エンボディドカーボンの概要と削減戦略

現在、世界中で地球温暖化や異常気候の発生など、「気候危機」が注目されています。

そのような中、日本では、気候危機を回避するため、2020年にカーボンニュートラル宣言を行い、2050年までに温室効果ガスの排出ゼロを目指す取り組みが様々な分野で行われています。

建設分野においても、削減目標が掲げられ、その中でも建物の運用以外で排出されるCO2を表す「エンボディドカーボン」の削減が重要視されるようになってきています。

本稿では、このエンボディドカーボンについて概説した後、行政や企業の取り組みを紹介し、その削減戦略や今後の課題等について整理します。


【サマリー】

  • 本稿では、エンボディドカーボンの概要を見たうえで、その削減に関する世界的な潮流を見ました。その結果、エンボディドカーボンの削減に関する規制や評価はすでに欧州を中心に世界的な流れになっているのに対し、日本では、少しずつ前進しているものの、まだまだ欧米各国に比べると、その規制や評価といった点で遅れていることがわかりました。
  • エンボディドカーボンは、建物や製品のライフサイクル全体におけるCO2排出量を包括的に評価するための重要な指標です。その削減には、多角的なアプローチが必要であり、材料選定、エネルギー効率の向上、輸送の最適化、長寿命設計と建物の再利用、リサイクルと廃棄物管理といった具体的な対策が求められます。
  • 日本では、官民で削減に向けた動きは見られるものの、未だ法的拘束力を持ったLCAの実施は一般的とは言えない状況です。欧州では、すでにエンボディドカーボン削減に向けた厳格な規制とインセンティブが導入されています。我が国においてもエンボディドカーボンの評価と削減を通じて、持続可能な社会の実現に向けた取り組みを進めることが重要です。

Ⅰ.エンボディドカーボンを取り巻く環境

ⅰ.エンボディドカーボンとは

エンボディドカーボンとは「建築物の輸送や建設、修繕、廃棄・リサイクルなど、運用以外で排出されるCO2のこと」です(図表1参照)。建設業界のCO2排出量は、世界のCO2排出量の中で約40%1を占めているといわれています。

2021年に、プライム市場上場企業に対して気候変動への取り組みを具体的に開示する「TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)」が推奨されたことをきっかけに、建築物のライフサイクルカーボン全体(ホールライフカーボン)の二酸化炭素排出量を見える化する動きが高まり、エンボディドカーボンの削減に注目が集まりました。

【図表1】建設物のライフサイクルカーボンの内訳
20240910_image1 .jpg出所:ゼロカーボンビル推進会議2023年度成果報告

1 出所”2022 global alliance for building and construction”, International Energy Agency

ⅱ.エンボディドカーボンの世界的潮流

パリ協定以降、欧米を中心に1.5°Cの目標達成のために、建築物が排出するCO2を重視するようになり、建物運用時に発生するCO2だけでなく、エンボディドカーボンの算出も行い、建材の製造・輸送や建設時のエネルギーや解体するまでのCO2排出量も抑制することが重要だと認識されるようになりました。

諸外国では、建築物のカーボンニュートラルの規制が強化される方向にあり、エンボディドカーボンへの対応は国際的な潮流になりつつあります。例えば、ヨーロッパ諸国では国によって規制の内容は異なりますが、エンボディドカーボンの算出義務化のほか(図表2参照)、排出量そのものの規制があります。最も厳しいデンマークでは、新築する全建築物が対象となっています。また、米国でもカリフォルニア州やニューヨーク州では、ライフサイクルカーボンの一部としてエンボディドカーボンも含めた情報を開示する義務を課しているケースもあります。

それに対して、日本では、建物のエンボディドカーボンに関する規制は現時点では存在しません。その一因として、エンボディドカーボンの算定には、建物の部材ごとのCO2排出量のデータが必要だが、算定ニーズが小さいことから、データはそろっていません。先進国を中心に国際的にエンボディドカーボンの概念を採用する動きが進む中で、我が国としても政策形成の中にエンボディドカーボンを位置づけることを検討する必要がありましょう。

【図表2】各国・各地域のエンボディドカーボン算定範囲
20240910_image2 .jpg 出所:JLL「欧米の環境規制が促す日本不動産市場の変革」

Ⅱ.エンボディドカーボンの各段階

ⅰ.エンボディドカーボンの要素

エンボディドカーボンの各段階を大まかに分けると、以下のようになります。

(Ⅰ)材料の採取と製造

まず原材料の採取と製造段階では、エネルギー消費とCO2排出が大きな影響を及ぼします。例えば、コンクリートや鋼鉄の製造には大量のエネルギーが必要とされ、その過程で多量のCO2が排出されます。この段階での主な対策としては、低炭素材料の選定や再生材料の利用が挙げられます。

(Ⅱ)輸送

原材料や製品の輸送は、燃料消費とそれに伴うCO2排出が主な環境負荷となります。輸送手段や距離によって排出量が大きく異なるため、輸送の最適化が求められます。地産地消の促進や、輸送手段の効率化(例えば、電動トラックの利用)などが効果的です。

