多拠点居住の展開と地方プラットフォーム創設による新たな街づくり

コロナ禍をきっかけにして急速に普及したリモートワークは、着実にワーカーの働き方を変えつつある。大企業の一部では勤務の在り方を変え、必ずしも通勤を前提としない働き方を提唱し始めている。

住宅マーケットにも影響が及んでいて、これまでの通勤を前提とした「会社ファースト」の住宅選びから平日も多くの時間を過ごすことになった「生活ファースト」の住宅選びに代わるきっかけとなっている。こうした変化の先にあるのが二拠点居住、多拠点居住である。

今後はDX化を背景に大都市と地方のイコールフッティングが実現できれば、特徴を持つ地方都市が新たな発展をするチャンスにつながると期待される。

Ⅰ.居住スタイルの変化

最近は働き方が多様化する中、新しい居住スタイルとしてテレワークを取り入れた住まい方を模索する動きが高まっている。

これまでの住宅選びは、勤務先への通勤を前提とした、「会社ファースト」の考え方に根差すものだった。
ところがコロナ禍を経て現代では、必ずしも通勤を前提とせず、自らの生活スタイルを追求する「生活ファースト」の考えを基にした住宅選びが広がり始めている。

2020年2月より全国的に蔓延した新型コロナウィルスは、通勤を前提とした勤務体系を崩し、企業内正規雇用者でも家庭内に留まって就労するテレワークを余儀なくされた。
当初は多くの企業で社員相互間のコミュニケーションが保たれるか、顧客との商談が滞りなく行えるのか、といった疑念や不安の声が多く上がったが、大企業を中心にテレワークによる勤務体系は徐々に根付き始め、通勤を前提としない働き方は急速に市民権を得ることとなった。NTTグループでは主要7社の6万人の社員のうち半数にあたる3万人についてはテレワークでの働き方を前提に通勤を廃止、全国どこに住んでも構わないアドレスフリーの勤務体系を採用し話題となった。

テレワークの常態化は、人々の住宅に対するニーズに大きな変化をもたらした。
これまで住宅は、平日は夕方から夜までを過ごす安息の場であったものが、日中も基本的には自宅およびその周辺で過ごすことが増えるにしたがって、住宅内部の仕様、間取りや面積、住設機器をはじめ自宅周辺の環境、平日の昼食を含めた商業環境、公園などでの憩い、自然環境に対する評価といった新しい視点が取り込まれることになった。

コロナ禍の鎮静化に伴って、テレワーク中心の勤務体系を見直す動きも出始めているが、今後はリアル勤務とテレワーク勤務を組み合わせたハイブリッド型や、職種、部署によるテレワークを常態化するなど、企業によって選択肢は分かれてきそうだ。
一定レベルでのテレワークでの勤務は地位を得たものとみられ、通勤を前提とした都心のオフィス一極集中の勤務体系は今後だいぶその様相が変わってくるものと考えられる。

さてハイブリッド型の勤務体系が広まってくると住宅マーケットには具体的にどのような影響が及んでくるだろうか。注目されるのが二拠点居住である

たとえば平日は会社近くの都心部にマンションを借り、テレワークを時折行いながら必要に応じて出社する。
週末は自分が好む地方都市や海や高原などに住宅を構えるというものだ。これまでは会社への通勤を余儀なくされたため、地方に家を持つ場合でも近郊の別荘などに限られたが、これからは地方都市に3日、東京都心に4日など、それぞれのライフスタイルに応じた住宅の保有や賃借が可能になってくるだろう。

通勤を前提とすると住宅価格が高く、二世帯を保有する、あるいは賃借するのは経済的に難しかったが、これからはどちらか一方を保有、一方を賃借するなど各自が合理的な選択をしたうえで二拠点での生活を楽しむことが可能になるだろう。
特に住宅価格が高騰している都心部では住宅を賃借し、リーズナブルなコストで購入できる郊外都市や地方都市の住宅を購入して保有するなどの動きが顕在化してくるだろう。

