オフィス利用を高める「東京の国際金融都市化」への注目点

新型コロナの影響により規制されていた、海外からの旅行者の受け入れがようやく再開されました。今後はホテルの宿泊客の増加等を通じ、不動産市場の活性化も期待されています。いうまでもなく、外国人は観光だけではなく、ビジネスの取引相手としてオフィスの利用も期待される存在です。

東京都は、より多くの外国人が関係するビジネス展開を企図し、2021年11月「国際金融都市・東京」構想(以下「本構想」)を発表しました。本レポートでは、東京が国際金融都市化するための注目点について検討したいと思います。オフィス市場の長期的予測を行う一助となればと存じます。


サマリー

●東京都は国際金融都市を目指しており、実現すればオフィス市場にはプラスの効果となります。
●東京都はその実現のため「本構想」にて、グリーンファイナンスの推進・金融のデジタライゼーション・運用会社を中心とした多様な金融関連プレーヤーの集積をかかげています。
●国際金融都市化には、第一に海外勢を含めた多様な金融関連プレーヤーの参加が必要になります。当該プレーヤーがとりわけ重視するのは、日本の「貯蓄から投資」の流れの本格化による、ビジネスチャンスの増加だと思われます。
●現在この流れを促す政策も検討されています。今後のオフィス市場を検討するにあたっては、この政策効果による海外の資産運用業者の動向も注目されます。

Ⅰ.現在の状況

1.今後オフィス市場に想定される事項

オフィス市場は今後供給量が増加し、ますますの活性化が期待されます。一方で、東京都の人口動態を勘案すると、オフィスワーカー数が頭打ちとなる可能性があることや、働き方改革の一層の推進などで、これまで通りの需要の伸びを示せるか不透明な状況といえるでしょう。外国人の利用の拡大はオフィス市場にプラスの影響を及ぼすものと思われます。

2.国際金融センターインデックス(GFCI)の位置付け

東京オリンピック・パラリンピック終了後である、2022年3月発表のGFCI(国際金融センターインデックス)[1]の順位は、アジア5位、世界9位でした。

「本構想」では、「具体的なスコア算定根拠が非公開であることなどに鑑み、国際的な位置付けの傾向について大きな流れを確認するための情報として活用」と記載されています。ところで東京都は本構想発表前の2021年3月に「未来の東京」戦略[2]を公開しています。そこにはGFCIへの目標について「圧倒的アジア1位」と記載されていましたが、「本構想」の表現とは異なるものとなっています。

現在はアジア5位なので、「圧倒的アジア1位」でなくても、東京都が目指すアジアの中での地位に達するためには、相当の施策と成功が必要であると思われます。



[1] 深センの中国開発研究所(CDI)とロンドンのZ / Yen Partnersにより発表されています。
[2] 『「未来の東京」戦略』は東京都政の新たな羅針盤としての総合政策です。『2040年代の20の「ビジョン」』や『2030年に向けた20+1の「戦略」と122の「推進プロジェクト」』等、幅広い内容で構成されています。「戦略12 稼ぐ東京・イノベーション戦略」では、東京を世界一オープンで、強い経済・金融都市へ進化を目指すとされており、2030年に向けた政策目標として①世界の都市力ランキング(経済分野)1位 ②国際金融センターランキング(GFCI)圧倒的アジア1位(当時第5位)を掲げています。また人数・社数の目標として、海外高度人材について2030年には50,000人と2019年比約30,000人増、外国企業について2030年に2,400社と2019年比約1,600社増を目標としています。当部では、2021年4月『「未来の東京」戦略』についてⅠ・Ⅱレポートを発行しておりますので、そちらもご参照ください。

Ⅱ.東京都が目指す国際金融都市

1.国際金融都市の定義

「本構想」では、国際金融都市の定義として下記の要素を備える都市としています。

① 「資金の繋ぎ手(資産運用業者・金融機関等)」が活発に活動し、「国内外の投資家(個人・法人)」から「国内外投資先(企業・プロジェクト・金融商品等)」に潤沢な資金が供給されている