(Ⅲ)建設

建設段階では、施工機械や設備の使用に伴うエネルギー消費とCO2排出が発生します。建設プロセスの効率化や省エネルギー機械の導入、施工現場での再生可能エネルギーの利用が、エンボディドカーボンの削減に寄与します。

(Ⅳ)使用と維持管理

建物や製品の使用期間中には、メンテナンスや修理が行われ、その際にエネルギーが消費されます。耐久性の高い設計やメンテナンスの効率化、使用中のエネルギー消費の最小化が重要です。エネルギー効率の高い設備の導入や、定期的なメンテナンスの計画的実施が推奨されます。

(Ⅴ)廃棄とリサイクル

ライフサイクルの終わりには、廃棄やリサイクルが行われます。廃棄物の処理やリサイクル過程でのエネルギー消費とCO2排出が発生します。循環型経済の推進により、廃棄物の最小化とリサイクルの最大化が求められます。再利用可能な材料の選定や、リサイクル技術の向上が重要です。

ⅱ.エンボディドカーボンとサプライチェーンとの関係

上記と同様な考え方として、サプライチェーン排出量があります。建築物に限らず、企業の事業活動全般における温室効果ガス排出量(サプライチェーン排出量)は、企業活動全体を管理することにつながるため、サプライチェーン排出量の指標が企業の環境経営指標や機関投資家の開示要求項目として使用されています。

サプライチェーン排出量は、排出主体や方法によって、Scope1(事業者自らによる温室効果ガスの直接排出)、Scope2(他社から供給された電気・熱・蒸気の使用に伴う間接排出)、Scope3(Scope1~2以外の事業活動に関連する他社の間接排出)に分類されます。Scope1~2は自社の温室効果ガス排出量であり、自らが直接的に排出管理および削減対策に取り組めることから、温室効果ガス排出量算定、報告、公表制度の下で排出作戦が進められてきました。一方で、2050年カーボンニュートラルの実現にはより一層の脱炭素化が必要であり、近年はScope3も含めたサプライチェーン排出量の削減に対する取り組みが事業者に求められるようになってきています。

Scope3のカテゴリーとエンボディドカーボンの各段階は合致しており(図表3参照)、ホールライフカーボン全体で排出量を削減しカーボンニュートラルを達成するにはエンボディドカーボンも含めた対策が不可欠と言えるでしょう。

【図表3】エンボディドカーボンとサプライチェーンScope3の対応
20240910_image3 .jpg出所:野村総合研究所「建築物分野におけるエネルギー評価の転換」
20240910_image4.jpg

Ⅲ.エンボディドカーボン削減戦略

エンボディドカーボンの削減戦略をまとめると、以下のようになります。

(Ⅰ)材料選定と代替

低炭素材料の選定や、再生可能な資源の活用は、エンボディドカーボンの削減に直結します。例えば、再生アルミニウムやリサイクルコンクリートの使用は、製造過程でのCO2排出を大幅に削減できます。また、バイオベースの材料(木材など)の使用も効果的です。

(Ⅱ)エネルギー効率の向上

製造過程や施工過程でのエネルギー効率を向上させることで、エンボディドカーボンを削減できます。高効率の機械設備の導入や、再生可能エネルギーの利用拡大が推奨されます。例えば、ソーラーパネルや風力発電の導入により、製造や施工のエネルギー源をクリーンなものに転換することが可能です。

(Ⅲ)輸送の最適化

輸送の効率化や地産地消の推進により、輸送に伴うエネルギー消費とCO2排出を削減できます。輸送手段の見直しや、サプライチェーンの最適化を行うことで、輸送距離を短縮し、燃料消費を減少させることが重要です。

(Ⅳ)長寿命設計と再利用

製品や建物の耐久性を高め、長寿命化を図ることで、エンボディドカーボンのライフサイクル全体での排出を抑えることができます。モジュラー建築やリユース可能な設計の導入も、資源の効率的な利用と廃棄物の削減に寄与します。

また欧州では、規制が強まったことで建物構造を残したまま改修することが一般的になっており、日本でもビルを壊して建て替える文化を見直すことも、環境負荷の低減になるでしょう。

(Ⅴ)リサイクルと廃棄物管理

リサイクル率の向上と廃棄物の最小化を図ることで、エンボディドカーボンの削減が可能です。リサイクル技術の開発や、リサイクル可能な材料の選定を進めることで、廃棄物の環境負荷を低減します。

Ⅳ.エンボディドカーボン削減の日本政府の取り組み 2

(Ⅰ)環境省【LCCM住宅の展開~LCCM住宅の基本的考え方~】

環境省では、ライフサイクル全体を通じてCO2の排出量をマイナスにできる住宅や建築物の開発と普及を目指した取り組みを行っています。このような住宅や建築物を「LCCM(ライフサイクルカーボンマイナス)住宅」と言います。

建築物が長寿命化していることに伴って、改修、解体、再利用にかかわるCO2の排出量にも留意する必要が出ているためです。LCCM住宅を実現するための基本的な考え方は次の通りです。

