医療法人と不動産をとりまく状況

医療法人は拡大の余地がある反面、淘汰が進む可能性も

高齢者人口の増加と医療技術の高度化により医療費は拡大し続けている一方で、経済成長の低減により保険料収入は減少しています。

独立行政法人福祉医療機構による医療法人の経営状況調査によれば、病院主体の医療法人において、2020年度の本業から得られた利益を示す事業利益率は2019年度から1.4ポイント低下し0.5%となりました。
また、赤字法人割合は3.7ポイント増加の27.0%となり、コロナ禍以前と比べて厳しい経営状況に陥った法人も増加しました。一方、事業利益率が15%近い病院も散見され、収益性の格差が拡大している現状が読み取れます。

高齢社会の進展により医療サービスニーズは増加しており、医療法人は拡大の余地がある反面、淘汰も進むものと考えられるでしょう。

Ⅰ.「駆け込み増床」期に建設された病院の建替えが急務

国民皆保険[1]の実現や国民健康保険加入者家族の負担率の軽減[2]、老人医療無料化[3]などを背景に、1985年の第一次医療法改正[4]によって必要病床数(基準病床数)が策定されるまでの1960~1980年代は病院の新設・増床ラッシュとなりました。特に第一次医療法改正から病床規制がスタートするまでの1985~1988年は、「駆け込み増床」[5]と呼ばれています。

 東日本大震災や東京オリンピック開催決定による建築費の高騰を受けて、改修・整備を見合わせている施設も多いと予想されます。しかしながら「駆け込み増床」の時期に建設された病院は築40年を迎えようとしており、建替えや大規模修繕などの対応が急務であると言えるでしょう。



[1] 全国民を何らかの公的医療保険(健康保険)に加入させる制度。全員が保険料を支払うことで互いの負担を軽減する仕組みで、1961年に実現。

[2] 1968年、国民健康保険加入者の家族の医療費負担率が5割から3割へと引き下げられた。

[3] 70歳以上の老人医療費を無料とする制度。1973年の老人福祉法改正により導入され、1983年の老人保健法の施行により廃止された

[4] 1985年の医療法改正により都道府県医療計画が導入された。この計画で地域の需要に合わせた必要病床数(基準病床数)が策定され、必要病床数を超える増床を行った医療施設に対しては都道府県知事が勧告できることとなった。

[5] 実際には「駆け込み増床」期(1985~1988年)の増床数は1960・1970年代と同水準であり、1961年の国民皆保険制度にはじまる”医療へのアクセシビリティ向上”を背景とした増床トレンドが継続したものという解釈もある。

Ⅱ.米国ではヘルスケアリートが拡大

米国では病院や医療用ビル、シニア住宅などを投資対象とする「ヘルスケアリート」が発達しており、ヘルスケア施設がリート全体の10%を占めているのに対し、日本では1%未満となっています。さらにヘルスケアリートの運用資産の内訳をみると、米国では病院が7%を占めているのに対し、日本では有料老人ホームやサービス付き高齢者住宅が大半を占め、病院を運用しているリートは存在しないのが現状であり、拡大余地があると考えられます。

実際に、日本においてもいくつかのファンドがヘルスケア施設や病院への投資に力を入れていくことを表明しており、今後の拡大が期待されています。[1]



[1] ブリッジ・シー・キャピタルとシンガポールのSPHが共同でヘルスケアファンドを設立し、ヘルスケア関連施設を取得。両社は今後も日本の病院や介護施設、メディカルセンターなどに投資し500億円規模に拡大する考え。ユニゾン・キャピタルはこれまで合計5件の病院投資を実行しており、今後約5年間のヘルスケア産業への投資余力は借入金を含めて最大1,000億円を見込む。

Ⅲ.病院施設における活用の考え方

病院施設の活用は、まず現敷地で行うか、他敷地へ移転するかを検討します。

◆現敷地で行う場合

①既存建物の建替え、②敷地内未利用部分での自己新築、③敷地内未利用部分での他者新築への賃借入居、④前述①③の複合型、⑤現建物のセール&リースバックといった活用区分があります。その場合、病院機能を継続していくためには、現敷地内で新築移転を行える十分なスペース(未利用部分)が必要であり、スペースがない場合は、建替え期間中に病院機能を仮移転させる必要があります。

①は現敷地の既存建物部分に建替え新築する手法で、ニーズに沿った建物が建築できる一方で、大規模な投資が必要、かつ仮移転が必要なため二度手間となります。
②は現敷地の未利用部分に自身で建物を建築する手法で、ニーズに沿った建物が建築できる一方、大規模な投資が必要となります。
③は現敷地の未利用部分に他者が新築した建物を賃借し、現敷地を売却する手法で、新築建物への投資が不要となる一方、賃借料が発生することとなります。
④は①③の複合型で、他者が建物を新築し、自己使用部分は自己保有、それ以外は他者所有となる等の手法です。自己使用部分はニーズに沿った建物が建築でき、②の自己新築より投資は小さく抑えられますが、建築期間中の仮移転が必要となります。
⑤は保有物件を売却後にテナントとして賃借する手法で、移転の必要がなく、建物への継続投資が不要となりますが、賃借料が発生します。

