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【最新裁判例から学ぶ】事故物件(心理的瑕疵・心理的欠陥)の動向 ~第1回 居住用不動産の事故物件ガイドラインと最新裁判例~

本レポートでは、令和3年10月に策定された国土交通省「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」の基本的な枠組みを確認し、最新の裁判例の動向を追いながら、いわゆる事故物件、法的な用語としては「心理的瑕疵」「心理的欠陥」についての法的動向を把握していきたいと思います。
Ⅰ.「心理的瑕疵」と「事故物件」とは?!
さて、「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」ですが、通称「事故物件ガイドライン」などと呼ばれることもあります。「人の死の告知」「事故物件」という問題の位置づけとしては、「心理的瑕疵・心理的欠陥」の一つの問題群であり、「事故物件<心理的瑕疵」という関係性にあります。
心理的瑕疵とは、物件そのものに物理的な欠陥はないものの、過去の出来事や状況が、社会通念上、その物件の利用価値や居住者の心理的な抵抗感を著しく低下させるような瑕疵のことを言います。事故物件が中核的な問題群ではあるのですが、暴力団事務所として利用されていた物件、犯罪に利用されていた物件、墓地・火葬場等が近接している物件などが、事故物件とは言えないものの、心理的瑕疵の問題として取り扱われる問題です。近年の裁判例でも、犯罪行為の利用が扱われたマンションは心理的欠陥があるのか争われた事例もあるため、後ほどご紹介したいと思います。
「心理的瑕疵・心理的欠陥」という言葉については、裁判例上どちらも利用されている言葉ですので、本レポートでは「心理的瑕疵」に統一してお話しします。
では、事故物件ガイドラインなのですが、もう一つ対象となる物件について留意する必要があります。事故物件の中でも、ガイドラインで対象にしているのは、居住用不動産に限定されています。
「居住用不動産は、人が継続的に生活する場(生活の本拠)として用いられるものであり、買主・借主は、居住の快適性、住み心地の良さなどを期待して購入又は賃借し、入居するため、人の死に関する事案は、その取引の判断に影響を及ぼす度合いが高いと考えられることから、本ガイドラインにおいては、居住用不動産を取り扱うこととする。」とされており、ガイドラインの対象はあくまで事故物件であり、かつ、居住用不動産が対象となります。そのため、事業用物件、オフィス物件についてはガイドラインの対象外であり、従前どおり、裁判例を追っていくほかありません。そのため、オフィス物件については、また別稿にて取り扱いたいと思います。
Ⅱ.「東京地判令和4年10月14日」(判例番号L07733021 LLI/DB判例秘書搭載)
本裁判例では、賃借人の同居人がマンションから飛び降りて死亡してしまったため、賃貸人から賃借人に対して、賃料収入が減少した損害を受けたとして約560万円の請求が行われました。争点としては、①死因が自殺か事故死か、②被告らに法的責任があるのか、③死亡と因果関係のある損害額の3つに整理されています。この争点の中で事故物件ガイドラインへの言及があるため、本裁判例を読み解き、ガイドラインの立ち位置を考えていきたいと思います。
ⅰ.争点①死因が自殺か事故死か
賃貸人(原告)からは、バルコニーには約150センチの壁があり、130センチの位置に手すりが設けられており、仮にバルコニーで転倒したとしても、誤って転落することはあり得ず、自ら転落した自殺であるという主張です。
他方、賃借人(被告)からは、自殺の動機はなく、遺書もなく、炊飯器の予約がなされており、コーチングの予約がなされていたことから転落の蓋然性が高いと反論していました。
もっとも裁判所の判断は、死体検案書でも「死因の種類 自殺」と認定されており、死亡した方が当時うつ状態であり心療内科に入通院していたこと、壁や手すりの状況から事故が考えづらいこと、などから自殺と認定しています。賃借人(被告)からの主張は裏付け証拠も乏しく状況証拠的な言い分なので賃借人(被告)の言い分は採用されていません。
ⅱ.争点②賃借人(被告)らに法的責任があるのか
この争点に関して、賃貸人(原告)の主張にて事故物件ガイドラインが利用されています。ガイドラインでは、自殺は心理的瑕疵に該当するものであり、自殺があった場合には概ね3年間、告知事項の対象となることから、法的責任、自殺しないようにする義務を主張しています。
