計した淡路島にある商業施設「クラフトサーカス」は、外観が非常に印象的ですね。

丹下 以前からお世話になっていたパソナグループの南部代表の依頼を受けて、設計を担当しました。あの商業施設の設計は当社ですが、コンセプトを立ち上げたのは南部代表です。

クラフトサーカスは、南部代表から「スケール感を大切にしたい」との要望をいただき、設計したものです。建物の集合体としてファサード(正面の外観)がつながっているもの、さらに今後の拡張を意識し、増築しやすい切妻屋根の形状を考えました。海辺に相応しいカラーリングの白と青を基調とし、楽しい雰囲気を演出することで、子どもたちからも「あそこへ行ってみたい」と言われる施設になったと思います。

丹下 丹下都市建築設計は公共施設やオフィスビルばかりやっているという固い印象を持たれがちですが、都心部だけではなく、地方でも大きなスケールの商業施設を担当していることをアピールできるいい機会になりました。「その街らしさを大切に、そこでしか建てられないものを」がコンセプトになっています。

クラフトサーカス 竣工:2022年(写真:© 堀内広治)

ゲストハウスのデザイン設計や住宅のリノベーションなど、多種多様なプロジェクトに従事

原田 公共施設やオフィスに限らず、住居系のリノベーションなど、最近は幅広く取り組んでおられますね。名古屋市のゲストハウスも斬新なデザインの作品ではないでしょうか。

丹下 国内外の超VIPを迎えるためのゲストハウス用に高層マンションの一室を購入されたクライアントが、自社のハウジング・インテリア部門の設計力、デザイン力を鍛えたいと取り組まれていたものです。当初は「社員たちに檄(げき)を飛ばしてほしい」「どうしても枠にはまりがちなのでレクチャーしてほしい」というお話でした。

クライアントの社員に「制約なく自由にやりなさい」と任せたところ、「バスタブは、ここのメーカーのものを使って……」と、インテリアコーディネートのプランが上がってきたので、私は空間づくりから入るようアドバイスしました。みなさん良い感性をお持ちなのですが、個々の空間のインテリアではなく、住宅という空間全体をプランニングすることには慣れていなかったのでしょう。

そこで、クライアントの求める「ホテル以上のもてなし空間」を実現すべく、「モダンな和」をコンセプトに私も一緒に設計に取り組むことになりました。延べ床面積110m2で3LDKという典型的な間取りの一室をスケルトン状態にし、くつろぎ空間のメインとなるベッドルームを中央に配置し、ホテルのスイートルームのような一室空間としました。また、東京でも京都でもない名古屋らしい現代の和を表現するために愛知県由来の伝統文化をリサーチし、デザインに取り入れました。名古屋城本丸御殿の格子天井をヒントに天井を鏡面の格子天井にして吹き抜けているかのように見せたり、バルコニーをモダンな枯山水の庭に見立てたり、さまざまな工夫で日本の伝統文化の美意識とモダニズムの融合をはかっています。エントランスから、コリドー、ベッドルーム、バスルーム等、空間の隅々まで細部にこだわり、この場所にしかないゲストハウスが出来上がりました。

愛知県名古屋市にあるPrivate Guest House(写真:© Nacása & Partners Inc.)

丹下 そのほかの事例としては、90m2、築30年マンションのインテリアのリノベーションプロジェクトにも従事しました。中古マンションを気持ちの良い空間にするために、どうすればいいのかを考え、手を入れたものです。多くの人の固定概念を壊し、細部にまでこだわり丁寧に作り上げました。

ほかにも、海外の案件、ファサードやエントランスの改修など、規模やジャンルにとらわれず多種多様なプロジェクトに参画しています。

原田 それでは第2回のインタビューの最後に、ご紹介いただいたさまざまなご実績、ご経験もふまえ、貴社が建築を通して果たしたいと考える「役割」について、お聞かせください。

丹下 数多くの方々との出会いにより、多くのことを学びました。これからも世界中を歩き回ることで経験を積み、その経験を都市計画や建築設計に反映させていきたいですね。そして、「丹下都市建築設計には、面白い人たちが集まるね」と言っていただけるように、さまざまなチャレンジができる場を提供しつづける会社でありたいと思います。

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バブル後から現在まで「世界のタンゲ」のDNAを受け継ぎ、都市計画、建築設計に独自のエッセンスを加えてきた丹下都市建築設計。社会や環境の変化を受けて、今後企業不動産の在り方はどう変わっていくと考えているのでしょうか。次回、第3回の記事で紹介します。

提供:法人営業本部 営業企画部

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