老舗企業の生き残り戦略と不動産賃貸業

企業が本業だけで50年、100年と生き残り、各ステークホルダーに対しその使命を果たし、かつ企業価値を維持していくことは大変困難なことです。それを手助けするのが各種ストックビジネスです。このストックビジネスを業として取り入れ、大きな柱にしている具体例を解説して参ります。

Ⅰ.大正9年創業の繊維会社が生き残っている理由

かつて長野県の諏訪を訪れた時のことです。ガイドブックで諏訪湖の近くに公衆浴場を見つけました。場所は、諏訪湖の周遊道路沿いであり、温泉旅館であれば一等地と思われる場所でした。駐車場に車を停めてその公衆浴場に近づいて驚いたのですが、外観は洋館風で非常に立派な歴史のある建築物に見えました。中に入ってみるとそこも豪華な西洋風建築様式であり、まさにローマかどこかの浴場を真似て作ったような趣でした。公衆浴場にしてはあまりにも立派であり、見るからに歴史を感じるこの建築物をいったいどこの誰が作ったのかと。

その建物に付いていたプレートをよく見てみると「片倉組」とありました。かつてこの会社が自社の工場で働く従業員向けに作ったものだということでした。その時は、片倉組と聞いても全くピンと来ず、信州の地場の建設会社が建てたのだろうという程度の認識しかありませんでした。後々知ったのですが、この片倉組こそ現在東証に上場する片倉工業株式会社であり、1920年(大正9年)設立の名門かつ老舗企業だったのです。この公衆浴場は、片倉組の創業者一族が出資し、周辺の方々への公共的な更生施設としてなんと昭和3年に建設したものだったのです。当時の片倉組は繊維産業を営んでいたようですが、如何に隆盛を極めていたかということを今に知ることができる歴史的な建造物でした。現在、この建物は重要文化財の指定まで受けています。

さて、現在の片倉工業がどういう企業かというと、もともと信州で創業し、現在では世界遺産にもなった富岡製糸場をはじめとして、各地に工場を所有し一大企業へと成長しました。

現在では、その跡地を利用し、ショッピングセンターの運営を中心とした、さまざまな「不動産賃貸事業」を行う会社に変化しています。

今でも繊維事業や新規事業としての医薬品事業等も行っていますが、現在の片倉工業の主たる事業は「賃貸事業」となっております。

かつて繊維産業は日本における基幹産業でありました。その後時代が移り変わるにつれて、繊維産業から、鉄が国の代表的な産業であった時代があり、次には造船業と時代時代によって国の基幹産業も変わっていきました。

時代変遷に伴い、かつて国内に数多く存在した繊維関連企業の多くは淘汰されていきました。この片倉工業も、富岡製糸場の払い下げを受けたことでも明らかであるように、かつては国の基幹産業を担う国を代表する企業であったのです。

しかし、かつては国の経済を担うような大企業であったとしても、その寿命は我々が思うほど長くはないということをこれまでの歴史が証明しています。

繊維産業の中でも東レや帝人のように時代の変化に伴って事業変化させることに成功させた企業もありますが、それは全体からしますと極一部ではないでしょうか?多くの企業にとって、その時代の変化への対応は、現実的に非常に難しいものであったと言えます。

近年の事例としては、デジタルカメラが普及した後、フイルムメーカーから医薬品メーカーに業態を変化させて富士フィルムが成功事例だと思いますが、しかしこれも例外中の例外と言ってよい特殊なケースだと思います。

Ⅱ.ストックビジネスが企業の持続性に大きく寄与

今現在どんなに隆盛を極めているビジネスであっても、10年後、20年後、ビジネス環境がどうなっているか正直わからないというのが今の経営者や企業の本音ではないでしょうか。

結局、我々はどんなビジネスに携わっていようと、会社を経営していようと、雇われていようと、規模の大小にも関わらず、今後も数十年に渡って同じ業態でビジネスを持続していくことは極めて困難なことではないでしょうか。

それ故、生き残りの方法の一つは常に変化していくことでしょう。もう一つは確実なキャッシュフローを生む何らかのストックビジネスを構築していくことではないかと感じます。

一方、近年、不動産業界に籍を置く身からすると、他業種が不動産業(不動産賃貸業)に本格的に乗り出してきたなと感じるニュースを多く耳にするようになりました。

昨年、2022年4月、大手海運会社である商船三井がM&Aを実施し、ビル賃貸業大手のダイビルを完全子会社としたというニュースなどはその典型かもしれません。

当時の商船三井のコメントは「グループの経営資源をより強固な形で結集させ、グループ経営の強化を目指します。ダイビルの完全子会社化の実現により、当社グループのネットワークや財務基盤を活用し、従来からのダイビルの強みである国内オフィス賃貸事業の成長投資のみならず、オフィスマーケット拡大が期待される海外地域での事業拡大など、不動産事業を強化し、当社グループ全体の成長につなげ、持続的な企業価値向上に努めてまいります。」というものでした。このコメントを私なりに意訳すれば、「海運事業は景気の波に大きな影響を受けます。よって将来に渡って安定的な収益が見込まれる貸しビル業へ、当社の業績が好調である今こそ将来の浮き沈みに備え買収することに致しました」ということだと思います。