賃借人(被告)からは、自殺と言えども、「一つの人生の終焉という意味では等価値であり」、心理的瑕疵に該当しない、また、建物内で死亡したわけではないため、善管注意義務違反に当たらないといった反論がなされておりました。
裁判所の判断は自殺について、「自殺があった建物に居住することに抵抗を感じる者が相当数存在することは公知の事実」であり、自殺があった場合、概ね3年間は告知事項の必要性が生じるため、「自殺しない義務」を賃借人が負っていると認定しています。
この点については、ガイドライン上、老衰等の自然死や日常生じうる事故死については、告知対象外と定めており、逆に、事件性のある死や自殺については裁判例上も告知事項の対象となってきたため、従前の考え方どおりの認定をしていると言えるでしょう。また、ガイドラインでは、告知事項がなくなる基準として「告知事項の対象となる死が発覚して、概ね3年が経過した場合」を定めており、その反対として、3年間が経過するまでは告知事項の説明義務が生じ、それによる賃料減少が発生するため、賃借人に「自殺しない義務」を認定したもので、従前の考え方を踏襲しています。
また、ガイドラインでは、基本的には居室内での死を想定しており、裁判所の判断でも、建物からの飛び降り事案であるため、ガイドライン上、明確に告知義務の対象ではないと判旨されています。もっとも、「自殺があった建物」という点には変わりなく、責任自体は負うものの、居室内の死と、飛び降りによる死では、損害額の認定で調整する、という考え方を採用しました。
ⅲ.死亡と因果関係のある損害額
損害額の認定に関しては、原告から空室期間6カ月の賃料額と、従前賃料23万5000円から、実際に入居者が決まった賃料15万円で、4年間の契約に基づいて差額×4年分の請求を行っていました。もっとも、裁判所の認定としては、人気な物件でも全く空室がでないのもおかしいという判断、かつ入居までの経緯を踏まえて、空室6カ月のうち3か月間を認定。加えて、15万円で決まったものの、実際に募集をかけていた従前賃料から30%減の16万4500円で募集していた経緯などを踏まえて、30%分の減額×空室期間を除いて死亡から3年になる約29カ月について損害を認めました。結局、賃貸人からの約560万円の請求に対して、裁判所は約275万円の限度で、賃貸人(原告)の請求を認めることとなりました。
ⅳ.筆者の私見
本裁判例は、比較的典型的な事故物件に関する事例だったのではないかと思います。もっとも、ガイドライン後の比較的最新の裁判例であり、裁判例上でも、ガイドラインの内容に留意し、その影響を受け、その内容に整合した裁判例が出されているという点を確認できた点が新しいと思います。
ガイドラインは厳密には、宅建業者への告知事項の取り扱いの基準を国交省が考え方を示したものですが、このガイドラインが、賃貸人・賃借人間の損害賠償請求の裁判例でも参照されたことを確認できた点に、実務的な意義があると言えるでしょう。
Ⅲ.事故物件以外の心理的瑕疵の近年の裁判例
最後に、比較的近年の「事故物件以外の心理的瑕疵」の裁判例をご紹介したいと思います。東京地判平成29年7月5日(L07232758 LLI/DB判例秘書搭載)では、サイバー犯罪事件の犯人が住居として利用していたという事案です。この裁判例では、概ね、犯罪利用がされたと言っても、やっていたことはパソコンを操作してウイルス等を感染させたということで、建物の部屋自体に嫌悪するような事情があったわけではない。犯罪が行われた居室だということも、部屋番号まで特定できるわけではなく、このマンションの特定のフロアという点までしか知られていないので、「一般の通常人として耐え難い程度の心理的負担」があるとまでは言えないと、心理的瑕疵について否定しています。
Ⅳ.最後に
事故物件ガイドラインが策定されて数年経過していますが、対象となる不動産や事例も限定されており、裁判例による判断を経なければ結論がわからない事案も多々あるという点は再認識すべきです。一方で、あくまで宅建業者の告知事項の定めであるガイドラインといえども、賃貸人・賃借人間の損害賠償請求の帰趨に影響を与えるのは、本項にてご紹介した裁判例のとおりです。次稿では、ガイドラインの対象外であるオフィス物件と心理的瑕疵の問題について言及していきたいと思います。
(文・山村法律事務所)
提供:法人営業本部 リサーチ・コンサルティング部
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