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グリーンビルディングの需給動向から考える脱炭素時代のオフィス市場 Ⅰ
~存在感を増す環境配慮型オフィスビル~
先日、第27回気候変動枠組条約締約国会議(COP27)がエジプトで開催されました。今回の会議では、発展途上国の損失と被害1の支援に特化した基金創設が新たに合意されました。利害対立の調整等、今後解決すべき課題は依然として少なくありませんが、SDGs 2並びに脱炭素3 やカーボンニュートラル 4への様々な取り組みが世界各国で進められています。
日本においてもSDGsや脱炭素に向けた動きが各方面で活発化しています。ESG投資5 の高まりも背景として、今やSDGs達成への方針や姿勢、その中でも「2050年カーボンニュートラル宣言」を踏まえた脱炭素への取り組みは業界や企業規模を問わず、重要な経営課題の一つであるとの認識が広がっています。脱炭素の考え方に基づいて経営戦略や事業方針を策定する「脱炭素経営」を掲げる企業も多くなってきました。
本レポートでは、こうした「脱炭素時代」においてオフィス市場で顕在化している動きの一つと言える環境配慮型のオフィスビル(グリーンビルディング6 )の需給双方の拡大傾向に着目し、新たな価値観が醸成されつつあるオフィス市場の現況と今後について、全3回にわたって考察します。
第1回は、主にグリーンビルディングの供給動向に基づき、オフィス市場の「今」を考えます。
1.温室効果ガス排出量が少ないにも関わらず、気候変動に起因する深刻な悪影響を発展途上国が被ってしまうこと。
2.「Sustainable Development Goals」の略。「持続可能な開発目標」として17の目標、169のターゲットで構成されている。
3.地球温暖化の原因となる代表的な温室効果ガスである二酸化炭素の排出量をゼロにしようという取り組みのこと。
4.二酸化炭素等の温室効果ガスの排出量から、植林、森林管理等による吸収量を差し引き、合計を実質的にゼロにすること。
5.環境(Environment)、社会(Social)、統治(Governance)=ESGに配慮している企業を重視・選別して行う投資のこと。
6.建設や運営にかかるエネルギーや水使用量の削減、施設の緑化等、建物全体の環境性能が高まるよう最大限配慮して設計された建築物のこと。便宜上、本レポートでは「第三者認証機関による審査を通じた環境認証を取得したビル」の意で使用、定義。
<サマリー>
●グリーンビルの広がりは先進国共通の潮流。米国のLEEDや英国のBREEAM等が代表格。
●日本ではDBJ Green Building認証、CASBEE、BELS等が普及、いずれも増加基調。
●東京23区の延床面積3,000㎡以上のオフィス床面積のうち、グリーンビルが3割を占めている。J-REIT保有ビルに限れば約2/3。既に市場ではグリーンビルが一般的となりつつある。
●GRESBには大半のJ-REITが参加。ESG投資の高まりもグリーンビルの普及を促進。
●ビル間の競争激化に伴い、ブランディングツールとしての利用価値にも注目が集まっている。
Ⅰ-Ⅰ.不動産業界における脱炭素化の取り組みの現状
1.現在までの経緯と不動産業界の基本的な方向性
近年、各方面で俄かに活発化しているように映る脱炭素化の動きですが、歴史的な環境会議とされる「地球サミット」[1]が開催された1992年から数えても、既に30年前から環境問題が世界的な課題と認識されていたことになります。しかしながら、喫緊の課題として強く認識され始めたのはSDGsが国連で採択され、またパリ協定[2]が締結された2015年頃からではないでしょうか。
2020年10月には当時の菅義偉内閣総理大臣が所信表明演説で「2050 年 にカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」との声明を発表し、国内でも脱炭素社会の到来が強く意識されました。これを受け、不動産業界では2021年4月に不動産協会と日本ビルヂング協会連合会の連名で「不動産業における脱炭素社会実現に向けた長期ビジョン」が公表されました。図表 1は資料の一部の抜粋です。特に建物の設計・運用段階における「省エネ」、「再エネ」の促進に注力する方針が明示され、不動産分野における脱炭素化の基本的な方向性が確認されています。
2.建物用途別の最終エネルギー消費内訳から見えるオフィスビルの脱炭素化の重要性
図表2は業務部門の建物用途別の最終エネルギー消費の内訳です。「事務所・ビル」がトップであり、本レポートの対象とするオフィスビルの脱炭素化の重要性の高さが窺えるデータと言えます。
