新型コロナショックが不動産にどのような影響を与えたのか

リート(不動産投資信託)は不動産業界の映し鏡と言えます。よりリアルタイムに、かつ数ヶ月から数年先の業界の状況の表しているとも言えます。今回の新型コロナの影響によって各セクター別のリートがどのような動きをし、また現在どのような状況にあるのかを解説し、業界の現状と今後を考察していきます。

Ⅰ.不動産マーケットの動向指標

不動産マーケットも日々動いているのですが、株価のようにトピックスや日経平均等の指数が日々公表される訳ではありません。しかしそれに近いものとして各不動産会社の株価や各REIT(リート)の投資口価格(上場会社の株価に相当。以下、便宜上「株価」と表記します。)によっておおよその値動きは確認することができます。
また株価とは半年先、または1年先のその企業の業績を反映し決定されるものであると言われています。それが真実であれば「公示地価」や「基準地価」のように半年前〜1年前の数値を参考にするよりも、よりリアルに現状を反映しているとも言えます。

さて、今回は各個別の不動産会社の動きを追って考察するのではなく、全体としての不動産業、更には分野別(セクター別)の不動産においてこのコロナ禍に何が起き、そして今現在どのような影響が残っているのかを論じていきたいと思います。
それゆえ様々な個別的要因が反映されてしまう個別企業の株価ではなく、よりシンプルな経営形態である「上場REIT」の株価に注目しました。
また、各REITは上場している故に毎年、詳細な決算報告書や有価証券報告書が公表されます。これらを読むことによって、エリア別、広さ別、築年数別の稼働率の状況、または細かい賃料水準等を知ることが可能となります。

Ⅱ.REITとは

それでは、先ずREITが一体どういったものであるかを簡単に解説致します。
REIT(リート)とは、投資家から集めた資金で、オフィスビルや商業施設、マンションなど複数の不動産などを購入かつ保有し、そこから得られた賃貸収入等を投資家に分配する法人(投資法人)です。

英文ではREITと書き、意味は「Real Estate Investment Trust」の略です。特に日本で運営されているREITに関しては、JAPANの「J」をつけてJ-REIT(ジェイ・リート)と呼ばれています。

REITには「Trust」=「信託」という言葉が使われているように、ある種の投資信託でもあります。一般の投資信託と異なるのは、投資対象が不動産に限られていることです。また、各法人は各証券取引場に上場しており、月曜日から金曜日までマーケットが開いている限り日々売買可能です。よって、実物の不動産に比べ、流動性=換金性が極めて高いことも大きな特徴です。各投資法人は数十物件に投資し、ポートフォリオを組んでいますので、元来投資における「リスクの分散」がはかれることも特徴の一つです。

J-REITが日本で初めて上場したのは、2001年9月であり、日本ではまだまだ歴史が浅いとも言えます。私は、これらのREITを上場から注目してきました。当時は「不動産の証券化」という言葉が業界的にも新鮮に感じられました。業界では「何か新しいビジネスが始まる」とか「いよいよ金融と不動産の結婚か」といった明るいニュースとして取り上げられていました。
 
現在REIT全体で60銘柄あり、時価総額も全体で約15兆円にのぼっています。セクター別としては、先に記したように「ビル」「住宅」「商業施設」「物流倉庫」「ホテル」等々です。

REITがこれだけの規模になったことにより、このREIT全体、またはセクター別の動きを見ることにより、各不動産の数値的実績、マーケットの評価を確認でき、過去と現在、そして未来をある程度予測可能となります。(とはいっても未来はなかなか当たらないのが現実ですが)

Ⅲ.新型コロナによる影響

さて、2020年初頭から徐々に蔓延した新型コロナウイルスですが、東証REIT指数を見ますと2020年の3月中旬から下旬において正に滝が落ちるように大きく下落しました。
これだけ急激に下落したことは未だかつて無かったことだと思います。2008年から2009年にかけて、所謂リーマンショック(世界金融危機)の時にも大きく下落しましたが、そのあまりにも急激な落ち方はリーマンショック以上でした。

この時、どのREIT株価も大きく下落したのですが、その中でもホテル系REITと商業施設系REITにおいては、他のセクターに比べ更に大きく下落しました。
逆に(あくまでも比較的にですが)影響が少なかったのは住宅系、オフィス系、物流倉庫系でした。

<ホテル・商業施設>

これは、新型コロナの蔓延に伴って、人の動きが止まり、ホテル業や商業施設においては、多大なる影響が出るだろうといったことを多くの投資家が予想したからなのですが、実際その通REITなりました。
2020年3月以降、全国のホテルの稼働率は著しく下がり、特にインバウンドを顧客ターゲットにしていたホテルなどは稼働率が0近くまで低下しました。結果的に一時休館したホテルも少なくありませんでした。
約3年間の超低空飛行を経て、昨年後半からの各種旅行支援制度の追い風もあり、やっと昨年末辺りからコロナ前の稼働率に戻ってきました。それでも全体としての回復度合いはかつての約8割程度に留まっています。
特に中国大陸からの旅行者は、インバウンド全体の約20%を占めていましたので、中国からの旅行者の往来が復活すれば、コロナ禍以前の数値に戻るのではないかと期待されています。