◆他敷地へ移転する場合

⑥自己新築、⑦他者新築への賃借入居といった活用区分が考えられます。

⑥は代替物件を新築し保有物件を売却する手法で、ニーズに沿った建物を建築できる一方で、大規模投資と移転が必要となります。
⑦は他者が新築した代替物件に賃借入居後、保有物件を売却するといった手法で、一定程度ニーズに沿った建物を建築でき、建物への継続投資は不要となりますが、移転が必要で移転後は賃借料が発生します。

このように、それぞれの活用手法には異なる特徴があり、その検討内容は多岐にわたります。そのため、まずは大方針をしっかりと検討して判断することが重要です。

【病院施設の活用手法とその特徴】

活用区分

手 法

特 徴

現敷地

①既存建物の建替え

現敷地の既存建物部分に建替え新築

・現敷地での事業継続が可能

・貴法人のニーズに沿った建物を建築できる

・大規模な投資が必要 ※建築費は高止まり

・建築に関するノウハウが必要

・仮移転が必要で、二度手間となる

②敷地内未利用部分に自己新築

現敷地の未利用部分に建物を新築

・現敷地での事業継続が可能

・貴法人のニーズに沿った建物を建築できる

・大規模な投資が必要 ※建築費は高止まり

・建築に関するノウハウが必要

・最適な建物配置が難しい

③敷地内未利用部分に他者が新築、賃借入居

現敷地の余剰部分に第三者が新築した建物を賃借し、現敷地を売却

・現敷地での事業継続が可能

・建物への継続投資、運営コストが不要

・本業投資やM&Aなどの資金確保ができる

・賃借料の発生

・最適な建物配置が難しい

④上記①③の複合型

第三者が建物を建設し、自己使用部分は自己保有、それ以外は第三者が保有

・現敷地での事業継続が可能

・自己使用部分は、ニーズに沿った建物を建築できる

・等価交換の場合、新築より投資が小さく、建築に関するノウハウが不要

・交換差金を取得できる場合がある

・仮移転が必要で、二度手間となる

⑤現建物のセール&リースバック

保有物件を売却後、貴法人がテナントとして賃借

・現施設での事業継続が可能

・建物への継続投資、運営コストが不要

・本業投資やM&Aなどの資金確保ができる

・賃借料の発生

他敷地移転

⑥自己新築

代替物件を新築し、保有物件を売却

・貴法人のニーズに沿った建物を建築できる

・売却資金により建築費用を一部まかなえる

・移転が一度で済む

・建築に関するノウハウが必要

⑦他者新築への賃借入居

第三者が代替物件を新築して賃借後、保有物件を売却

・建物への継続投資、運営コストが不要

・本業投資やM&Aなどの資金確保ができる

・移転が一度で済む

・賃借料の発生

Ⅳ.病院施設の活用事例

①については事例がさほど多くはないようです。
病院機能を止めないためには解体・建設中に仮移転をする必要があり、設備や機能を短期間で二度移転させる費用は相当なものと考えられます。

②現敷地・自己新築

A病院は建物老朽化のため、敷地内に新病棟を建築し、既存建物を解体しました。当初は既存の病院を改修し、新病院も新設する2棟案を検討していましたが、改修コストやランニングコストを鑑み、新病院1棟に全機能を集約することとなりました。

③現敷地・他者新築への賃借入居

B医院は建物老朽化のため、現敷地を不動産会社に売却し、現敷地内に同社が建築した建物に賃借移転しました。移転後、老朽化した建物は解体し、新たに複数クリニックが入居する医療モールを建設予定です。

④現敷地・上記①③の複合型

新幹線駅前の市街地再開発にともない、C病院は代替地を確保して新病院を新築し移転しました。跡地については住宅、クリニック等からなる複合ビルの再開発計画が進捗中で、C病院は再開発にともなう権利床を取得し、系列クリニックを入居させる予定です。

⑤現敷地・現建物のセール&リースバック

Dグループは、財務体質の改善や施設運営への専念による医療サービス向上のため、保有するクリニックなど3つの病院施設についてセール&リースバック取引を行いました。具体的には、病院施設を証券化し、売却によって得た資金を既存の借入金の返済に充てる予定です。また今後、当グループは同施設を賃借して運営を行います。

⑥他敷地移転・自己新築

E病院は建物老朽化のため、同区内に用地を確保し、建物を新築して移転しました。新病院では病床が大幅に増床され、リハビリテーション施設も新設されました。移転後、前病院跡地は不動産会社へ売却しています。

⑦他敷地移転・他者新築への賃借入居

F病院は建物老朽化のため、もともと所有していた移転用地を不動産会社に売却し、同社が建築した建物に賃借移転しました。前病院の診察・入院機能を継続しながら移転を進めました。

病院は地域との結びつきが強く責任も重大であり、代替地の問題や財務的な問題などから建替えや移転の障害が大きいのが通常です。そもそも、建替えや機能更新にかかる費用や管理コストが膨大であることを考えると、自己保有すべきか賃借すべきかについては慎重に検討する必要があります。

米国では、病院施設を流動化することで病院は医療に専念するとともに、得た収益を新設備・新機能の導入等に利用して病院の魅力を高めているケースが多くあります。日本でも、病院の建替え問題やコロナ禍で経営環境が変化する中、病院経営を見直す機運が高まっています。病院施設についても最適な活用方法を検討することが重要となるでしょう。

提供:法人営業本部 リサーチ・コンサルティング部

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