今後の不動産市場は、日銀による金融政策次第で決まる

今後の不動産価格、市況、業界の趨勢に最も影響を与えるものは、今後の日銀の政策だと言えます。植田新日銀総裁が今後も超金融緩和策を取り続けるのか。イコール超低金利策を続けるのか。日銀が今後決定する金利政策によって不動産がどのような影響を受けるのか考察していきます。

Ⅰ.現在の金融政策

現在米国におけるインフレは未だ鎮静する兆しは見受けられず、政策金利も5%を超えようとしています。(以下2023年3月8日時点でのものです)

結果、世界の基軸通貨である「ドル」における預金金利は4%を超えています。

この預金金利は、元本保証の利息ですので同程度の利回り(あるいは配当利回り)であれば、元本保証ではない株式や社債、はたまた不動産やリートにリスクを取って投資することが難しくなってきます。

よって米国においても昨年後半より著名な不動産ファンドにおいて投資家からの解約が相次いでいるようです。

米国においても住宅ローン金利も既に7%を昨年末に超えてきました。既にこれにより、住宅の購入者が減り住宅価格自体も下落が続いています。

一方、日本においては、昨年の12月20日、日銀の金融政策決定会合で長期金利の上限を0.25%程度から0.5%程度に引き上げる金融緩和の修正が決まりました。10年以上もの間金融緩和が続いたなかで「超金融緩和の終焉か?」といった記事が飛び交いました。黒田日銀総裁が退任する前に自らの選択でこれを実施したことに一般社会だけでなく不動産業界にも強い驚きが広がりました。

さて、日本における、2023年の不動産市況はどうなっていくでしょうか。

Ⅱ.今後の金融政策の見通し

日銀の黒田総裁の後任は、経済学者の植田和男氏となりましたが、同氏は就任前より、これまでの黒田氏による超金融緩和を「政策には常に効果と副作用があるが、それを比較し考慮しながら最も適切な政策を実施する必要がある。現在の金融緩和はメリットのほうが副作用を上回っている」と述べています。

また、金融緩和を縮小する時期に関しては「持続的・安定的に2%のインフレ目標が達成できる見込みが得られるようになったときに、出口戦略を開始することになる。今後の経済や物価情勢の変化に応じて最適で望ましいやり方は変わっていくものになり、現時点では具体的にコメントすることは差し控えたい」と述べています。

以上のように、植田氏も黒田氏の超金融緩和政策を踏襲していくとみられています。

そのようなことが可能であるのかどうか、それは今後日本のインフレ率が欧米並みに上昇していくかどうかが鍵となるのではないでしょうか。
日本におけるインフレ率は欧米に比べてまだ低いのですが(2023年1月時点で4.3%まで上昇)、日本の食料自給率が約37%(アメリカ121%、イギリス70%、ドイツ80%)、エネルギーの自給率も日本約12%(アメリカ104%、イギリス71%、ドイツ34%)といった状況下で、この程度のインフレで収まるのでしょうか。

現在欧米で起きているなかなか天井が見えないインフレが、今後国内では起こり得ないと想定するには無理があるように思います。

既に、電気やガス、ガソリン等のエネルギー価格や肥料や飼料、その他原材料が大幅に値上がりする中、今後も各生産者や製造業者、卸業者、販売者が、その価格上昇分を消費者価格に転嫁しないで耐えていけるとは思えません。

Ⅲ.2023年の不動産市況

2023年、今後欧米並みの激しいインフレが日本を襲った場合、不動産、または不動産業界はどうなっていくのでしょうか。その場合起こりえる現象を想定してみたいと思います。

一つは(既に欧米では起こっていることですが)高いインフレを抑えるために実施される政策金利の上昇です。仮に現在の欧米並みに政策金利が上昇すると想定すると、当然ながら住宅ローンの金利も欧米並みに6%,7%といった高い金利となる可能性が出てきます。

一方、不動産業界は体質的に多額の借り入れをしている企業が多いのが実態です。不動産会社だけでなく不動産投資信託(リート)の総資産における借り入れ割合も約40%〜50%です。さらには、個人の不動産投資家(アパート・ビルオーナー)と言われる方々の借り入れ状態を見ても、総資産に占める借り入れの割合は50%から70%を超えるケースが多いようです。今後、借り入れ金利が上昇することが起これば、返済金額の大幅な上昇に繋がる事になります。

次に、一般論ですが金利が急にかつ大幅に上昇するようなことが起こると、景気に悪い影響を与えます。景気が悪くなれば当然ながら不動産の売買自体も低迷し、不動産マーケットも影響を受け価格が下がっていくでしょう。

