大量相続時代の到来と不動産

今、国内の相続件数はどのくらいあるのだろうか。この推計は易しい。相続発生件数は年間の死亡者の数と一致するからだ。今から40年前の1983年の死亡者数は74万人であるのに対して、2021年は年間で約144万人の方が亡くなっている。40年前と比較して約1.94倍に増加していることがわかる。日本は高齢化しているだけでなく、あたりまえだが高齢化すれば亡くなる人の数が増える、つまり相続件数はどんどん増えていることになる。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、今後2040年にかけて死亡者数はさらに増加を続け、年間160万人を超えていくものとされている。日本はこれからの20年において、相続件数は伸び続け、大量相続時代を迎えるのである。

Ⅰ.身近なものになる相続税

いっぽう相続税が課税された件数をみてみよう。83年は3万9千件であったものが現在では13万4千件と約3.4倍に膨れ上がっている。ただしこの数は2015年に税制が改正され、課税遺産総額を計算する際の基礎控除額が減額されたために、相続税の課税対象者が増えてしまったという背景がある。それでも改正前の2014年で5万6千件であるから83年当時よりも43%も増えていることになる。

それでは相続発生した件数のうちどのくらいの割合で相続税が課税されたのだろうか。これは課税件数を死亡者数で割れば算出され、おおむね9.3%になる。税制改正前は4.4%だったため、課税される割合は2倍強になったことになる。

9%ならば91%は対象外だ。ならば私は関係ないやと多くの人は思うかもしれないが、そういう話ではない。

Ⅱ.基礎控除額が減り相当数が課税対象に

まず、相続税課税の対象者が少ないのは、課税計算の方法を見ると明らかだ。相続の対象となる財産(不動産以外では預貯金、有価証券、保険、貴金属など)を評価した額(相続税課税価格)から基礎控除額を引いたものを課税遺産総額といい、これを法定相続分に分けて課税対象額を算出するのだが、現状での基礎控除額は次の通りだ。

基礎控除額=3000万円+ 600万円×法定相続人の数

たとえば法定相続人が3名の時は4800万円を遺産総額からが差し引くことができる。多くの世帯では課税対象とならないことが推測できる。また配偶者がまだ存命である場合は配偶者特別控除1億6000万円の控除枠や自宅については小規模宅地等の特例があるので、多少資産を持っている人でも少なくとも一次相続に際しては税金の心配はいらないということになる。

しかし、基礎控除額については2015年の改正前は5000万円+ 1000万円×法定相続人の数だった。法定相続人が3名であれば8000万円だったところを控除額が6割に減じられたのである。この影響は大きく、今後首都圏をはじめとした大都市圏で、高度経済成長期以降、地方からやってきた人たちに大量相続が発生するこれからは、相当数が課税対象になる可能性があるといってよいだろう。特に大都市圏で不動産を持っている人にとって、現在のたった9%しか対象にならないとタカをくくっていてはならない、近い将来に起こりうるリスクなのである。

Ⅲ.相続税の課税対象の38%が不動産

特に高齢者夫婦のうち、どちらかに相続が発生した場合(一次相続)の際には、配偶者特別控除や小規模宅地等の特例で課税されていなかったものが、二次相続においては、こうした控除が使えずに課税されてくる世帯が今後は大都市圏を中心に多発することが予想されている。二次相続について認識し、具体策を検討していく時代になっているのである。

では実際、相続税の課税対象となった財産の内訳をみてみよう。国税庁の調べ(2021年)によればなんと土地、家屋を合わせた不動産の割合は38%と全体の4割近くにも及んでいる。いかに不動産が相続にあたっての重要なポイントになっているかがわかる。

Ⅳ.相続と負動産

実は相続税の課税対象になる、ならないは別としてこの不動産、今後は相続においてこれを受け継ぐ人(相続人)に大きな負担を課すことになりそうなのだ。あたりまえの話だが、不動産はただ所有しているだけで、固定資産税や地域によっては都市計画税がかかる。家を維持していくにはマンションなら管理費や修繕積立金の負担が毎月発生する。戸建て住宅でも家の風通しや通水などをこまめにしていないと、特に木造住宅などはあっというまに傷んでしまう。細かな修繕費用の負担、庭木の剪定などなど、家の維持は費用の塊といってよい。

誰も使わない、そして誰の役にもたつことができない不動産であっても、不動産は引き継がれていく。車や機械であればこれをなくしてしまう、つまり捨ててしまうことができるが、不動産は家を壊せても、土地を削り取ってこの世からなくしてしまうことは不可能なのだ。マンションに至っては自分の意志では壊すこともできず、月々の費用負担からも逃れることができない。暮らすには何かと便利なマンションなのだが、相続財産の対象としてはなかなか厄介な存在なのである。

Ⅴ.「財産」としての不動産ばかりではない

相続とは世の中ではなんとなく、税金の問題?とステレオタイプに考えがちだが、そうではない。まず相続はどこの家でも必ず発生するものだ。それは人が亡くなるからである。そして亡くなった人は何らかの形で「遺産」を持って亡くなるのが現代である。

