今、改めて考える「CRE戦略」(第1回)
背景・定義等

2008年4月に国土交通省「CRE戦略を実践するためのガイドライン(以下「ガイドライン」)」が公表され、「CRE(corporate real estate:企業不動産)戦略」という言葉が一般的に使われ始めてから13年が経過しました。これまで多くの企業が、ガイドラインを参考に多くの戦略を決定しています。本稿ではガイドラインについて、実務上重要なポイント等も考えながら、改めて検討していきたいと思います。
今回は、三回に分けた第一回として「背景・定義等」を検討します。
(『』はガイドラインからの引用)


【サマリー】

●CRE戦略とは、企業不動産について、「企業価値向上」の観点から、経営戦略的視点に立って見直しを行い、不動産投資の効率性を最大限向上させていこうという考え方です。

●ガイドラインが公表された2008年は、「企業価値・減損会計」等不動産市場に変化をおよぼす多数のキーワードがあり、企業にとって不動産の重要性が増加していました。

●企業不動産を重要な経営資源と再認識し、全社的視点にたった「ガバナンス」・「マネジメント」を重視することに特徴があります。

Ⅰ-Ⅰ.ガイドライン公表の背景

最初にガイドラインが公表されたのは2008年です。その後2010年まで改訂がなされました。まず当時の、不動産の価格に影響を及ぼす経済環境について振り返ります。

・[企業のリストラ]
1990年代に当時のバブル経済が崩壊し、企業はリストラに着手しました。債務整理や不良債権処理により資産処分は活発でした。

・[リーマンショック]
2008年にリーマンショックが起きました。バブル崩壊後、収益と利回りで不動産価格を判断する収益不動産の市場が拡大してきましたが、金融市場の混乱により、その価格相場は大きく崩れました。順調に成長していたREIT市場も停滞を余儀なくされました。

・[価値の高い不動産が敵対的企業買収の材料となる]
2006年村上ファンドが、不動産の価値等が上場株価に反映されていない阪神電気鉄道(現阪急・阪神ホールディングス)の株式を買い進め、大量保有するまでに至りました。そして村上ファンドからの役員派遣を含む様々な要求を阪神電鉄に行い、同社はその対応に苦慮しました。結果として阪神電気鉄道は、阪急電鉄との統合の道を選んでいます。この事例に代表されるようなアクティビスト、いわゆる「モノいう株主」の活動が活発化し、不動産の市場価値と株価との差に意識をしないと、経営が不安定になる可能性が示唆されました。

・[国際会計基準へのコンバージェンス]
会計制度も国際会計基準とのコンバージェンスが進みました。2006年3月期から強制適用となった減損会計制度は、バブル期に割高で購入した不動産価格と現在の価値との差額を、企業の損失として浮かびあがらせることとなりました。

・[効率的な企業不動産運営のめばえ]
一方で一部事業法人では、効率的な不動産管理や運営を進め、成功を収めていました。一例として日産自動車が挙げられます。一時の危機的状況から経営改革を進めた同社は、不動産の情報を一元化し、有効な活用方策を検討しました。その結果、閉鎖した東村山工場の有効活用の推進と店舗の統廃合・処分に代表される効率的な運用とリストラを進めていきました。

企業にはより筋肉質な経営が求められるようになる中で、国土交通省は、企業不動産の効率的な活用が重要となると考え、CRE戦略を推進したと思われます。不動産を事業の中心に据える会社よりは、一般事業法人を念頭に作成されています。

【ガイドラインからの引用・抜粋】

<CRE戦略のガイドラインを公表した背景>

企業不動産を取り巻く環境は、今や「不動産ビッグバン」とも言うべき地殻変動を起こし始めている。主なキーワードだけでも、企業価値、敵対的買収、証券化、REIT、不動産投資ファンド、減損会計、会計基準のグローバル・コンバージェンス、内部統制、土壌汚染、耐震問題、CSR、経済のグローバル化、IT化・ネットワーク化の進展などが挙げられる。不動産、そして企業を取り巻く環境が急速に変化する激動の時代に対応するため、企業にとって限られた経営資源である企業不動産を経営に最大限有効活用していこうという発想に基づいて生まれたのが、新しい概念「CRE戦略」である。

Ⅰ-Ⅱ.企業不動産戦略の定義・特徴・目的等

1.ガイドラインに記載された企業不動産戦略の重点事項

ⅰ.定義 CRE戦略とは

ガイドラインには、CRE戦略の定義・特徴・意義として次のとおり記載されています。

<CRE戦略の定義>

『CRE戦略とは、企業不動産について、「企業価値向上」の観点から、経営戦略的視点に立って見直しを行い、不動産投資の効率性を最大限向上させていこうという考え方である。』

<CRE戦略の特徴>

『第一に、不動産を「企業価値を最大限向上させるための(経営)資源」として捉え、企業価値にとって最適な選択を行おうということ。

第二に、不動産に係る経営形態そのものについても見直しを行い、必要な場合には組織や会社自体の再編も行うこと。

第三に、CREを最大限活用していこうということ。

第四に、CRE戦略においては、従来の管財的視点と異なり全社的視点に立った「ガバナンス」、「マネジメント」を重視すること。 』

<CRE戦略の意義>

『CRE戦略だけを経営戦略から切り離し、いわば部分最適の発想でCRE戦略を実践したのでは、企業価値の向上に結びつかないことにも留意すべきである。』

補足として、計画されたCRE戦略が、不動産としての有効性と企業としての有効性が異なる場合があり、この場合、企業としての有効性を優先すべきことがあげられています。例としては、企業が本業への選択と集中を行う経営方針を固めたときに、たとえ短期的な資金効率が勝っていても、本業とは別の不動産投資を行うことは、避けるべきであることがあげられます。

また計画しているCRE戦略が、会社全体の定性・定量面でどのような効果があるのかを検討すべきであり、また個社のみならず、連結グループで統一した方針を用いてCRE戦略を策定・実践することが重要とされています。

Ⅰ-Ⅲ.改めて考えたいポイントについて

本章では、前章までの事項に関連して、重要または実務上見落としがちなポイントについてご説明します。

1.背景の変化

企業を取り巻く経営環境は変化していきます。下記では、現在も企業にとって重要なCRE戦略をとりまく背景について、2008年当時との変化を記載しました。当時と現在の状況とを比較すると、不動産に関連する事項は、より影響が大きく、数も増加したことがわかります。

企業にとってCRE戦略の重要性は、益々増加するものと考えます。

2.戦略の変更の必要性

原則的に企業戦略が幹、CRE戦略は枝となります。前項に記載のとおり、企業や企業不動産をとりまく背景が変化していきますから、CRE戦略も随時変更が必要となります。

例えば、繁華街にあり、将来値上がりの可能性が高い土地を、取り急ぎ低利用のまま、現状維持と判断していた場合があったとします。数年前までの戦略としてはそれが正しくても、現代のSDGs、ESG重視の観点で見ると、その地域の発展にブレーキをかけることになりかねない利用方法であり、よい利用方法とはいえません。財務的には最高の利用方法でなくとも、社会的要請が一段と強くなったことを勘案して、活用・処分の検討を行わなくてはならない、といったことがあげられます。

1「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」の略。企業が自社の気候関連リスク・機会を評価し、それを経営戦略・リスク管理に反映したうえで、その財務上の影響を開示することを促しています。
2「監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters)」の略。2021年3月期より有価証券報告書等提出会社を対象に、財務リスクの高い事項について監査報告書への記載が義務づけられることとなりました。不動産では、減損の可能性がある物件についての記載が例としてあげられます。

提供:法人営業本部 リサーチ・コンサルティング部

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