② 世界中から金融系企業・人材、資金、情報が集積している

③ 国内金融取引に加え、多様な金融商品の国際的な金融取引が活発に行われている

2.東京都が目指す形態と実現のための施策

東京都はいくつかある国際金融都市の形態の中でも、実経済バック型[1]を目指すとされています。ニューヨークや上海のように、産業への投資を魅力に投資家が集まる金融取引の中心地となります。さらに、その資金を目的に世界中から産業が集まる好循環を生み出す都市です。

東京都の強みとしては、まず国内には約2,000兆円もの個人金融資産を擁し、しかも約54%が現金・預金と、リスクマネー供給の余地が豊富に残されていることがあげられます。また上場株式時価総額やGDP、治安のよさなど総合力も高い都市も強みとなります。

東京都は国際金融都市となるための課題への対応について、下記の施策として展開するとのことです。

① グリーンファイナンスの推進

② 金融のデジタライゼーション

③ 運用会社を中心とした多様な金融関連プレーヤーの集積

中でも重要なのはノウハウ・情報・資金量をもった海外勢を含めた運用会社の集積と考えます。資金の繋ぎ手である運用会社なくしては、グリーンファイナンスの推進やデジタライゼーションも進まない可能性があるからです。



[1] 国際金融都市の形態  出所:「本構想」より野村不動産ソリューションズ作成

Ⅲ.国際金融都市への進行イメージとオフィス需要

1.国際金融都市に必要な事項

さて海外の資産運用業者が日本に進出するもっとも重要な事項はなんでしょうか。本書では当該業者の収益の獲得機会が得られることだと考えます。具体的には運用資産と運用先の確保、公平な競争が重要になると思われます。

外国の運用会社が新規に日本に参入するには、既存で行先が決まっているお金を奪い取るのは労力が多く、現実的ではありません。やはり貯蓄から投資の流れが大きくなり、投資のお金が増加し、当該運用業者にもビジネスチャンスが生まれることが最も重要であると考えます。

2.国際金融都市の進行がオフィス需要に波及する過程

国際金融都市が成立した際のビジネスの拡大過程は下記のとおりと想定されます。海外勢のオフィスの需要は、運用業者、グリーンファイナンスを活用する事業者(以下「グリーン事業者」)、フィンテック・サービス事業者、これらへのサービスプロバイダーとなります。

①民間が貯蓄として有している資金がリスクマネーとして資産運用業者に拠出される

②情報・ノウハウに長け、目利きの効く資産運用業者がグリーン事業者に資金を拠出する。

③事業が成功し、豊富な資金や情報は海外からもグリーン事業者を集める

④産業集積や資産運用業者の厳しい目、そして豊富な資金がグリーン産業をさらに発展させる

⑤これらの過程で国内フィンテック・サービスプロバイダー進出・増加

3.想定されるオフィス需要

「未来の東京」戦略では、2030年の海外高度人材は30,000人増を目標とする旨等記載されています。この規模は3,000㎡以上のオフィスに勤務するワーカー[1]の約1%となります。高度人材以外の外国人オフィスワーカーもいるでしょうから、これから増加するオフィス供給面積を埋めるためには大きな存在となります。

一方、「本構想」では進出する業者数等にKPI(重要業績評価指標)[2]を設定し、推進を図っています。

そのうち、資産運用業者数については、2025年には2020年より約226社、2030年には526社の増加を目標としています。 

「本構想」の計画とおりに、資産運用業者数が増加した場合、都内のオフィス市場にはどの程度のインパクトが期待できるでしょうか。

海外の資産運用業者であっても、その役職員の多くは、もともと東京都のオフィスワーカーが中心であり、外国人の比率は低いものと思われます。本書では仮に、この分野の新規に来日する海外高度人材を、増加した資産運用業者役職員数の10%~20%と設定します。資産運用業者の役職員数を50~100人/社とすると、2030年時点の526社もの増加であっても、新規外国人高度人材は2,630人~10,520人となります。10,520人の増加でも、3,000㎡以上のオフィスに勤務するワーカーの0.3%程度に過ぎず、一定の規模はあるものの。大きなインパクトを与えるとはいえない状況です。