[1] 1992年6月にブラジルのリオデジャネイロで開催された環境と開発をテーマにした国連会議。当時のほぼ全ての国連加盟国172カ国の政府代表が参加。「サスティナビリティ(持続可能性)」の概念が世界的に普及するきっかけとなったとされる会議の通称。
[2] COP21(2015年12月にパリで開催)で採択された、史上初めて発展途上国も含めた全ての国が合意した国際的な協定。
Ⅰ-Ⅱ.増加傾向が続くグリーンビルディングの現状
1.米国発の環境認証「LEED」の普及に見るグリーンビルディングの世界的な広がり
オフィスビルの環境配慮が求められる中、ビルとしての環境配慮を第三者審査機関が評価・審査し、認証を与える環境認証制度を活用する動きが広がっています。図表3は世界で最も利用されている認証の一つ「LEED」[1]の認証件数の累積推移です(事務所用途を含む全ての建物対象)。
世界的にグリーンビルディングが普及している傾向が明確です。国別では米国が突出しており、2022年時点では実に全体の2/3を占めています。一方、日本は徐々に増えつつあるものの、2022年で80件強と全体の1%未満にとどまっています。この背景には、日本国内のプロジェクトであっても米国の法規制を満たす必要性があること、具体的には日本で用いられる一般的な建材基準とLEEDにおける低VOC(揮発性有機化合物)基準とのギャップがあること等がハードルとなっている面があるようです。
そもそも、先進諸国ではその国独自の環境認証制度を整備しているケースが多く、例えば欧州では世界初の環境性能評価システムとされる英国の「BREEAM」[2]が広く普及しています。これは日本でも同様であり、決して日本や欧州の国々が「環境後進国」というわけではありません。
2.日本における代表的な環境認証制度とグリーンビルディングの広がり
日本国内で普及している代表的な環境認証としては、「DBJ Green Building認証」[3]、「CASBEE」[4]、「BELS」[5]等が挙げられます。図表4~6は各々の累積件数推移です。各認証とも右肩上がりで増加しており、傾向は図表3のLEEDと同様です。また、CASBEEの中では「不動産」が全体の伸びを牽引しています。
これは「建築」が主に設計支援や行政支援を目的として開発された新築建築物を対象としたツールであるのに対し、「不動産」は不動産評価の際の活用促進を目的に開発された既存建築物を対象としたツールであり、不動産マーケットの関係者が短期且つ簡略的に評価することができることから、デベロッパーやREITの利用が増えていることが背景にあります。BELS評価も特に省エネ性能をアピールしたい関係者のニーズを捉え、伸長しています。
一方、ストック全体に占める割合はどうでしょうか。図表7は東京23区の延床面積3,000㎡以上のオフィスビルのストック面積に占めるグリーンビルディングの割合を示したグラフです。あくまでも下記の算出上の前提に基づいた推定値ながら、面積ベースでは3割を占めており、都市部における一定規模以上のマーケットではグリーンビルディングが珍しい存在ではなくなっていると指摘できます。
[1] 「Leadership in Energy & Environmental Design」。米国の非営利団体U.S. Green Building Councilが開発。
[2] 「BRE Environmental Assessment Method」。英国のBuilding Research Establishmentが開発。[1] 「Leadership in Energy & Environmental Design」。米国の非営利団体U.S. Green Building Councilが開発。
[3] 2011年に日本政策投資銀行(DBJ)により創設。「環境・社会への配慮」がなされた不動産に関する認証制度。
[4] 「Comprehensive Assessment System for Built Environment Efficiency」。2001年に国土交通省主導で開発、現在は一般財団法人住宅・建築SDGs推進センターが運営。
[5] 「Building-Housing Energy-efficiency Labeling System」。第三者機関が非住宅建築物の省エネルギー性能の評価及び表示を適確に実施することを目的とした建築物省エネルギー性能表示制度。2013年に国土交通省主導で開始。
Ⅰ-Ⅲ.グリーンビルディングが広がっている背景
1.ESG投資の高まりと不動産セクターで広がるGRESBへの参加
グリーンビルディングの供給圧力が高まっている要因の一つにGRESB[1]の普及が挙げられます。前述した各種環境認証制度が個別不動産の環境性能を評価するものであるのに対し、GRESBは不動産会社やファンド等の組織としてのESG配慮を評価する枠組みであると言えます。
