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【最新裁判例から学ぶ】事故物件(心理的瑕疵・心理的欠陥)の動向 ~第2回 事業用物件の心理的瑕疵問題とオフィス物件の裁判例~

事故物件、心理的瑕疵の問題というと、居住用物件での情報が多くなりますが、今回は、事業用の物件、オフィス利用物件についての心理的瑕疵の問題について考えていきたいと思います。
Ⅰ.オフィス用物件の心理的瑕疵の裁判例
事故物件の問題は居住用不動産での事例が多いですが、オフィス用物件での裁判例も少ないながら存在します。比較的新しい裁判例で、東京地裁平成27年11月26日の判決(L07031171 LLI/DB判例秘書搭載)が参考になります。
この事案では、8階建て建物の6階部分のバルコニーから、借主企業の従業員が飛び降り自殺してしまったという事案です。ビルの貸主が、当該自殺によって建物価値が減少したとして、借主企業に対して損害賠償請求を起こし、心理的瑕疵による損害賠償が認められた事案です。
まず、心理的瑕疵として認められるためには、単なる事故ではなく、自殺であることが認定される必要があります。
本件では、以下の事実を考慮して、裁判所は自殺を認定しています。
- 本件バルコニーには、高さ約120cm、幅約25cmの塀が設置されており、意図的に乗り越えるなどしなければ、そこから転落するような構造にはなっていないこと
- 被告企業の代表者が、本件ビルの管理会社の担当者と面談した際、(遺書等が見つかっていないため)突発的な自殺だったのではないか、Aには借金があったようだとの見解を話していたこと
- 警察も事件性なしとの見解だったこと
他の裁判例でも、塀や柵の形状等の物理的状況、警察・死因解剖等の事件性の判定を重点的に考慮して、補助的に自殺の動機や状況証拠的なものがあったかどうかを考慮しているように思います。
さて、自殺であった場合、心理的瑕疵の認定について居住用不動産との違いがあるかですが、基本的には以下のように判旨しております。
心理的瑕疵による影響は、「当該建物が、そこで寝食を行うような居住用物件である場合により顕著であると考えられるところではあるが、本件建物のような事務所用物件であっても、一定時間滞在して仕事をする場所である以上、同様に上記嫌悪感ないし抵抗感等は生じるといえ、やはり心理的損傷と捉えることができる」。
そして、建物内の自殺ではなく、バルコニーからの飛び降りであり、実際には目の前の公道で死に至った点については、「自殺が賃貸借の目的物である建物内において発生した(当該建物内で死亡した)場合により顕著であるとはいえるが、本件のように当該建物から飛び降りを図り、当該建物外で死亡したような場合であっても、飛び降りた箇所が当該建物に存在する以上、上記嫌悪感ないし抵抗感等は生じることが通常であると考えられ、やはり心理的損傷」として、同様に心理的瑕疵の問題になると判断されています。
ただし、違いとしては、損害額の認定について、居住用不動産よりもシビアな印象です。今回の裁判例でも、バルコニーからの飛び降りであり居室内での自殺ではないことや、オフィス用物件としての空室期間の経緯等を踏まえて、1年半の空室を損害額として認定しています。居住用不動産ですと、2年~3年の影響があるという裁判例も散見されますので、やや影響度合いが低いという見方もできそうです。
もっとも、具体的な損害額の認定は個別性が強いので、「オフィス物件だったから厳しい認定だった」というのはいささか短絡的かもしれません。
裁判というのは、事件ごとに個別具体的に損害額が調整されます。本件では「オフィス物件であること」、「しかも都心部の物件であること」が考慮され、裁判例の傾向の範囲内で、やや低めの損害認定だったという考え方もできるでしょう。
まとめますと、オフィス用物件での事故死も、ほぼ同様に事故物件の問題になる。もっとも、居住用不動産と異なり、より損害額の認定ではシビアなこともあると言えます。
先に、心理的瑕疵が肯定された事案をご紹介しましたが、下記のように、そもそも心理的瑕疵が否定されている例も多いため、やはりオフィス物件のほうが居住用不動産よりもハードルが高いという側面もあるかもしれません。
ⅰ.東京高裁平成14年2月15日判決