  • 内外装に木材、特に地域材を活用すること
  • 創エネ・省エネの両面からCO2排出量削減を目指すこと
  • 運用中の創エネルギー余剰分でエンボディドカーボンを相殺すること

(Ⅱ)国土交通省【建築物の脱炭素化に向けた取り組み】

195の国と地域が参加する気象変動に関する政府間組織「IPCC」によると、温暖化を抑えるためには、2023年からの10年間の施策が鍵になるとしています。

この予測を受けて国土交通省ではLCCO2を実質的にゼロとする「ゼロカーボンビル」の建設を進めることによって脱炭素を加速させています。「LCCO2」とは、製品の製造、輸送、販売、使用、廃棄までのすべての段階での二酸化炭素発生量を評価する手法のことです。

ゼロカーボンビルの普及促進を目指した取り組みの、主なポイントは次の通りです。

  • 新築では、エンボディドカーボン削減に注力する
  • 既存の建物では、改修や更新に伴うオペレーショナルカーボン削減を推進する
  • 運用後のエンボディドカーボンも考慮する
  • 公共建築物でエンボディドカーボン削減についての率先的な取り組みを実施する

(Ⅲ)【その他取り組み】

その他国内における取組としては、2022年12 月、産官学の連携によるゼロカーボンビル(LCCO2 ネットゼロ)推進会議が設置され、建築物ホールライフカーボン算定ツールの開発と、算定のための建材・設備の炭素排出原単位のデータベースの整備に向けた議論が進められています。また、これに関連して、日本建築学会による“建物のLCA 指針”の改定や、業界団体や個別企業による算定ツールの開発も進んでいます。


2本章の内容はeTREE 2024.5.17コラム「エンボディドカーボン削減の切り札‐カーボンニュートラルへの鍵は木造建築にあり‐」を参考にした

Ⅴ.エンボディドカーボン削減にむけた民間取り組み事例

(Ⅰ)【住友林業】

住友林業では「One Click LCA」と呼ばれる、LCA3算定作業を省力化するツールを開発しています(図表4参照)。One Click LCAは、ISO規格で定められた算定手法とデータベースに準拠しています。

木材・建材メーカーが取得した環境認証ラベルEPD(製品ごとの環境負荷データ)をもとに、全ライフサイクルにおけるCO2排出量の算定に活用できる点が特徴です。

また同社では、「「森」と「木」を活かしたカーボンニュートラルの実現」を掲げており、木材資源の活用やカーボンオフセット等で脱炭素化を目指すとしています。一例として、2041年の竣工を目標に、高さ350m・地上70階の木造超高層建築物を開発する構想を2018年に発表しています。

【図表4】「One Click LCA」のアウトプット例
20240910_image5.jpg出所:住友林業ウェブサイト

(Ⅱ)【大成建設】

大成建設では「T-CARBON BIMシミュレーター」と呼ばれる、建築物に使用する建材や設備などの製造・調達・施工段階でのCO2排出量を算定できるシステムを開発しています。設計段階におけるアップフロントカーボンを容易に把握できる点が特徴です。

また、建材変更によるCO2排出量を設計にも反映できる機能があり、費用対効果を定量的に把握できます。

今後さらに、建設費の自動積算と連携し、建設費とCO2排出量を比較しながら設計できるよう改良される予定です。

(Ⅲ)【LIXIL】

LIXILは、脱炭素・資源循環型社会の実現に貢献する取り組みの一つとして、2031年度までにアルミリサイクル率100%達成を目標に掲げています。2022年には原材料の70%にアルミリサイクル材を使用した低炭素型アルミ形材を発売し、第三者認証「エコリーフ環境ラベル」4を取得しています。


3LCA(Life Cycle Assessment)とは、製品やサービスのライフサイクル全体(原料調達、製造、使用、破棄・リサイクル)におけるCO2排出量などの環境負荷を算出し、環境への影響を定量的に評価する手法
4 LCA手法を用いて製品の全ライフサイクルステージにわたる環境情報を定量的に開示する環境ラベル

Ⅵ.まとめ

本稿では、エンボディドカーボンの概要を見たうえで、その削減に関する世界的な潮流を見ました。その結果、エンボディドカーボンの削減に関する規制や評価はすでに欧州を中心に世界的な流れになっているのに対し、日本では、少しずつ前進しているものの、まだまだ欧米各国に比べると、その規制や評価といった点で遅れていることがわかりました。

エンボディドカーボンは、建物や製品のライフサイクル全体におけるCO2排出量を包括的に評価するための重要な指標です。その削減には、多角的なアプローチが必要であり、材料選定、エネルギー効率の向上、輸送の最適化、長寿命設計と建物の再利用、リサイクルと廃棄物管理といった具体的な対策が求められます。

日本では、官民で削減に向けた動きは見られるものの、未だ法的拘束力を持ったLCAの実施は一般的とは言えない状況です。欧州では、すでにエンボディドカーボン削減に向けた厳格な規制とインセンティブが導入されています。我が国においてもエンボディドカーボンの評価と削減を通じて、持続可能な社会の実現に向けた取り組みを進めることが重要です。

提供:法人営業本部 リサーチ・コンサルティング部

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