CRE戦略
CRE(企業不動産)とは ~概要と5つの具体例を解説~
CREとは「Corporate Real Estate」の略で、日本語訳すると企業不動産となります。CRE戦略は「企業価値向上」の観点から、経営戦略的視点に立ち返り、不動産投資の効率性を最大限向上させようという考え方です。本記事では経営戦略との関係性や具体例についても解説します。
近年、新聞広告等でCREという言葉を目にするも増えてきました。
企業の不動産を管理している財務部門や管理部門の担当者の中には気になっている方もいらっしゃると思います。
CREの説明には経営戦略といった言葉も登場することから、とっつきにくさを感じている人も多いのではないでしょうか。 しかし、実はかみ砕いていくと身近なテーマであり、経営陣だけでなく担当者も知るべき内容といえます。 この記事では、初心者向けにCREを身近な事例を交えながら解説していきます。
Ⅰ.CRE(企業不動産)とは
CREとは、「Corporate Real Estate」の略であり、日本語に訳すと「企業不動産」ということになります。
Corporateが企業であることを知っている人は多いですが、Real Estateが不動産であることを知らない人も多いです。
そのため、英単語としての理解のしにくさもあります。
CREは企業の不動産ですので、オフィスや店舗、工場、倉庫、保養所、社宅、投資物件、遊休地等の様々な種類の不動産が含まれます。
また、必ずしも所有しているものだけではなく、賃借しているものも対象に含まれます。その他として、土地を借りて建物だけ所有している借地物件も該当します。
つまり、企業が関与している不動産であれば、CREということです。
Ⅱ.CRE戦略とは
CREは単に企業不動産を指す用語ですが、企業にとって重要なのは「CRE戦略」という言葉です。CRE戦略に関しては、国土交通省が「CRE戦略実践のためのガイドライン」(以下、ガイドライン)を示しており、その中では下記のように定義されています。
企業不動産について、「企業価値向上」の観点から、経営戦略的視点に立って見直しを行い、不動産投資の効率性を最大限向上させていこうという考え方である。
定義は非常に抽象的な用語が使われていますので、ここでは定義を具体的な事象で説明します。
例えば、日本の製造業では、かつて国内の人件費が高くなったことから価格競争力を維持するために生産拠点を海外に移転する事例が多く見られました。
ただし、海外に生産拠点を移転した企業でも、コア技術を開発する研究開発部門は国内に残すケースはよくありました。
海外に生産拠点を移転するケースでは、研究開発部門も一緒に海外に移転した方が、全体のコストは下がることも多いです。
しかしながら、研究開発部門も海外に移転しまうとコア技術も海外に流出してしまうリスクがあります。
製造業にとってコア技術を守り育てていくことは、企業価値を向上させる重要な行為です。
そこで、コア技術を守るために研究開発部門を国内に残し、工場だけを海外に移転するといった判断が行われました。
つまり、企業価値向上の観点から経営戦略的視点に立って技術部門は国内に残すという判断をしており、このような拠点の配置はCRE戦略の一つといえるのです。
このような研究開発部門を国内に残し生産拠点だけ海外に移すような行為は、特殊なことではありません。
一見すると難解なものに感じますが、具体例を挙げると普通に行われている企業活動の一つといえるのです。
ⅰ.経営戦略とCRE戦略との関係
CRE戦略は、戦略という言葉が用いられることから、経営戦略そのものと混同されがちです。
しかしながら、経営戦略そのものではなく、経営戦略を構成する一つの要素に過ぎません。
企業の経営戦略は、大きく分けて企業戦略と事業戦略、機能戦略の3つに分類されます。
経営戦略は階層構造となっており、最上位に企業戦略が位置し、その下に事業戦略、さらにその下に機能戦略が連なるピラミッド構造となっています。
最上位の企業戦略とは、企業の製品やサービスと市場の組み合わせによる事業領域に関わる全体的戦略のことです。
企業戦略は、成長戦略とも呼ばれます。
企業戦略は、経営資源の配分をいかに行っていくか、また、新規事業分野への参入や既存事業からの撤退を決定する戦略です。
例えば、洋菓子メーカーであれば、ケーキやクッキーという商品で事業を展開していきます。
新規事業としてマカロンも手掛けるかといったことが、企業戦略による判断となります。
2番目の階層の事業戦略とは、いかに競争していくかという点に焦点を当てた戦略のことです。
事業戦略は、競争戦略とも呼ばれます。
洋菓子メーカーが、低価格路線とするのか、高級路線とするのかといったことが事業戦略です。
