【連載】不動産×SDGs(第2回)
~脱炭素と生物多様性と不動産~

いま、世界が急激に変わりゆく中で、ビジネスの世界も大きな価値転換を迎えています。2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs)は、単にその数値目標を達成することを世界に求めるだけではなく、すべてのステークホルダーが自分にできる方法で、理想の社会を実現するための役割と責任を果たすことを期待しています。

本稿では、SDGsはどのような世界を目指しているのか、また、そのことがビジネスに対して何を求めているのかといった大きな哲学について触れた上で、それが不動産という産業においてどのような意味を持つのかというところまで掘り下げてみたいと思います。

連載第2回目は「脱炭素」と「生物多様性」についてです。

Ⅱ-Ⅰ.脱炭素と生物多様性の密接な関係

人類はいま、新型コロナウイルス、ウクライナ情勢とそれこそ100年に一度起きるか起きないかくらいの深刻な危機に直面していますが、実は次の20年、30年を考えると一番大きく私たちの未来を変えていくのは、1992年のリオの地球サミットのときに同時に国連で採択された、「気候変動枠組条約」と「生物多様性条約」かもしれません。

すでに脱炭素の大波は経済界の様々な基準を変えようとしています。そしてこれに加えて今年来年には、生物多様性という津波がやってきます。そしていずれの波も、不動産という産業分野には極めて近い関係があるのです。本稿においては、脱炭素と生物多様性という大きな流れが最終的にどこに向かっているかを含めて、次の30年を占います。

まず、地球温暖化を防止するための温室効果ガスの抑制と、そのための「文明全体としての化石燃料からの脱却」という動きが、どのように経済全体に影響を与えているかを紐解いてみましょう。

みなさんTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の2017年の最終報告に基づく二酸化炭素排出量の測定ならびに削減が、特に上場企業においては事実上義務となりつつあることはご存知であると思います。そして、このTCFDという枠組みで最も重要なことは、「サプライチェーン全体で排出量をゼロにすることを目指す」ということです。

自社で何かを燃やしたときに出る二酸化炭素量をスコープ1、自社が使う電気やガスから出る排出量をスコープ2といいますが、TCFDにおいては、従業員の通勤や出張、会社で使う紙をつくる際の排出量、物流・配送・廃棄の際の排出量など企業活動の間接的な影響をスコープ3と定義し、これら全体で排出量を大幅に削減することを求めます。サプライチェーン全体で責任を取らされるという意味で、企業にとっては大きなチャレンジです。

そして、実は地球が暖かくなることで最も人間にとって危険なこととは、実は海水面が上昇したり台風が大きくなることよりも、生物多様性が損なわれることなのです。だからこそ上記のように、二つの条約が同時に採択されたとも言えます。どういうことかというと、気温が平均で2度上がったとき、一番大きな被害を被るのは実は動けないサンゴとやはり動けない植物だということにお気づきでしょうか。そして、海の生物の3割がサンゴをそのすみかとしていると言われます。

いまのままでは100年後には99%のサンゴはなくなってしまう、そうすると3割の海生生物がいなくなり、次にそれらを餌とする魚類がいなくなります。あっという間に海のエコシステムは壊滅的な打撃を受けることとなる。陸上でも同じことが起こり、食物連鎖が崩壊し、つまり地球は人類が住めない惑星になってしまうわけです。

Ⅱ-Ⅱ.TNFD(生物関連財務情報開示タスクフォース)という次の大波

現在、生物多様性の保護のための企業の開示枠組み(TNFD:生物関連財務情報開示タスクフォース)の策定が急速に進んでいます。

今年の秋に行われる生物多様性条約第15回締約国会合(COP15)においてその内容が定まっていき、2023〜2024年にかけて、確実にESG市場においても脱炭素と連携しながら生物多様性が大きな流れになっていくと言われています。そして、企業にとって重要なことは、TNFDとTCFDがまったく同じ構造を持っているということです。

それは「サプライチェーン全体で生物多様性に関する責任を課される」という相似形です。多くの企業が2010年に愛知で行われた同条約の第10回締約国会合で採択された「愛知目標」に基づいて、生物多様性を考慮したビジネスを行うという方針を持っていますが、これから来るTNFDは、愛知目標とは本質的に異なるとさえ言える責任を企業に課すのです。

それはどういうことか。例えば、化粧品を生産して販売する会社は、その会社の活動自体ではあまり生物多様性を脅かしているわけではないかもしれません。しかし、化粧品生産の過程で使用するパーム油を生産するために、マレーシアあたりで広範囲に森林が切り拓かれ、その結果そこでの生態系は決定的に破壊されているかもしれません。そこで、マレーシアで起こった生態系の破壊をそこで生産されたパーム油を使っている化粧品会社の責任としようというのが、このTNFDという新しい枠組みの極めて革新的で重要な論理です。

そして、不動産という産業において、TNFDはより直接の影響をビジネスにもたらすでしょう。森林を直接に切り拓く場合はもちろんのこと、自社が直接に関与していなくとも、サプライチェーンで生態系に損失がある場合には自社の責任となり得るのです。そして、TCFDと同じように、生態系へのダメージを計測し、削減目標を立て、開示することが求められるようになります。さらに、例えば土地の所有権という概念を持たない先住民の居住地などでこうした人々に無断で土地開発を行った場合などは、生物多様性の損失と人権の侵害という二つの事象に対して同時に責任を問われるということにもなるでしょう。

