私立大学における不動産活用の状況

大学は、以前から地域社会を形成する「まち」の構成員として、重要な役割を担ってきました。昨今では、校舎等の保有施設を賃貸する大学や、キャンパス再編等にともなって不動産取得や売却を行う大学もみられ、不動産市場の担い手としての存在感が増しています。

このように、大学の不動産に対する関わりに変化が起こっている中で、野村不動産ソリューションズはニッセイ基礎研究所と共同で、「大学の不動産戦略に関するアンケート調査※ 」(以下「本調査」)を実施しました。本稿では、本調査で得られた回答等をふまえ、私立大学における不動産戦略の今後について検討します。

※本調査の概要を末尾に記載しています。

Ⅰ.私立大学における不動産賃貸経営の広がり

本調査では、保有不動産の賃貸経営に関する質問を行いました。
まず、保有不動産の賃貸・貸付の有無について訊ねたところ[1]、私立大学の51%が保有不動産の賃貸経営に取り組んでいる、との回答を得ました。
2011年の同様の調査では、保有不動産の賃貸を行う大学は3割程度にとどまっていたことから[2]、私立大学においては、不動産の賃貸経営が拡大していると考えられます。


保有不動産の賃貸・貸付を行っている(検討も含む)私立大学に対し、その目的を質問したところ[3]、「収入の多様化」が60%と最も多く、次いで「未利用施設・未利用地の有効活用」(58%)、「地域社会への貢献」(43%)と続きました。
少子化に伴う授業料の減少により、収入を多様化させ安定した財源を確保するため、不動産賃貸経営を行う学校が増加しているようです。また、学生数の減少や大学設置基準の改正[4]により、未利用施設・未利用地が増加している可能性も考えられます。


また、保有不動産の賃貸・貸付を行う際の問題点を質問したところ[5]、70%以上の学校が「施設の維持・管理」について問題を感じています。
次いで、「条件(家賃・入居条件)の設定」(45%)、「テナントの募集」(33%)と続いており、管理・運営戦略における問題点が上位を占める結果となりました。
管理・運営は、施設や設備の安全性・機能性や安定的な収入等を支える重要な要素であり、所有と運営の分離により管理運営効率を高めるケースも散見されます[6]。




[1] 質問は、「貴校では、保有不動産の中で賃貸・貸付をしている物件はありますか。」
[2] 私立大学および国公立大学における割合です。数値はニッセイ基礎研究所からのヒアリングによります。
[3] 質問は、「保有不動産の賃貸・貸付について、特に重要視する目的(理由)を選択肢の中からお選びください。(ご回答は3つまで)」
[4] 学校教育法に基づく大学設置基準では、大学を設置するための「校地、校舎等の施設及び設備等」の最低基準が定められていますが、1956年に制定されてから現在まで緩和の方向に改定されており、現在所有している敷地・施設等の売却を検討する大学が出てくる可能性が考えられます。
[5] 質問は、「保有不動産の賃貸・貸付を行うにおいて、特に重大な問題点を選択肢の中からお選びください。(ご回答は3つまで)」
[6]点検・保全・修繕等の建物自体に関する管理はビルディングマネジメント(BM)業務として、家賃設定・テナント募集・クレーム対応等の運営はプロパティマネジメント(PM)業務として、一括で委託可能です。また、管理運営効率を高める方法として、建物所有者と管理会社との間でサブリース(転貸)を前提とした賃料保証型の一括賃貸借契約(マスターリース契約)を結ぶことで、空室状況に関わらず毎月固定の賃料が建物所有者に支払われるため、実際の賃料より収益性は低下するものの空室リスクを負わなくて済むといったメリットがあります。


Ⅱ.多様化する不動産の保有形態

それでは、資産運用目的で賃貸不動産を保有している大学はどれほどあるのでしょうか。
本調査における「資産運用目的での賃貸不動産の保有の有無」についての質問では[1]、16%の大学が保有もしくは保有を検討していると回答しています。


資産運用目的での賃貸不動産の保有目的としては、すべての大学が「安定的なインカムゲイン(賃料収入)の確保」を挙げています。
その他には、「分散投資効果」(17%)、「リターンの向上」(17%)、「価格変動リスクが相対的に低く安定資産のため」(17%)が挙げられました。保有不動産の賃貸・貸付を行う目的と同様、少子化による授業料減少を背景に、長期的に安定した財源の確保を求める大学が増加している模様です。

また、賃貸不動産の保有形態に関する回答では、「大学本体による所有」が85%と最も多かったものの、「出資会社(ファンド等)による保有」、「大学本体と出資会社(ファンド等)による保有を併用」と答えた大学も15%あり、私立大学においてもファンド等の活用の動きが広がってきているようです[2]。