ところで、実需ではなく、投資対象としての不動産の価格は、その対象不動産から得られる「賃料」及び「利回り」から還元されて決定されています。先に記した様に、元本保証の預金金利が上昇していけば、不動産に求められる利回りは高くなります。例えば、都心のエリアのあるレベルの賃貸ビルが流通する利回りが約3%だと仮定した場合、仮に預金金利が3%を超えていくようなことが起こるとどうなるでしょうか。全体のマーケットにおいて現金に比べ流動性が低くなおかつ元本保証ではない不動産に求められる利回りは、3%程度では満足が得られなくなります。結果相対的に「利回り4%、5%は欲しい」と言った声が出てきます。この場合「賃料を値上げ」することができるかが大きな鍵になってきますが、仮に賃料を値上げすることが難しいならば、不動産の価格自体を下げざるを得なくなり、新しい価格相場を形成していく事になります。

このように、今後も我々は国内のインフレとそれに伴う金利上昇がどの程度まで進むのか、またどれだけの期間にわたって続くのかを注意深く見ていく必要があります。

Ⅳ.日本経済の行く末

さて、もう一点非常に気になることがあります。仮に植田日銀新総裁が黒田前日銀総裁と同様に超金融緩和を続けた場合、長期的にみて、いったい日本経済はどうなっていくのでしょうか?不動産業界としては、現在の超金融緩和政策はある意味歓迎すべきものではありますが、長期的な観点に立てばその副作用を無視するわけにはいきません。

実はこの点に関しまして、数年前、元財務省事務次官のA氏に直接ご意見をお聞きする機会を得ました。ある会食の席で無粋にも、どうしてもA氏に聞きたいことがあり質問をさせて頂きました。A氏は、私のレベルに合わせ、かつ分かり易い言葉を用いて真摯に回答して下さいました。

私の質問は以下の通りです。

「日銀のマイナス金利政策における出口戦略はあるのか?」

「日本の金融機関の将来は大丈夫か?」

「日本経済の行く末をどう考えていらっしゃるのか?」

これについてA氏の回答は以下の通りでした。

「日銀の出口戦略は存在しない。黒田さんや安倍さんが代わっても、この政策を誰が止めることができるのでしょうか?もう国として継続していくしかない。一度始めたからには、日銀も政府としても途中でやめることはできない。出口戦略をやるとしたら、景気が上向くかもしれない、例えば50年先ではないだろうか。」

「その間、(超低金利故に稼ぐ力を失い)銀行は大きく疲弊するだろう。銀行の打つ手はない。今後さらに金融機関が痛めば、お金が回っていかなくなるだろう。また、人口の減少の影響や年金生活者を始めとしてこの超低金利では経済全体の需要は先細っていくばかりであろう。」

「その結果として、結局日本経済は、『白色矮星』のように徐々に衰えていくと思われる。別の言い方をすれば、冬山で徐々に体温が冷えて死に近づいていくようなものかもしれない。」

「最近、私は黒田さんを太平洋戦争勃発時の山本五十六長官に例えている。山本長官は、まずは奇襲戦を挑み、早期に終戦条約を締結し、戦争を終了させるしか日本が生き残る方法はないといった戦略だった。しかし、当時の政府や軍は、それが出来なかった。結局、本土を空襲され、原爆を落とされ、徹底的に破壊されるまで戦争を終結することができなかった。黒田さん及びその周りの取り巻きも、当初、ほんの数年で、つまり短期で一連の政策を終わらせる予定だった。私も現役時代そう聞いていた。しかし、結果が出ず、途中でやめるわけにはいかなくなってしまった。今後は、太平洋戦争時代の政府と同じように行くところまで突き進むのだろう。」

以上なのです。

A氏がおっしゃられた「白色矮星」とは、恒星の進化における最終形態の一つであり、太陽と同程度の質量を持つ恒星が核融合反応を終え、内部のエネルギー源を使い切って外層を放出した後に残った状態の星です。余熱で光と熱を発していますが、やがては冷えて暗くなります。

私はこの貴重なお話しを伺った時、咄嗟に二つの備えをしなければいけないと感じました。

一つは、今後政府や政治に頼ることはできない。そうであるならば自助努力しかない。厳しい時代を自らの専門性と付加価値をより高めて生き抜いていかなければならないと。

もう一点は、よりキャッシュフロー、会計的に言えばフリーキャッシュフローを重視した経営をしなければならないと。つまりBS的、又は帳簿的にそれなりの資産をもっていたとしても、これからの時代においてはあまり意味がないだろうと。やはりリアルに少しでも多くのキャッシュを産んでもらわないといけないと考えるに至りました。

長谷川 高(はせがわ たかし)

株式会社長谷川不動産経済社代表

東京都立川市生まれ。立教大学経済学部経済学科卒。株式会社長谷川不動産経済社代表。大手デベロッパーにてビル・ マンション企画開発事業、都市開発事業に携わったのち、1996年に独立。以来一貫して個人・法人の不動産と賃貸経営に関するコンサルティング、顧問業務を行う。顧問先は会社経営者から上場企業まで多数。一方、メディアへの出演や講演活動を通じて、不動産全般について誰にでも解り易く解説。 著書に『家を買いたくなったら』『はじめての不動産投資』(共にWAVE出版)、『厳しい時代を生き抜くための逆張り的投資術』(廣済堂出版) 『不動産2.0』(イースト・プレス)など。

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