<住宅>

住宅系REITは、株価自体は下がりましたが、すぐに持ち直しました。これも後々冷静になって考えれば明らかなことですが、外出を控えても自らの住戸から簡単に移転するということにはならなかったのです。
但し、単身者向けのワンルームマンションにおける空室率の上昇が起こりました。これは、飲食店を中心とするサービス業全体において、新型コロナ蔓延防止策による外出制限により店舗の閉店、一時休業、時間短縮が起こり、結果として失業者が増加しました。その中には単身者である若年層や外国人労働者も多く含まれていました。
彼ら彼女らの中には都市部を離れ、自らの故郷や母国に帰省なり帰国しました。結果、大都市の単身者向けワンルームアパートやマンションの空室率は上昇しました。
こういった現象は徐々に元に戻ってきていますが、未だコロナ前の状況までは回復していません。

<物流倉庫>

一方、今回の新型コロナウイルス蔓延によって、その業種故に注目を浴び、ある期間活況を呈したセクターがありました。
それは物流倉庫です。新型コロナ蔓延当初、他のREIT各社の株価同様に大きく下落しました。しかし、その後すぐに切り返し、コロナ禍以前の株価を大きく上回って上昇していきました。
これは、2020年4月以降、政府が外出自粛を訴えた為、人の動きが極端に減り、買い物に行けなくなった人々が通販を利用するようになったことに要因があります。アマゾン等の大手通販が使用する「倉庫の需要が伸びるであろう」また「賃料も上昇するであろう」といった期待と思惑が生まれ、株価は上昇していきました。
今現在、株価は戻しておりますが、REIT各社の中で新型コロナウイルス蔓延の中、唯一上昇したセクターとなりました。

<オフィス>

今回の新型コロナの影響を意外な形で影響を受け、かつその影響が未だに収まらず、今後もある一定の影響を残すかもしれないと危惧されているセクターがあります。それは「オフィス」です。

オフィス賃貸事業は、不動産業における最もメインストREITにある事業です。これは歴史的・規模的にも今も昔も変わりません。それ故JREIT業界においても時価総額が大きく、有名銘柄の多くはオフィス系のREITです。
そのオフィス賃貸事業において誰もが予想できなかった変化が起きました。
先に記しました通り、政府からの外出自粛要請に伴って、各企業は積極的にテレワークを実施しました。
その結果どういうことが起きたかというと、当然ながら出社する方が大幅に減り、出社する人が減ったオフィスには物理的な余剰が生じました。
ここまではある意味誰もが想定できたことだと思いますが、重要な点はテレワークを実施することによって、各企業の業績が著しく低下するといったことが起こらなかったということです。
そうなると、仮に全体の社員が出社率を恒常的に30%減らすことができれば、必要とするオフィスの面積も単純に3割減らすことができるのではないかいうことに企業側も気づきます。

大手企業の中にはコロナ禍による業績悪化といった特殊事情により本社ビルを売却するという企業もありました。更にはテレワークの積極的な活用により、今まで借りていた面積より大幅に少ない面積を借り、大幅な経費の削減を実行する企業も現れました。
ある大手レコード会社の経営者は、新築の本社ビルを売却した理由を「勿論業績の問題もありますが、一番はテレワークを進めた結果こんなに広い事務所の必要がないことに気付いたからです」とインタビューに答えていました。

各企業にとってテレワークを進めることにより、社員側においては日々の満員電車で通勤するといった精神的・肉体的負担を減らすことができます。なおかつ会社側としてもオフィス面積を削減することによって様々な固定経費を削ることができるわけです。

このテレワークに関しては海外においても様々なことが起こりました。2021年、米国で大きなムーブメントが起こりました。”the Great Resignation”(大退職の時代)と呼ばれるものです。
快適であったテレワークから、コロナ禍が収まるにつれて元のように職場に日々出社することを求められた社員、テレワークの環境にない社員等が実に大量に退職しました。実際月の退職者が3百万人から4百万人、年間では4千万人以上にのぼりました。
在宅に慣れた多くの米国人労働者がかつてのように日々出社することを拒否し、又はより良い労働環境、労働条件を求めて「退職」を選択したのです。 
これは、ただ大量の退職者が増えたという事実だけではなく、労働者側がコロナ禍を通じて自らが生き方、働き方を見つめ直し始めた結果だと言われています。
日本においては、経営側がこういった労働者の意識変化や価値観の変化を感じ取り、なおかつ固定費の削減に繋がることから、積極的にテレワークを進めていく企業が増えてきているようです。
日本でも時代の変化、又は働き方の変化が今後も続いていくのか、又テレワークは日本にも長期的に根付いていくのか、我々は、これからも注意して見ていかなければなりません。

長谷川 高(はせがわ たかし)

株式会社長谷川不動産経済社代表

東京都立川市生まれ。立教大学経済学部経済学科卒。株式会社長谷川不動産経済社代表。大手デベロッパーにてビル・ マンション企画開発事業、都市開発事業に携わったのち、1996年に独立。以来一貫して個人・法人の不動産と賃貸経営に関するコンサルティング、顧問業務を行う。顧問先は会社経営者から上場企業まで多数。一方、メディアへの出演や講演活動を通じて、不動産全般について誰にでも解り易く解説。 著書に『家を買いたくなったら』『はじめての不動産投資』(共にWAVE出版)、『厳しい時代を生き抜くための逆張り的投資術』(廣済堂出版) 『不動産2.0』(イースト・プレス)など。

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