図表8は不動産会社やファンドを対象とする「GRESBリアルエステイト」への日本からの参加社数の推移です。年々増加傾向にあり、特にJ-REITでは、2022年12月時点の上場61銘柄のうち、57銘柄と93%が参加しています。これを時価総額ベースで見ると実に99%に上ります。ESG投資の重要性が高まる中、GRESBへの参加は今やスタンダードとなっています。
さらに、環境認証の取得実績がGRESB評価の加点対象となっていることから、GRESBに参加するプレーヤーによる環境認証取得が一層促進されるという構造的な側面もあると指摘できます。
図表9はJ-REITが保有しているオフィスビルに限定したグリーンビルディングの延床面積ベースでの割合です。既に2/3近くを占めており、対象範囲の広い図表7との差も注目されるとともに、より競争力の高いビルに限定するとさらにグリーンビルディングが一般的になっている実態が確認されます。
2.テナント獲得競争激化で高まるブランディングツールとしての利用価値
コロナ禍以降、軟調推移を余儀なくされているオフィス市況がグリーンビルディングの供給を後押ししている面もあると推察されます。
図表10は全国の先行指標と言える東京23区の大規模ビル[1]を対象とした平均空室率と平均賃料のデータです。底打ちの兆しも見られなくはありませんが、空室率、賃料ともに本格的な回復には至っていません。さらに2023年と2025年には大量供給が予測されており(図表11)、今後はビル間におけるテナント獲得競争が一層激しさを増してくることが予想されます。
オフィス大競争時代を睨み、既にデベロッパーやファンド等からは「選ばれるオフィスであり続けるためには環境配慮対応が欠かせない」との危機感も滲みます。図表12は2022年8~9月に日本政策投資銀行と価値総合研究所が実施したデベロッパーやAM[1]を対象としたアンケート調査の一部である「オーナーサイドが環境配慮対応に着目する理由」の回答結果です。
「環境配慮対応を図ったオフィスでなければ、長期的には市場から選ばれないリスクがあるため」との指摘がデベロッパー、AMともに目立ちます。AMに限れば、「会社方針として公表しているため」がトップで、「達成目標を公表しているため」や「レンダー・投資家等から環境配慮対応を求められているため」との回答も半数を超えます。また、「長期的に賃料上昇期待があるため」や「グリーンファイナンスを活用して事業資金を募るため」との理由もAMからの指摘率は30%超とデベロッパーとの差が認められます。
この差が生じている理由の一つには、GRESBへの参加率の差があると考えられます。2022年時点では、GRESBの参加社数122の大半をAMが占めており、デベロッパーの参加は8社にとどまります。現在は大手を中心に、「開発」と「運用」の役割分担が一般化していることから、長期にわたる収益性の確保やESG投資を含む資金調達の整備・強化への意識はデベロッパー以上にAMが強く、それが上記アンケート結果の差異に繋がっているものと推察されます。
こうした結果からも、環境配慮の度合いについて定量的にアピールできる仕組みと言える環境認証制度をブランディングツールと捉えて活用する動きは今後さらに増してくることが予想されます。サプライヤー各社の今後の供給戦略も注目されます。
[1] 実物資産(不動産・インフラ)を開発・保有・運用する会社やファンドを対象に、その環境・社会・ガバナンス(ESG)配慮を測る年次のベンチマーク評価であり、またその運営組織の名称。欧州の主要年金基金グループを中心に2009年に創設された。もともとは「Global Real Estate Sustainability Benchmark」の略だったが、2016年からインフラストラクチャーにも評価対象が広がったため、現在は「GRESB」の略語で総称されるようになっている。
[2] 基準階面積200坪以上のビル(三幸エステートの基準に準拠)。
[3] 投資法人・資産運用業又は不動産投資顧問業を営む企業(日本政策投資銀行・価値総合研究所のレポートより引用)。
Ⅰ-Ⅳ.まとめ(Ⅰ)
グリーンビルディングが普及している背景には、企業の社会的責任に加え、ESG投資の高まりやビル間の競争激化に伴ってこれまで以上に差別化の必要性が増していること等があることが分かります。
今後もSDGs並びにESG配慮を重視する潮流が続く可能性は高く、環境性能を「見える化」する環境認証制度を活用したグリーンビルディングの供給は増加の一途を辿ることが予想されます。
次回の第2回では、こうしたグリーンビルディングの供給拡大を支えていると推察されるテナントや投資家のグリーンビルディングに対する需要動向を中心に考察していきます。
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