こうした動きは賃貸住宅マーケットに好影響を及ぼす可能性が高い。世帯で住宅を2軒使いこなす時代になればマーケットは2倍に広がる可能性が高いからだ。とりわけ空き家問題が深刻化する昨今においては、地方都市を中心に広がる空き家問題解決の一助にもつながるものと期待される。

Ⅱ.多拠点居住の可能性

二拠点居住をさらに進めた考え方に多拠点居住がある。
働き方が完全に自由化すれば、自身の興味や趣味趣向で住む場所を変えていくアドレスホッパー的なライフスタイルが一定の市民権を持つ可能性がある。冬は暖かな沖縄に住み、夏は涼しい北海道に住む、を地で行くライフスタイルだ。

完全なアドレスホッパーは、通常の仕事では特定の専門職を除いて難しいであろうが、たとえば会計監査法人における監査業務に携わる人からみれば、事務所に通勤する理由はほとんどないという。
また先述したNTT主要法人でも、地方の実家に戻る社員もいれば、季節に応じて、自宅とは異なる場所で仕事や遊びを満喫する人たちが出現しても不思議ではない。

ただ、これまでは多拠点居住を実現するためには、リゾート会員権を購入する、特定のホテルチェーンの会員となって全国のホテルや旅館を泊まり歩くしかなく、費用の面では相当にハードルが高かった。
また一人で多くの住宅を借り上げることも現実的ではなく、映画の寅さんのような生活は実現が難しかった。

しかし、最近ではこうしたニーズに応えるサービスが展開され始めている。具体的にはサービスを提供する事業会社が、地方にある古民家などを借り上げ、リニューアル等を施したうえで、会員制クラブなどを結成し、この会員向けに転貸する方式のものである。

上記サービスを展開している事業会社は複数社にわたるが、特徴はいずれも会員制クラブで組織化し、会員は基本的には月額定額料金(サブスクリプション)を支払うことで、事業者が借り上げている住宅を自由にシェアできるというものである。

このサービス事業の草分け的な存在であるのが、アドレスである。アドレスは全国で200か所以上の住宅を借り上げ、会員に対して月額定額44,000円から88,000円のプランで貸し出している。それぞれの住宅はいわゆるシェアハウスであるので、会員は予約して当該物件に赴くと、同じ家屋内にほかの会員が滞在しているケースが多い。したがって会員の多くは若者で、バックパッカー的な旅行、周遊する人たちに好まれているという。

筆者が主宰する全国渡り鳥生活倶楽部は全国の優良な邸宅を借り上げて、これを一棟まるごと会員に転貸するもので、会員は予約すれば一棟を自分の家として期間内は自由に使えるため、一人で住む、家族と住む、友人や趣味の仲間と使うなど汎用性が高いのが特徴だ。

また、同じく会員制クラブで、事業会社が提携したホテルや旅館、グランピング施設などを格安の価格で斡旋するサービスも登場している。ホテルなどが中長期で割安に部屋を提供し、「ホテルに住む」といった新しいコンセプトでのサービス提供も始まっている。

多拠点居住が普及する効果はなにもオフィスワーカーが「すきなときに」「すきな場所で」「すきなように働く」だけがテーマではなく、これまで大都市中心部に偏在していたワーカーが地方に滞在する、そして滞在期間も仕事と併用できるので、中長期に滞在することが最終的には移住や定住につながるという効果も期待される。

Ⅲ.地方創生への期待

今までの地方創生の多くが、結局東京のような施設の建設や短期的な効果のみしか認められないキャンペーン的な発想のものばかりであり、補助金頼みと大都市からやってくるコンサルタントに金をばらまくだけのものだった。
だが、多拠点居住は実際に中長期にわたってオフィスワーカーなどの都会人が住み続けることが、地方や地域に新しい考え方をもたらし、地方発の真の意味での地方創生が実現できるチャンスをもたらすものと期待される。