洋菓子もケーキだけに特化するのか、焼き菓子やお菓子パンまで広げて総合化するのかといったことも事業戦略となります。
3番目の階層の機能戦略とは、購買や生産、営業、研究開発、財務、人事、不動産、情報システム等の各機能の生産性を高めることに焦点を当てた戦略のことです。
CRE戦略は、機能戦略の一つといえます。
洋菓子メーカーであれば、本社の所在地を銀座や青山にした方がブランドイメージは向上します。
そのため、家賃が高くても銀座に本社を構えることは戦略の一つです。
CRE戦略は、企業価値向上の観点から経営戦略的視点に立って不動産投資の効率性を最大限向上させていこうという考え方でした。
洋菓子メーカーとしてブランドイメージを向上させることは、まさに企業価値の向上ですので、銀座に本社を構えることはCRE戦略といえます。
このように他の戦略と独立しているわけではなく、上位の戦略から導き出されるものであるという点も特徴です。
具体的には、企業戦略で事業領域をケーキとした会社が、事業戦略によって高級路線を選び、その結果、銀座に本社を構えるという選択をしたという流れになります。
もし、事業戦略が高級路線でなければ本社が銀座である必要性は低いですし、さらに言えば企業戦略で漬物を選んでいれば本社は銀座よりも京都の方が良いのかもしれません。
このようにCRE戦略は経営戦略の一つの要素であり、上位の企業戦略や事業戦略から導かれる性質のものでもあるのです。
ⅱ.CRE戦略の目的
CRE戦略の目的は、企業価値向上に資することです。
単に企業価値といっても、企業価値には様々な視点があります。
株価といった定量的なものも企業価値の一つですし、ブランドイメージや顧客満足度といった定性的なものも企業価値の一つです。
顧客満足度を上げることを企業価値向上とした場合、CRE戦略としては製造業どこに生産拠点を置くべきかといったテーマがあります。
例えば、下請け会社が元請け会社の近くに工場を構えることもあてはまります。
製造業にとって、品質(Quality)とコスト(Cost)、納期(Delivery)の3つ(QCDと略)を向上させることは、顧客満足度の向上に繋がります。
元請け会社の近くであれば、元請け会社と頻繁にフェイストゥーフェイスで打合せができるため、元請け会社の意向を組んで品質を上げやすくなります。
また、運送費も下げられることからコストを削減でき、すぐに届けられることから納期も短縮させることが可能です。
つまり、下請け会社は元請け会社の近くに工場を構えることでQCDの3つを向上させることができ、元請け会社の満足度を上げて企業価値を向上させることができるのです。
下請け会社が元請け会社の近くに工場を構えることは自然なことですので、CRE戦略としては極めて簡単な話といえます。
ただし、簡単な話であっても、重要な話です。
例えば、下請け会社の工場が古くて手狭になり、新たな拠点に移転して新工場を建てたいというケースがあります。
この際、元請け会社の近くにあり価格がやや高いA土地と、元請け会社の遠くにあり価格がかなり安いB土地があるとします。
経済合理性だけを考えてB土地を選んでしまうと、QCDを悪化させることになり、結果的には企業価値まで下落させてしまいます。
CRE戦略の目的は企業価値向上に資することですので、やはりA土地を選ぶことが望ましいのです。
工場の移転という話題だけでも、適切な判断を下すには経営陣だけでなく情報を集める担当者も含めて理解しておく必要があります。
CRE戦略は、結果は簡単な話かもしれませんが企業価値向上に資するものであるため、企業にとって重要な話なのです。
ⅲ.CRE戦略の効果
CRE戦略の効果には、下表のようなものが挙げられます。
効果の種類 | 効果の内容 |
直接的な効果 | ・コスト削減 ・キャッシュフローの増加 ・経営リスクの分散化・軽減・除去 ・顧客サービスの向上 ・コーポレート・ブランドの確立 |
間接的な効果 | ・資金調達力アップ ・経営の柔軟性・スピードの確保 |
ただし、上表のような効果が全て得られるわけではなく、どのような選択を行うかで得られる効果は異なります。
例えば、高級志向のケーキを売る会社が銀座に本社ビルを購入すれば、コーポレート・ブランドは確立されます。
担保価値の高い銀座の不動産を保有すれば、資金調達力をアップさせることも可能です。
一方で、銀座に本社ビルを構えることで固定資産税が増えればコストアップとなり、借入金が増えればキャッシュフローは悪化することもあります。
また、下請け会社が元請け会社に近い場所に工場を移転すれば、QCDが良くなり顧客サービスの向上に繋がります。
コスト削減やキャッシュフローの増加も実現できる可能性が高いです。
