【連載】不動産×SDGs(第1回)
~SDGsが求める「パーパス経営」と日本の不動産が抱える課題・現状~

いま、世界が急激に変わりゆく中で、ビジネスの世界も大きな価値転換を迎えています。2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs)は、単にその数値目標を達成することを世界に求めるだけではなく、すべてのステークホルダーが自分にできる方法で、理想の社会を実現するための役割と責任を果たすことを期待しています。

本稿では、SDGsはどのような世界を目指しているのか、また、そのことがビジネスに対して何を求めているのかといった大きな哲学について触れた上で、それが不動産という産業においてどのような意味を持つのかというところまで掘り下げてみたいと思います。

キーワードは「パーパス経営」です。

Ⅰ-Ⅰ.SDGsを支える哲学とそこから導き出される「パーパス」とは

SDGsは2015年9月25日に採択された国連総会決議ですが、その目的は「2030年に子どもたちに引き継ぎたい社会」について全人類で合意したもの、と解釈できると考えています。わずか15年後の世界ですが、当時の193の国連加盟国のいずれもがこのビジョンにまったく異論を唱えず、投票にも付さずに採択できたことは、ある意味で人類の一つの奇跡の瞬間だったといえるかもしれません。

そのSDGs、よく紹介される通り、17の分野の目標(ゴール)と、169の数値目標(ターゲット)から構成されている、と思われています。しかし、実はこのゴールとターゲット、「2030アジェンダ」と言われるこの総会決議の全体像から見れば、一部を抜粋したものでしかありません。総会決議としては、高らかな「前文」と、59段落にわたる「宣言」、そのあとにようやく17のゴール、169のターゲットがあり、さらにそのあとに32段落の「フォローアップ」があります。ここでは、ごく簡単にですが、前文と宣言の中からSDGsが目指す世界を示す言葉を4つ、ご紹介します。

1.「誰ひとり取り残さない」:この言葉、とても有名ですが17のゴールのどこを見ても書いてありません。実は書いてあるのは前文第2段落で、「この国際的な取り組みを始めるにあたって、我々は誰ひとり取り残さないことを誓う」とあります。格差をなくし、また障害を持つ人や民族的少数者など、「すべての人が参画できる社会」を目指しています。

2.「一層大きな自由」:国連憲章の前文から抜粋されたこの言葉、SDGsという文書の第一段落に堂々と書かれています。そしてその意味は、「すべての人にとって、その将来より多くの機会と選択肢があり、その中から自分で自分の人生を選べるような、そういう社会であるべきだ」ということです。この言葉、戦後の国際社会を支える概念の一つとさえ言われており、言い換えると、すべての人が「自分らしく」生きられる社会、ということではないでしょうか。

3.「ウェルビーイング」:宣言の第7段落に、「ビジョン」と銘打たれた段落があります。その中で、われわれが目指す世界は、すべての生命が栄え、すべての人が身体的・精神的・社会的に「よく生きられる」(well-being)である世界を目指したいと書いてあります。昨今ウェルビーイングということがよく言われるようになりましたが、国際社会はすでに100年にわたってこの言葉を深めてきています。

4.「世代を越えて」:前文に「Planet:惑星」という段落があり、その中で、「現世代と将来のすべての世代のニーズを満たさなければならない」という表現があります。この言葉はノールウェーの首相をされたブルントラントさんの言葉であり、そのために私たちは地球環境を保全し、それを次の世代に引き継いでいかねばならないのだという大きなメッセージです。

これらをまとめると、SDGsが追求する世界観とは、
「世代を越えて、すべての人が、自分らしく、よく生きられる社会」
ということであるかと考えます。

そう考えると、17のゴールや169のターゲットはあくまでもこうした社会を実現するための手段であって、それ自体はビジョンではないと考えるのが適切でしょう。そして、個人にせよ企業にせよSDGsに取り組むということは、このような世界観に共感し、その実現のために力を合わせるということにほかなりません。さらにその過程の中で各人・各企業がどのような役割と責任を果たせるのか、これがまさに今言われている社会的存在意義、「パーパス」なのではないでしょうか。

最近よく、パーパスとは「なぜあなたの会社が存在しなければならないのか」という「Why」の答えである、と言われます。これでも確かによいのですが、私は上記のような考察から、これにさらに「社会が目指す未来」という次元を加えて、
「社会が目指す未来を実現する上で、自分や自社が果たすべき役割と責任」
と定義したいと思います。

Ⅰ-Ⅱ.不動産に関わる企業のパーパスとは

パーパスを「社会が目指す未来を実現する上で、自分や自社が果たすべき役割と責任」であると考えると、不動産に関わる企業が果たせる役割はとても大きいものではないでしょうか。都市は人々の生活の基盤です。SDGsのゴール11は「住み続けられるまちづくり」を挙げていますが、これ一つだけでも不動産に関わる企業は大きな役割を果たすことができそうです。そして重要なことは、不動産が生むインパクトは、単にまちづくりにとどまらず、人々の健康(ゴール3)、教育(ゴール4)、気候変動(ゴール13など)、経済発展(ゴール8)など、ほぼすべてのSDGs目標と関連しているということです。これらの連鎖反応を「SDGsドミノ」といいますが、不動産に関わる企業は言ってみればすべてのSDGsのゴールにプラスの影響を与えることができる、とさえ言えるかもしれません。

