SDGsとカーボンニュートラルの推進

近年、気候変動に伴い、豪雨や猛暑のリスクがますます高まることが予想されています。
日本においても、農林水産業、水資源、自然生態系、自然災害、健康、産業・経済活動等への影響が出ると指摘されています。
こうした状況は、もはや単なる「気候変動」ではなく、私たち人類や全ての生き物にとっての生存基盤を揺るがす「気候危機」とも言われています。
そこで、この記事では、昨年暮れのCOP28の概要、日本の取り組み、気候変動の開示ルールとSDGs、気候変動についてのSDGsの活用を概説したうえで、カーボンニュートラルの取り組み事例をご紹介します。

Ⅰ.COP28、「化石燃料からの脱却」を合意

国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)は12月13日、成果文書「UAEコンセンサス」を採択し、今後10年で化石燃料からの「脱却」ということで合意しました。

アラブ首長国連邦のドバイで開いたCOP28が会期を1日延長して13日に閉幕しました。
当初、盛り込まれた「化石燃料の段階的廃止」が欧州を中心に約100カ国が賛同していましたが、サウジアラビアなど産油国などが反対し、「化石燃料の段階的廃止」では合意できず、妥協の結果として、次のような表現になりました。

「2050 年脱炭素を実現するため、エネルギーシステムにおける化石燃料からの脱却を進め、この重要な 10 年間で行動を加速させる」

「廃止」に近い「脱却(transition away)」で意見がまとまったのはCOPでは初であるとの評価がある一方、「廃止」の表現が後退したという批判も根強いのです。

合意文書の主な事項は、①上記のような具体策への言及、②初の「グローバル・ストックテイク」について合意、③「損失と損害」基金の設立です。

温暖化は気温の変化だけでなく、ハリケーンや台風集中豪雨、海面上昇などをもたらすほか、猛暑や干ばつなどの原因になっており、最近はその影響が激しく2023年は「地球沸騰」といわれるほどでした。

振り返りますと、2015年にパリ協定が採択され、21世紀後半には温室効果ガス排出量と吸収量のバランスをとることが目標とされています。パリ協定では、産業革命以前と比べて世界の平均気温上昇を2℃未満に抑えることを目標としています。加えて、平均気温上昇1.5℃未満を目指すことが盛り込まれました。

2021年に英国グラスゴーで行われたCOP26では、成果文書「グラスゴー気候合意」で、「1.5℃以内に抑える努力を追求する決意」という表現が盛り込まれ「パリ協定」より踏みこみ、「世界の二酸化炭素排出量を2010年比で2030年までに45%削減し、今世紀半ばにはネット・ゼロ にすることが必要である」という一文も盛り込まれました。

全ての国が、2022年に2030年までの排出目標について、5年に一度、条約事務局に提出することを義務付けた「国が決定する貢献(NDC)」と命名された削減計画を再検討し強化しました。

Ⅱ.日本の取り組み

日本は、2021年4月に、2030年度において、温室効果ガス46%削減(2013年度比)を目指すこと、さらに50%の高みに向けて挑戦を続けることを表明しました。

これを踏まえて改定された「地球温暖化対策計画」(2021年10月22日、閣議決定)は、二酸化炭素以外も含む温室効果ガスの全てを網羅し、新たな2030年度目標の裏付けとなる対策・施策を記載して新目標実現への道筋を描いています。

目標の達成に向けた手段の1つが排出量取引です。
政府は今年度から試験的に行うこととし、日本取引所グループ(JPX)は2023年10月11日に東京証券取引所に「カーボン・クレジット市場」を開設しました。国が削減分を認定して発行する「J-クレジット」の売買が始まりました。

制度への参加は自主的であり、この市場で取引できるのは経済産業省が設立した「GX(グリーントランスフォーメーション)リーグ 」に参加する企業およそ700社です。日本の温暖化ガス排出量の4割以上を占める企業が参画しています。