購入申し込み(競売入札)の2年前に事業用物件にて放火殺人事件が発生していた件について、「匿名性が高い都心部に所在する本件建物での放火殺人事件は、現在において一般の人々の脳裏に残存しているとは考えにくく」と理由付けの上、心理的瑕疵を否定しています。
居住用物件の事案ですが、高松高裁平成26年6月19日判決では23年前に住宅の居住者がバラバラ殺人の被害者になり、その2年後に同じ住宅地で自殺があった件について、「本件自殺事故は20年以上前の出来事ではあるが、近隣住民において殺人事件と関連付けて記憶に残っている」として、心理的瑕疵を肯定した事案。他にも、東京地裁八王子支部平成12年8月31日判決にて、約50年前の殺人事件において、「農山村地帯における本件事件は、約50年経過したとしても近隣住民の記憶に残っている」として心理的瑕疵を肯定した事案と比べて、非常に対照的な判断だと思います。
ⅱ.東京地裁平成18年4月7日判決
1・2階店舗を借りた借主が、契約の約1年前にビル屋上より飛び降り自殺があったことを知り、告知義務違反を争った事例でも、「本件自殺事故は、本件建物部分で発生したものではなく、本件契約より1年半もの前のことであった」ことから、心理的瑕疵を否定しています。
表面的な理由付けをみると、そんな簡単に否定してもよいかな?とも思えるものの、今回、前述で紹介した心理的瑕疵を肯定した裁判例でも、1年半の損害しか認めていませんでしたし、「屋上から飛び降りて自殺して、道路上で亡くなった」ということなので、詳細な位置関係がわからないものの、影響の少ない位置関係だったのかなと思います。
以上のように、オフィス物件の心理的瑕疵の裁判例をご紹介させていただきましたが、裁判例としては都心部の事例が多いこともあり、心理的瑕疵を認めるハードルが高い印象は受けます。
Ⅱ.建設途中の事故死は影響を与えるのか?
発展的な問題として、最後に、建設途中建物の事故死がどのような影響を与えるか考察して本レポートを締めたいと思います。
建設途中の事故死については、東京地裁平成23年5月25日判決が参考になります。この事例では、マンション建築途中に既に契約の上マンションの一室を購入した買主がいたのですが、その建設途中に、下請企業の従業員2名が、マンション建築中に、エレベーターシャフト内において、落下し、死亡したという事案です。
この事案では、建設途中であること、エレベーターという居室と離れた共用部分であること、事故死であること、などを認定して、心理的瑕疵を否定しています。事故物件ガイドラインを参考にすると、日常的にあり得る事故死は除くという考え方からも、建設途中の事故死は心理的瑕疵が否定されやすい要素だと言えそうです。
では、仮に、建設途中に、自殺が起きた場合や凄惨な殺人事件が起きた場合はどうなるか考えてみましょう。この点参考になる裁判例がなく、筆者の私見となりますが、具体的な影響を個別に考えていくことになると思います。たとえば、既に上棟されており、居室内がある程度完成しているうえで、その居室内にて殺人事件や自殺が起きたとなれば、当該個室での心理的瑕疵は肯定される可能性が高いと思われます。他方、まだ鉄筋等の骨組みの場合に、建設途中の現場で自殺や事件が起きたとしても、空間自体が形成される前の段階ですし、否定方向になっていくのかと思います。他の裁判例でも、空間が形成されており、その居室内で自殺や事件が起きたのか、その当該建物が解体されて更地の状態になっているかというのは、大きな要素になっています。空間が解体されているほうが心理的瑕疵の否定の事情につながるということですね。
今回はオフィス物件関連の問題を中心に扱いましたが、心理的瑕疵と呼ばれるように人間の心情からして嫌悪すべき物件かどうかという問題であり、個別の地域性、距離・空間的問題等を個別に認定して、その当時の心情からして嫌悪すべきかどうかという考え方がなされているように思います。そういう意味では、ウクライナのように戦争が行われたのちには、戦争による人の生き死には「心理的瑕疵」なんて概念の対象にならないかもしれません。人の死に関して嫌悪すべき事情として考えられるのは平和な日常だからこその概念かもしれません。
(文・山村法律事務所)
提供:法人営業本部 リサーチ・コンサルティング部
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