このように、脱炭素と生物多様性の大波、さらにはビジネスと人権という新しい枠組みのもとでも、企業はその規模に関わらず、また上場しているかいないかに関わらず、「サプライチェーン全体で社会や地球に対する負のインパクトをなくす」ということを求められることとなります。逆に言えば、間接的にでも環境を破壊したり、他人の権利を侵害する企業は儲けることまかり通らず、という新しい資本主義の規範が意図的・明示的に形成されようとしていると言えないでしょうか。

これは、誰かが儲ければどこかで誰かが割を食う、あるいは誰かが儲ければどこかで環境が破壊される、という「ゼロサム資本主義」からの脱却であるとも言えます。カーボンニュートラル、ネットゼロという脱炭素の概念も、資本主義に対して加えられているそうした修正の一つと考えることができるのです。

Ⅱ-Ⅲ.企業による「ネイチャー・ポジティブ」への取組みと不動産という産業

そしていま、ネットゼロすなわち「マイナスをなくす」を大きく越えて次の段階に行こうとする概念が国際場裡で話し合われ始めています。それは、2020年からダボス会議(世界経済フォーラム)で真剣な議題の一つとなっている「ネイチャー・ポジティブ」という考え方です。

ここでは、経済の成長は常にその配当の一部を再生(リジェネレーション)や再循環(リサーキュレーション)に回すべきであり、それにより自然資本を増やすべきであるとの論理が議論されています。つまりそうした経済においては、企業の成長は自然資本の増加を伴うべきであり、「儲かれば儲かるほど自然が良くなる」というビジネスモデルを実現した会社だけが生き残る、というルールが敷かれることとなります。これは論理的にこれまでのゼロサムからの完全な脱却です。

非現実的な夢物語だとお思いの方も多いかもしれません。ところがすでに世界的なブランドであるグッチは2021年初頭に「ネイチャー・ポジティブ気候変動戦略」を発表していますし、日本においても2021年末に積水ハウスが「ネイチャー・ポジティブ方法論」を発表しており、早晩すべての企業がこうした方向性の戦略を持つことを求められることは自明のようにも思えます。

さらに注目すべきは2022年3月にトヨタのSDGs担当役員の方が公開セミナーで述べた「フューチャー・ポジティブ」という方向性でしょう。ここではトヨタが成長するほど人々のウェルビーイングも自然資産も増加し、社会も地球も良くなる、という「ムーンショット」が示されています。

こうした思考、もちろん実現のためには乗り越えるべき課題が山ほどあるのですが、いまの人類が目指すべき方向性としては正当な論理的帰結だと思われませんか?いわば「ゼロサム資本主義からプラスサム資本主義へ」、この文明は一部で行われている戦争と暴力の連鎖を横目に、確実に進化しようとしています。

こうした文明の進化の中で、不動産という明らかに有限の資源をビジネスの源とする産業はどのような役割を果たせるでしょうか。この点私は、土地が有限だから不動産がゼロサムの産業だとは思いません。これまで開発された土地を自然資本を増やす方向でより付加価値の高い場所としていく、砂漠化した土地を緑化し人と生態系が共存できるような場所としていく、こうしたことは不動産という産業が最も上手くできる、あるいはこの産業のみがなし得る未来に対する大きなプラスであると確信します。

プラスサム資本主義へと文明が進化しつつある今、ネイチャー・ポジティブな不動産の在り方を考えていきませんか。

田瀬和夫

SDGパートナーズ有限会社 代表取締役CEO

1967年福岡県福岡市生まれ。東京大学工学部原子力工学科卒、同経済学部中退。
1992年外務省に入省し、国連政策課、ニューヨーク大学法学院客員研究員、人権難民課、アフリカ二課、国連行政課、国連日本政府代表部一等書記官等を歴任。2001年より2年間は、緒方貞子氏の補佐官として「人間の安全保障委員会」事務局勤務。外務省での専門語学は英語、河野洋平外務大臣、田中真紀子外務大臣等の通訳を務めた。2005年11月外務省を退職、同月より国際連合事務局・人間の安全保障ユニット課長、2010年10月より3年間はパキスタンにて国連広報センター長。2014年5月に国連を退職、同6月よりデロイトトーマツコンサルティングの執行役員に就任。同社CSR・SDGs推進室長として日本経済と国際機関・国際社会の「共創」をテーマに、企業の世界進出を支援、人権デュー・デリジェンス、SDGsとESG投資をはじめとするグローバル基準の標準化、企業のサステイナビリティ強化支援を手がけた。2017年9月に独立し、サステナビリティ・コンサルティングに特化するSDGパートナーズを設立、企業のサステナビリティ方針全体の策定と実施支援、SDGsの実装支援、ESGと情報開示支援、自治体と中小企業へのSDGs戦略立案・実施支援などをリードする。
また、 2019年12月には事業会社であるSDGインパクツを設立し、実際に社会に持続的インパクトをもたらす事業へも参入。
さらに、2021年9月にはニューヨークのサステナブル・カフェ「Think Coffee」の日本誘致のためThink Coffee Japan株式会社を設立し、現在上記3社の代表取締役。私生活においては9,000人以上のメンバーを擁する「国連フォーラム」の共同代表理事。

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