一方で、資産運用目的での賃貸不動産を保有しない大学にその理由を質問したところ[3]、半数弱が「不動産収益の低下や価格変動リスクに対する懸念」を挙げる結果となりました。




[1] 質問は、「資産運用目的での賃貸不動産の保有について、選択肢の中からお選びください。」
[2] 企業では、REIT、私募REITを活用して賃貸不動産を保有するケースが多くみられます。具体的には、REITではイオンリート投資法人、星野リゾート・リート投資法人、私募REITでは東京海上プライベートリート投資法人、三井物産プライベート投資法人などがあります。
[3] 質問は、「資産運用目的での賃貸不動産を保有しないことについて、特に重大な理由を選択肢の中からお選びください。(ご回答は3つまで)」


Ⅲ.不動産価格のボラティリティは株式より小さい

資産運用目的での賃貸不動産を保有しない理由として「不動産収益の低下や価格変動リスクに対する懸念」が最も多く挙げられましたが、実際に不動産価格はどの程度変動しているのでしょうか。
図表6は、日経平均株価と不動産価格(住宅総合、オフィス、店舗)[1]について、2018年1月を100として指数化したグラフです。


図表6をみると、不動産価格の指数は、住宅総合が100~117(青矢印)、オフィスが94~114(緑矢印)、店舗(商業)が97~109(紫矢印)となった一方、日経平均は77~126まで(オレンジ矢印)変動しています。
住宅総合、オフィス、店舗ともに、日経平均よりも変動幅が小さく、概して、不動産価格のボラティリティ(価格変動の度合い)は株式よりも小さい、と考えられます。




[1] 不動産価格は、国土交通省公表の不動産価格指数(不動産価格の動向を指数化した統計データ)によります。

Ⅳ.私立大学経営における不動産戦略の今後

近年の私立大学を取り巻く情勢は、1990年代以降の企業の状況に比較的類似しています。


企業は国内市場の低成長をカバーするため、海外事業を拡大しつつ、資産売却等により財務改善を行ってきました[1]。
他方、私立大学においては、国内の少子化に伴う学生数の減少を補うため、外国人留学生の受け入れを継続的に増加させています(図表7参照)。
また8割以上の私立大学が、中長期計画等において「財務改善および財政計画に関する内容」に言及しており(「中長期計画等の内容」に関する設問[2]、図表8参照)、私立大学においても、財務改善は今後の大きなテーマになると考えられます。


たしかに、企業の目的が利益の最大化や顧客の創造とされる一方、私立大学の目的は教育の提供やその研究成果の社会還元で、両者の目的は異なります。
しかしながら、企業経営において、事業活動の継続性や安定性が極めて重要であるのと同様に、私立大学経営においても、経営の永続性、安定性を欠くことはできません。

実際、本調査においても、6割の私立大学が、保有不動産の賃貸・貸付の目的として「収入の多様化」を挙げており、授業料収入に代わる安定的な財源の確保を目指していることが伺えます。また、資産運用目的での賃貸不動産の保有目的については、回答した全私立大学が「安定的なインカムゲイン(賃料収入)の確保」を挙げています(前記図表2・4参照)。

企業経営においては、遊休資産の売却や賃貸不動産の保有、戦略的な拠点更新など、その経営のために不動産は効果的に活用されてきました。今後、大学経営においても不動産の有効利用がすすむと考えられます。



[1] 国内上場企業の海外売上高は1991年94兆円→2021年299兆円、海外売上高比率は1991年24%→2021年35%と、継続して増加しています。企業の大型資産売却事例としては、日産自動車 村山工場の一部(2002年、譲渡価額739億円)、りそな銀行本社(2008年、譲渡価額1,620億円)、ソニー本社(2013年、譲渡価額1,111億円)、電通本社(2021年、譲渡価額3,000億円)などが象徴的です。
[2] 質問は、「貴校の中長期計画等の内容について、含まれる項目を選択肢の中からお選びください。(該当する選択肢をすべてお選びください)」。なお本設問では、約2割の私立大学が「保有不動産・遊休資産(土地・建物)の活用方針」を選択しています。


※「大学の不動産戦略に関するアンケート調査」の概要

調査目的アンケート調査を実施した上、大学の不動産への考え方を把握し、大学における不動産利用および所有の現状と今後の方向性について考察する。
調査時期2022年7~10月
調査対象日本国内の国公立大学および私立大学 817校 [国公立大学194校・私立大学623校]
調査方法手交・郵送による調査票の送付・回収
有効回答数107校(回収率:13%)
設問内容学校運営計画、保有施設の整備方針、キャンパス、サテライトキャンパス、資産運用(有価証券)、保有不動産の賃貸経営、新型コロナウィルス感染拡大への対策等、SDGsへの取り組み

提供:法人営業本部 リサーチ・コンサルティング部

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