普通の家庭で普通に起こるのが相続であり、その受け継がれていく遺産の中に実は収益を上げる財産としての不動産ばかりでなく、現代においてはやっかいものとなった不動産が隠れていることに注意が必要なのである。

Ⅵ.団塊の世代と相続ラッシュ

団塊世代と言われる1947年から49年に生まれた人は、出生した当時806万人。この世代は日本の人口ピラミッドの中で常に最大派閥を形成してきた。彼らの多くは地方から東京や大阪などの大都市に出てきて学校で学び、卒業後は企業などに就職、企業戦士として活躍してきた。特に企業組織の中にあって最も脂がのる40歳前後、彼らは平成バブルの真っただ中にいた。彼らは世界中を飛び回って優秀な日本製品を売り込み、日本経済の発展に大いに貢献した。

現在、この世代の多くは、一部経営者などで残っている人を除いてすでに企業社会ではおおかた一線を退いている。しかし、リタイア後の彼らは、今度はその元気を国内外の旅行や地域活動などに発揮して、活躍の場を広げている。年金も後続の世代に比べれば潤沢。大企業に勤めていた人達などは厚生年金に加えて手厚い企業年金を受け取るなど、経済的には恵まれた層とも言える。

この元気いっぱい世代も47年生まれを皮切りに、2022年から後期高齢者(75歳以上)の仲間入りを始めた。日本人の健康寿命は男性が72.68歳、女性が75.38歳(2021年)であることからすれば、全員が今後も元気に過ごせる年齢というわけではならなくなる。実際に現時点での団塊世代人口は600万人ほど。出生時の75%に減少している。これから平均寿命である男性81.64歳、女性87.74歳までのあと5年から10年の期間にこのうちのかなりの方が亡くなる、つまり相続が発生することになる。

Ⅶ.「マイホーム」が厄介者になる可能性も

現時点での後期高齢者人口は全国で1879万人である。このカテゴリーにあとわずか3年間で現在の数の3分の1に相当する600万人近くの「新人」が加入してくるインパクトは絶大だ。そして健康寿命を超え、寿命を全うし始めるのがこれから日本で確実に起こる相続ラッシュなのである。

このことを首都圏(1都3県)に的を絞って考えてみる。首都圏における高齢者人口(65歳以上人口)は914万人、このうち478万人が75歳以上の後期高齢者だ(22年1月1日現在)。この時点では団塊世代はまだ後期高齢者にはカウントされていない。首都圏に住む団塊世代は東京都で51万8千人、神奈川県で39万2千人、埼玉県で34万5千人、千葉県で29万8千人の計155万3千人にのぼる。ということは首都圏でも例外なく相続ラッシュになることが容易に想像されるのだ。団塊世代の多くは1980年代を中心にマイホームを首都圏の郊外部に取得している。これらの家は一次相続時点では配偶者に無事引き継がれるだろうが、二次相続になると、彼らの子供の多くが、果たして親の残した家に住むことを選択するだろうか。

そして親の残していく財産の中でもこのマイホームが意外な厄介者になる可能性があるのだ。

国内では実はこれから相続ラッシュの時代を迎える。日本は戦争で多くの国民を失った。戦後から平成にかけて亡くなった多くの人たちは戦争で苦労をし、廃墟の中から立ち上がってきた人たちだ。人口ボリュームも小さく、また金融資産や不動産といった財産も少なかった。団塊世代でも親からたくさんの遺産を相続したという人は少なく、せいぜい地方の実家、付随した田畑や山林などだった。兄弟姉妹も多いので資産は分散し、相続争いなどもごく一部のお金持ちの話に限られてきた。

Ⅷ.複雑化する相続

世代が代わり新たな問題となるのは、これから亡くなる人の多くが、ある程度の金融資産を持ち、マイホームを持っているということだ。戦後三世代、あるいは四世代目に引き継がれていくこれからの家族の系譜で、相続の問題は複雑化し、悩ましいものになっている。

こうした時代背景を見据えて、自身の持つ不動産ポートフォリオの中で、何を活用し、何を手放すのか、そして何に新たに投資していくのかを見極めていくことが極めて大切な時代になっている。おそらく今から2030年までの間の日本社会で起こるかなり大きな変容に対して、不動産を防衛資産として選択していく際には、この相続の大量発生という、確実に起こる変化をどのように捉えるかが、大きな視点になることは間違いないといってよいだろう。

牧野 知弘

オラガ総研株式会社 代表取締役 / 不動産事業プロデューサー

1983年東京大学経済学部卒業。 第一勧業銀行(現みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て、1989年三井不動産に入社。不動産買収、開発、証券化業務を手がける。 2009年オフィス・牧野、2015年オラガ総研、2018年全国渡り鳥生活倶楽部を設立、代表取締役に就任。 ホテル・マンション・オフィスなど不動産全般に関する取得・開発・運用・建替え・リニューアルなどのプロデュース業務を行う傍ら、講演活動を展開。 最新著書に「負動産地獄」(文春新書)、その他に「空き家問題」「不動産激変~コロナが変えた日本社会」(ともに祥伝社新書)、「人が集まる街、逃げる街」(角川新書)、「不動産の未来」(朝日新書)等。文春オンラインでの連載のほか、テレビ、新聞等メディア出演多数。

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