企業は二酸化炭素の削減目標をそれぞれ立てていて、目標の達成状況が明らかになる来年度からは、国の目標を上回って削減できた分を「カーボン・クレジット市場」で株式や債券のように売却できるようになります。

一方で、削減目標に届かなかった場合は、不足した分を補うためにほかの企業が削減した分や、国が排出削減を認定して発行している「Jークレジット」を購入することで、目標を達成したとみなされることになります。

Ⅲ.気候変動の開示ルールとSDGs

気候変動では開示ルールが重要となっています。TCFD(気候関連財務情報開 示タスクフォース)は、企業の気候変動への取り組みや影響に関する財務情報 についての開示のための枠組みです。

気候変動がもたらす「リスク」及び「機会」の財務的影響を把握するため、次の4項目で開示が求められています。

①ガバナンス(Governance)②戦略(Strategy)③リスクマネジメント(Risk Management)④指標と目標(Metrics and Targets)

日本では、東証のプライム市場でTCFDに基づく開示が事実上義務化されました。開示対象にはサプライチェーン排出量も含まれるので、地域企業に波及する可能性があります。

気候変動についてのSDGsは目標13です。SDGs は、17目標だけでなく169のターゲットレベルまで使いこなし、17目標の相互関係も意識する必要があります。

この視点で、気候変動と TCFD の関係を SDGs で整理してみましょう。気候変動の目標13にはターゲットが3つあります。3つのうち「13.3」に「制度機能」とありますが、TCFD の開示ルールはまさにこれに該当します。

また、カーボンニュートラルの課題は、目標13だけでは達成できません。森林吸収源の目標15と再生可能エネルギーの目標7、さらには技術革新の目標9も必須であり、サーキュラー・エコノミーの目標12や人材育成の目標4も必要です。

このように気候変動の対処には総合的な思考が必要であり、それに役立つのが SDGs です。

Ⅳ.カーボンニュートラルの取り組み事例

カーボンニュートラルの取り組み事例について、いくつかの企業・自治体を紹介します。

ⅰ.自治体の事例:地域エネルギー自給率100%を目指す岡山県真庭市

岡山県真庭市は、平成30年度「SDGs未来都市」です。太田昇市長のイニシアティブの下、中山間地域における「永続的発展に向けた地方分散モデル」を目指しています。地元木材をフル活用している新市庁舎で、SDGs未来都市への期待について職員研修会で講演させていただきました(2018.11.01)。

真庭市は、岡山県の北部、鳥取県境に位置する、人口約46,000人(2015年)の自治体で、面積の約80%を森林が占める典型的な中山間地です。
産業別人口は、2015年国勢調査では第一次産業が14.1%、第二次産業が27.4%、第三次産業が57.4%となっており、第一次産業及び第二次産業が減少傾向にあり、第三次産業が増加傾向にあります。

CLT(直交集成板)という、ひき板を繊維方向が直交するように積層接着した重厚な木製パネルの生産に力を入れています。これは厚みや幅があるため、高い断熱性や耐火性、強度が期待できます。欧米を中心に、中高層建築物の壁や床に利用されており、我が国でも、様々な建築物にCLTが利用されて木材の需要が拡大することが期待されています。いずれもカーボンニュートラルに直接寄与する取り組みです。

ⅱ.日本航空 :「CONTRAIL」プロジェクト

航空輸送インフラとしての役割を担うJALグループは、「安全運航の堅持」を前提に、SDGsを推進しています。
2050年までにCO2排出量実質ゼロ(ネットゼロエミッション)を目指すことを宣言し、気候変動への具体的な施策として、省燃費機材への更新、日々の運航での工夫、そしてSAF(持続可能な代替航空燃料)の活用を進めています。

日本航空は、航空会社だからこそできる活動も行い特色があります。1993年から「地球温暖化をもたらす大気変動のメカニズム」を解明するために、航空機にCO2濃度などの測定機材を搭載しデータを提供する大気観測プロジェクト「CONTRAIL(コントレイル)」(参加組織:国立研究開発法人国立環境研究所、気象庁気象研究所、ジャムコ、公益財団法人JAL財団)に協力しています。このプロジェクト名はしゃれています。