また、2019年9月には以下の発表がございました。東京急行電鉄が社名から「電鉄」を外し「東急」に変更するというものでした。鉄道事業は分社化し、不動産事業とのもう一つの事業の柱とすることを社名に反映したものでした。

Ⅲ.東西電鉄会社の企業価値上昇戦略

その後、JR渋谷駅周辺では東京が実施する大型再開発が次々に実施されています。
他の大手電鉄会社の昨今の動向から見ても、非常に興味深い現実が見えてきます。
関東における私鉄は、東急、京王、小田急、京急、京成、西武、東武と数多くございます。関西では、阪急・阪神、京阪、南海、近鉄等々が挙げられると思います。
今ここに挙げた電鉄各社は、どの企業も上場企業です。
よって、株主に対して毎年毎年企業価値を上昇させ、株価を上げていく責務が発生してくるわけです。
しかしながら、電鉄会社が本業の運輸事業のみでこれを実現していくことは難しくなっています。

それは、そもそも運賃を各企業の一存だけでは値上げできないといった硬直性もありますが、各企業の沿線住民の人口が、高度経済成長期のように増えていかないといった根本的な問題を抱えています。

高度経済成長期においては、どの電鉄会社も自らの沿線に遊園地等の施設や宅地開発をし、地方から都市部への人口の移住と集積と相まって、沿線周辺の住民の人口は増加していきました。
ところが昨今の人口減少と少子高齢化の時代を迎え、今後更に10年20年の単位で見ていった場合、乗降客数が増えていくという想定は非現実的なものとなったのです。
しかしながらどの企業も、先に申し上げました通り上場企業ですので、前述のように株主に対しての責務を果たさなければなりません。
株主は、ただファンであるからと株主になっているわけではありません。当然ながら、株価の上昇を期待して株を保有するわけです。

さて、この上場企業たる各電鉄会社が更なる増収増益の為に、今どういう戦略を取っているかといいますと、新たに柱となるビジネスを始めています。
それが、前述の東急同様に不動産賃貸業なのです。

ビルだけでなく、ホテルや賃貸マンションといった収益を生むものを、建設または運営するのです。
また、以前のように自らの沿線に限定せずに、建設しているケースも多く見受けられます。

例えば、私の会社のある東京都港区赤坂周辺には、(京王電鉄は通っていませんが)近年京王電鉄系のホテルが建ちました。また、関西の南海電鉄の女性専用ホテルもオープンしていますし、赤坂の隣にある六本木の交差点の近くには、阪急電鉄のホテルがこれまた近年オープンしました。

全国の主要都市を回っていますと、在京在阪の電鉄系ホテルが次々に建設されオープンしていることがわかります。
やはり、各電鉄会社は自らの地元である地域に関係なく、自らの上場企業としての生き残りをかけて、運賃に替わる収益を得ようと他地域においても猛烈な出店攻勢をかけているのです。
自分たちの鉄道が敷かれている沿線に限定せずに建てて行こうといった意思を感じます。
特に、コロナ前からインバウンドを中心としたホテル業で収益を得ていこうという傾向は顕著です。

また、ホテルだけでなく、遊休地に賃貸マンション等を建て、新たな収益を少しでも増やそうと努力している現状があります。

以上のような各企業の過去から現在における変遷は、全ての企業に当てはまる訳ではありません。しかし、私から見ますと、大手新聞社や放送局、出版社も正に生き残りをかけて賃貸事業に果敢に進出しているのは明らかであると感じます。

長谷川 高(はせがわ たかし)

株式会社長谷川不動産経済社代表

東京都立川市生まれ。立教大学経済学部経済学科卒。株式会社長谷川不動産経済社代表。大手デベロッパーにてビル・ マンション企画開発事業、都市開発事業に携わったのち、1996年に独立。以来一貫して個人・法人の不動産と賃貸経営に関するコンサルティング、顧問業務を行う。顧問先は会社経営者から上場企業まで多数。一方、メディアへの出演や講演活動を通じて、不動産全般について誰にでも解り易く解説。 著書に『家を買いたくなったら』『はじめての不動産投資』(共にWAVE出版)、『厳しい時代を生き抜くための逆張り的投資術』(廣済堂出版) 『不動産2.0』(イースト・プレス)など。

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