工場移転のために社内に社長直轄のプロジェクトチームが立ち上がれば、経営の柔軟性やスピードが確保されることが期待されます。
一方で、元請け会社に近い場所に工場を移転しても、コーポレート・ブランドの確立や経営リスクの分散化には繋がらないかもしれません。
このようにCRE戦略は、何を選択するかによって得られる効果は異なります。
あくまで目的は企業価値向上に資することですので、どのような効果を狙えば企業価値が向上するかを考えながら選択していくことが適切です。
Ⅲ.CREの具体例
この章では、CREの具体例について解説します。
ⅰ.製造業に見られるCRE戦略
製造業では、生産拠点の選定が事例となります。
食品メーカーの場合は、産地に工場を置くことでブランド価値の向上と原材料の調達コスト削減を実現していることも多いです。
例えば、煎餅の製造会社が米どころの新潟県に工場を置くことは、ブランド価値の向上と原材料の調達コスト削減の両方を実現している例といえます。
また、前章まで記載していた下請企業が元請け企業の近くに工場を出すことや、研究開発部門は国内に残して工場だけを海外に移転するといったことも挙げられます。
ⅱ.サービス業に見られるCRE戦略
サービス業に見られるCRE戦略には、店舗の出店戦略が挙げられます。
例えば一定の地域に複数店の店舗を出店するドミナント戦略は、物流上のコスト削減効果があり、市場の中で競争の優位性をもたらすという点で効果的です。
その他として、カフェチェーンの中には昼間人口の多い中心市街地に限定して出店し、ブランド価値を高めている企業もあります。
ⅲ.投資家対策のためのCRE戦略
CRE戦略は、投資家対策にもなり得ます。
例えば省エネ対策に優れた自社ビルや工場を保有することで、環境に配慮した企業であることをアピールでき、ESG投資を呼び寄せることもできます。
ESG投資とは、環境・社会・ガバナンスの3つの観点から企業を評価して行う投資のことです。
ⅳ.遊休地活用によるCRE戦略
遊休地活用は、キャッシュフローの増加に繋がるCRE戦略となります。
遊休地の活用には、工場跡地に大型商業施設を建てる事例が多いです。
また、遊休の工場を他の会社に賃貸して賃料収入を得るケースもあります。
ⅴ.CSRを目的としたCRE戦略
CSR(企業の社会的責任)を目的とした取組は、企業イメージを向上させるCRE戦略の一つです。
例えば、大手電力会社が尾瀬の湿原を保有し、維持管理を行っている事例があります。
飲料メーカーが水源となる山林を保有して、水に関する教育活動を行っているケースもあります。
Ⅳ.まとめ
以上、CREについて解説しました。
結果としては簡単に見えることも多いCRE戦略ですが、企業価値向上に資することを目的とした重要な取組であるといえます。
必ずしも経済的合理性を追及したものが企業不動産における最適解とは限りません。
企業戦略や事業戦略といった上位の戦略から適切な選択肢を導き出し、企業価値を向上させる効果を狙うことが適切です。
竹内 英二
不動産鑑定士 / 宅地建物取引士 / 賃貸不動産経営管理士 / 公認不動産コンサルティングマスター(相続対策専門士) / 中小企業診断士
不動産鑑定事務所および宅地建物取引業者である株式会社グロープロフィットの代表取締役。大手ディベロッパーで長く不動産開発に関わってきたことから土地活用や賃貸借を得意としている。普段は不動産鑑定業だけではなく、法人や個人を問わず貸主や借主からの相談も多く受けている。大阪大学出身。
企業不動産に関するお悩み・ご相談はこちらから
関連記事
<2023年2月日経サミット講演>混迷と変化の時代のCRE戦略 ~超少子高齢化時代の企業と学校法人の備え~(...
日経主催の大型サミット「Real Estate Summit2023」にて「今後の経済動向と企業不動産戦略」をテーマに岸博幸氏(慶応義塾大学大学院教授)と原田真治氏(野村不動産ソリューションズ株式会社 常務執行役員)が講演を行いました。本アーカイブ動画は、原田氏の「混迷と変化の時代のCRE戦略 ~超少子高齢化時代の企業と学校法人の備え~」となります。
<2022年2月日経サミット講演>CRE戦略の新潮流 ~コロナ禍の不動産市場とSDGs視点の新・企業不動産戦...
日経主催の大型サミット「Real Estate Summit2022」にて「企業不動産戦略 これからの針路」をテーマに岸博幸氏(慶応義塾大学大学院教授)と原田真治氏(野村不動産ソリューションズ株式会社 常務執行役員)が講演を行いました。本アーカイブ動画は、原田氏の「CRE戦略の新潮流~コロナ禍の不動産市場とSDGs視点の新・企業不動産戦略~」となります。