このほか、グリーン事業者とフィンテック・サービス事業者等にも海外高度人材数の増加が期待できます。増加数は、国内事業者の比率が高いと考えられるため、「本構想」からの想定は困難です。しかしながら、「本構想」は東京都における数少ない重要な海外高度人材獲得のための施策であるため、「未来の東京」戦略における増加計画の大きなウェイトをしめることになると思われます。



[1] 2022年3月当部発行「東京都内のオフィスの状況~オフィスのストックとこれまでの空室率と賃料の関係について~」において都内3,000㎡以上のオフィスビルは3,370千人分のスペースがあると推定
[2] 本構想におけるKPIは下記のように設定されています

Ⅳ.国際金融都市への政策と注目点

これまで岸田首相による所信表明や施政方針演説には国際金融都市についてのべられたことはありませんでした。

しかしながら、5月末に「新しい資本主義」を具現化するため発表された『「新しい資本主義」のグランドデザインと実行計画(案)』では、様々な国際金融センター実現のための政策が取り上げられています。

まずNISA(少額投資非課税制度)、iDeCo(個人型確定拠出年金)制度の改革を含めた「資産所得倍増プラン」の策定等があげられます。海外の資産運用業者の進出には、個人金融資産の「貯蓄から投資」の流れが必要である旨記載しましたが、その第一歩になることが期待されます。

それに加え、「国際金融センターの実現とアセットマネージャーの育成」「金融機関の取組を通じた貯蓄から投資の促進」「Fintechの推進」「GX(グリーン・トランスフォーメーション)及びDX(デジタル・トランスフォーメーション)への投資」「個人金融資産及びGPIF等の長期運用資金のベンチャー投資への循環」が項目としてあげられています。これらは、「本構想」でのべられた3点の課題に対応することとなります。

また同時期に発表された「経済財政運営と改革の基本方針 2022(仮称)(原案)」(骨太の方針)にあっても、「新しい資本主義に向けた重点分野」で『「貯蓄から投資」のための「資産所得倍増プラン」』が掲げられています。

そして「グリーントランスフォーメーション(GX)への投資 グリーンボンド等の環境関連商品が取引されるグリーン国際金融センターの実現を目指す」ほか、「対日直接投資の推進」でも文中にて国際金融センターの言葉が使われていて、東京都の目指す都市像にむけて政策の手当がなされています。

全般的に、東京都が必要とする事項に対する政策の対応が見えはじめたと考えます。これら政策の中でも、NISA、iDeCoの改革内容と実際の資金の流れの変化、そしてそれを見た海外の資産運用業者が東京都の市場により多くの魅力を感じているかという点に特に注視していきたいと考えます。

Ⅵ.まとめ

今後のオフィス市場は、増加する供給量、働き方改革、オフィスワーカー数の推移等の点で不透明な状況である可能性があります。東京都は国際金融都市を目指しており、実現すればオフィス市場にはプラスの効果となります。その実現のため、東京都はグリーンファイナンスの推進、金融のデジタライゼーション、運用会社を中心とした多様な金融関連プレーヤーの集積をかかげています。

国際金融都市として成功するためには、やはり海外勢を含めた多様な金融関連プレーヤーの参加が必要になります。現在当該プレーヤーがとりわけ重視するのは、日本の「貯蓄から投資」の流れが本格化するかということだと思われます。

政府が打ち出した方針の中でこの流れを促す政策も検討されています。今後のオフィス市場を占う上で、海外の資産運用業者の日本への進出が本格化するほどの政策効果が発生していくかどうかについて注目していきたいと考えます。

提供:法人営業本部 リサーチ・コンサルティング部

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