しかし残念なことに、他のすべての産業と同じく、これまでの不動産は世の中によいインパクトだけを創り出してきたとは言えそうにありません。例えば土地を開発することは往々にして野山を切り拓くことでもあり、その中で多くの自然と生物圏が犠牲になってきました。そのことは大気汚染や地球温暖化の間接的な原因ともなり、また不動産開発の過程でさまざまな人たちの人権が侵害されるリスクもあったはずです。下手をするとすべての人々を幸せにするための不動産開発が、SDGsが目指す世界とはまったく逆の「今の世代の、それも一部の人の、多様性を許さない利益」のためになされてきた側面はないでしょうか。そうだとしたら、いま、これを転換すべき分岐点に私たちは立っています。

すでにこうしたいわゆる「外部不経済」を抑制するために、例えばESG投資の世界では、地球温暖化をコントロールするための脱炭素・二酸化炭素排出量の削減や、サプライチェーン全体で人の人生が虐げられないようにする「ビジネスと人権」といった概念が導入され、誰かが儲かれば誰かが凹む、あるいは誰かが儲かれば自然環境が破壊される「ゼロサム」の資本主義からそろそろ脱却しなければならないのではないかという議論が進んでおり、その一部は昨年日本においてもコーポレート・ガバナンスコードの中にも導入され、ソフトロー規範を形成するに至っています。ただし、マイナスをゼロに近づけることをいくら続けても、ゼロサムという構造がある限り、最終的に自然資源がなくなってしまうのは不可避であるという主張もあります。

Ⅰ-Ⅲ.ネイチャーポジティブ戦略

ここで、2020年くらいからダボス会議(世界経済フォーラム)などで議論され始めている、「ネイチャー・ポジティブ」という言葉をご紹介しましょう。これは、人間が経済活動を行うに当たって、その利益の一部を自然の再生(リジェネレーション)に再投資することで、「儲かれば儲かるほど自然が増える」状態をつくれないかという壮大な「逆説」の提案です。このネイチャー・ポジティブ、一見不可能に思われるかもしれません。しかし、ヨットがジグザグに進むことで風の力を分解し向かい風に向かって進めるように、「利益」の一部を常に自然に再投資することによって、実現可能であるという強い意見があります。実際、世界的なブランドであるグッチや、日本でも積水ハウスなどはすでに、それぞれ独自の「ネイチャー・ポジティブ戦略」を開示するに至っています。

さらに、SDGパートナーズでは、自然資産に加えて、サプライチェーン上のすべての人のウェルビーイングが経済活動が大きくなればなるほど高まっていく、新しい「プラスサム資本主義」の実現を提唱しています。人類の未来を前向きに、すべてをプラスに転換していくためにはこのくらいのパラダイムシフトが必要です。

では、不動産におけるネイチャー・ポジティブ、とはどのようなことでしょうか。土地を開発するとすべての人のウェルビーイングと自然資本が増加する。そんなことがありえるでしょうか。

例えばフィリピンの首都に「スモーキー・マウンテン」と呼ばれるゴミの山があります。このゴミの山を国連が持つ分解技術で更地とし、ここのスラムに住む貧困層の人々を新たな清掃システム運営のために雇用し、その更地に学校をつくり、緑を増やし、生物を呼び込み、さらに都市に住む人々が最も「来たい場所」にしたらどうでしょう?ゴミの山は宝の山になり、そこから大きな経済効果と社会的インパクト、さらには自然の再生が生まれるかもしれませんし、そしてそこで必要となる官民連携やイノベーションは、世界中からゴミの山をなくす大きなきっかけとなるかもしれません。

不動産には、人類が理想の社会を実現する上で大きな役割と可能性があります。今一度、SDGsという未来への羅針盤に照らして、そのパーパスを再検討する時が来ているのではないでしょうか。

田瀬和夫

SDGパートナーズ有限会社 代表取締役CEO

1967年福岡県福岡市生まれ。東京大学工学部原子力工学科卒、同経済学部中退。
1992年外務省に入省し、国連政策課、ニューヨーク大学法学院客員研究員、人権難民課、アフリカ二課、国連行政課、国連日本政府代表部一等書記官等を歴任。2001年より2年間は、緒方貞子氏の補佐官として「人間の安全保障委員会」事務局勤務。外務省での専門語学は英語、河野洋平外務大臣、田中真紀子外務大臣等の通訳を務めた。2005年11月外務省を退職、同月より国際連合事務局・人間の安全保障ユニット課長、2010年10月より3年間はパキスタンにて国連広報センター長。2014年5月に国連を退職、同6月よりデロイトトーマツコンサルティングの執行役員に就任。同社CSR・SDGs推進室長として日本経済と国際機関・国際社会の「共創」をテーマに、企業の世界進出を支援、人権デュー・デリジェンス、SDGsとESG投資をはじめとするグローバル基準の標準化、企業のサステイナビリティ強化支援を手がけた。2017年9月に独立し、サステナビリティ・コンサルティングに特化するSDGパートナーズを設立、企業のサステナビリティ方針全体の策定と実施支援、SDGsの実装支援、ESGと情報開示支援、自治体と中小企業へのSDGs戦略立案・実施支援などをリードする。
また、 2019年12月には事業会社であるSDGインパクツを設立し、実際に社会に持続的インパクトをもたらす事業へも参入。
さらに、2021年9月にはニューヨークのサステナブル・カフェ「Think Coffee」の日本誘致のためThink Coffee Japan株式会社を設立し、現在上記3社の代表取締役。私生活においては9,000人以上のメンバーを擁する「国連フォーラム」の共同代表理事。

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