ⅲ.熊谷組:難所難物への対応

熊谷組は1898年の創業以来、創業者・熊谷三太郎の言葉 「いつか世の中のお為になるような仕事をさせていただきたい」「難所難物(困難な工事)があれば、私にやらせてください」に込められている「誠実さ」と「挑戦心」を受け継ぎ、社会の発展に尽力してきました。

「難所難物」はまさに社会課題への対処への決意をわかりやすく示すものです。
そして、熊谷組グループビジョンが「高める、つくる、そして、支える。」です。2020年に、ESGにもSDGsにも訴求できる「ESG/SDGsマトリックス」の作成を行い(筆者が監修)、活動の見えるかを加速しました。本稿ではご紹介だけですが詳しくは筆者の書籍や同社の統合報告書をご覧ください。

同社は、東洋経済新報社「CSR企業」ランキングTOP500社(2021年)で環境部門の1位につけました。
中期経営計画において非財務目標を設定し、CO2排出量削減率をはじめとする主な評価指標を掲げました。特に住友林業と共同して推進する木造建築の促進はカーボンニュートラル促進に役立ちます。

ⅳ.セブン―イレブン・ジャパン:SDGsとカーボンニュートラル

セブン―イレブン・ジャパンは、2018年にSDGsに関連する全面広告を出し、日経広告賞(IR・アニバーサリー部門最優秀賞)を獲得しています。その広告の中で、カーボンニュートラルに寄与する環境配慮型店舗などの設備面でのSDGs、従業員の働き方改革に関連したSDGsに加え、商品の品揃えに関するSDGsも打ち出しています。
特に最近は店舗での太陽光パネルの採用などのカーボンニュートラルを加速しています。

ⅴ.千葉商科大学:RE100大学リーグを主導

SDGsでは、アカデミアの役割もますます重要になっています。
筆者が教壇に立つ千葉商科大学ではRE100大学の実践で原科幸彦学長が代表世話人を務める「自然エネルギー大学リーグ」が2021年に設立されました。

キャンパス会員は千葉商科大学、広島大学、長野県立大学、立命館大学、足利大学、名古屋大学、東京外国語大学、上智大学、千葉大学、和洋女子大学、慶應義塾大学の11大学です。支援団体会員も9企業(2022年11月末時点)、その後も会員数が増加しています。

また、同大学では、SDGsを含めサステナビリティの研究を強化するため「サステナビリティ研究所」を2023年4月に設立しました(筆者が所長を務めている)。

以上のとおり、取引の大きなプラットフォームを提供する企業(流通大手、基幹製品大手、大規模プロ ジェクト推進企業など)も、SDGsを大きく打ち出し始めました。自治体、企業、大学などの様々なステークホルダーでカーボンニュートラルをSDGsの視点で総合的に加速しています。

自然エネルギー大学リーグ・HPより
https://www.re-u-league.org/20210602-1/

笹谷 秀光(ささや ひでみつ)

1976年東京大学法学部卒業。 77年農林省(現農林水産省)入省。2005年環境省大臣官房審議官、06年農林水産省大臣官房審議官、07年関東森林管理局長を経て08年退官。同年に伊藤園入社。取締役等を経て19年4月退職。2020年4月より現職。日本経営倫理学会理事、グローバルビジネス学会理事、人サステナビリティ日本フォーラム理事、宮崎県小林市「こばやしPR大使」、文部科学省青少年の体験活動推進企業表彰審査委員、未来まちづくりフォーラム実行委員長(2019~)。主な著書『Q&A SDGs経営 増補改訂・最新版』(日本経済新聞出版社・2022)、『SDGs見るだけノート』(監修・宝島社・2020)、『3ステップで学ぶ自治体SDGs』全3巻(ぎょうせい・2020)。企業や自治体等でESG/SDGsに関するコンサルタント、アドバイザー、講演・研修講師として、幅広く活躍中。 笹谷秀光・公式サイト「発信型三方良し」https://csrsdg.com/

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