そのために必要なことは、地方・地域が都会人からみて、暮らしやすく、働きやすい環境であることをいかにプロモーションできるかである。
中長期滞在をする、あるいは都会との間を定期的に行き来する多拠点生活を前提にすれば、単に「景色が良い」「食べ物がおいしい」「人情味がある」だけでは十分ではない。それぞれの地域に暮らしていくうえでどのような特徴があるのかをしっかりとアピールしていくことが大切である。

言葉を変えるならば、地方・地域からみてどのような人たちなら一緒に暮らせるか、対象客を選択することである。そのためには地方・地域ごとにアピールポイントを明確に打ち出すことだ。

まず、多拠点居住者はあくまでも地元での生活者であるから、地元民がおもてなしをする必要は基本的にはない。かといって「つきあわない」「よそ者としてのけものにする」などでは居住者が長く滞在することにつながらない。
地元民と会員がフィフティフィフティの関係で対等に付き合うことを前提に両者が同じ土俵に乗って、関係、交流を深めていけるようなプラットフォームづくりが鍵となる。

たとえば、「食」をテーマに地域が「食べる」だけでなく、健康づくりや美容などの効能を唱え、地域に来れば健康になる、美しくなるなどのサポートを行う。あるいは「スポーツエクササイズ」をテーマに地域を訪れ、滞在する人には必要な施設の利用や用具のサポート、アドバイザー、コーチ、フードマイスターなど多くのサポーターをつける、などの取り組みが考えられる。
いわば地域と、地域が欲する人材をマッチングさせるプラットフォームづくりが、地域価値を向上させる鍵となるのである。

地域で中長期に滞在する多拠点居住者に対してよく耳にする声として、「住民票を取得しない人は所詮よそ者」というものがある。
ただ、日本全体で人口減少、高齢化は止めようのない事象であり、住民票に拘るということは所詮、他地域から人を奪ってくることに過ぎず、その施策にはおのずと限界がある。

発想を変えて、とりあえずは地域に出入りする人を増やす、「人材の新陳代謝」を目指すことである。そして出入りする人材については、単なる物見遊山の観光客だけでなく、地域にとって有用な人材を一本釣りするような戦略的な人材ハンティングを志向することにある。

多拠点居住の普及はこれまで滞りがちであった都会と地方の間での情報交換の促進につながるものと期待できる。
都会のベンチャー企業には自らのテクノロジーの実験や利用にその舞台を求めているものが多い。いっぽう地方・地域では都会の技術や人脈を求めてもどのようにアクセスするか悩んでいる若者や企業が多い。多拠点居住者や事業者が構築するプラットフォームを通じて様々なビジネスマッチングが実行できる可能性がある。

多拠点居住者が日本中を渡り歩くことは地域に様々な個性を持った人たちが出入りすることになる。地域に常に新しい発想を持った優良な人材が出入りすることは、地域内の新陳代謝を促すことにつながる。

地方・地域プラットフォームの創設は、関係・交流人口の増加による新たな街づくりを促し、地域価値を向上させることにつながる。そのためにも地方が、東京の物まねではない、新たなコンテンツを自らが発信し、優良な人材をいかに集めるかにかかっている。働き方の変革は、地方と東京、大阪、名古屋などの大都市圏をイコールフッティングにし、人材が渡り鳥のように飛び交う新たな価値観の創生につながるのである。

牧野 知弘

オラガ総研株式会社 代表取締役 / 不動産事業プロデューサー

1983年東京大学経済学部卒業。 第一勧業銀行(現みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て、1989年三井不動産に入社。不動産買収、開発、証券化業務を手がける。 2009年オフィス・牧野、2015年オラガ総研、2018年全国渡り鳥生活倶楽部を設立、代表取締役に就任。 ホテル・マンション・オフィスなど不動産全般に関する取得・開発・運用・建替え・リニューアルなどのプロデュース業務を行う傍ら、講演活動を展開。 最新著書に「負動産地獄」(文春新書)、その他に「空き家問題」「不動産激変~コロナが変えた日本社会」(ともに祥伝社新書)、「人が集まる街、逃げる街」(角川新書)、「不動産の未来」(朝日新書)等。文春オンラインでの連載のほか、テレビ、新聞等メディア出演多数。

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