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賃貸住宅の空室を決定づける要因についてⅡ
~賃貸住宅市場の状況~
賃貸住宅について、不動産市場における特徴や東京都のマーケットを概観したうえで、空室率を決定づける要因について検討します。本レポートは全4回の2回目となります。
各レポートの内容
Ⅰ.賃貸住宅から見た不動産市場の基礎的事項
実際の賃貸住宅市場の状況を検討する準備として、賃貸を含む住宅市場の構造を検討します。さらに需給を検討するため、需要についてはその選好性や人口や世帯について検討します。また供給については、供給者の意思決定を行う要因についても検討します。
Ⅱ.<今回レポート>賃貸住宅市場の状況
賃貸住宅やその市場について、推移・現状・推計を検討し、状況の把握を進めます。
Ⅲ.東京の賃貸住宅に関する空室率の変動に関する算定式
東京都を例にとり、賃貸住宅の空室率を変動させる要因(候補含)を検討し、採用された事項を式としてまとめます。レポートⅠ・Ⅱで検討したデータを採用していきます。
Ⅳ.賃貸住宅の空室率の将来予測に必要な要因について
東京の賃貸住宅の空室率の変化を予測するための要因について検討します。レポートⅢで検討した事項を含め、当社が今後とくに確認していく要因についてまとめます。
【サマリー】
- 全国・東京都ともに賃貸住宅の着工戸数は、減少傾向となっています。
- 25年後の賃貸住宅の供給は、全国では10%減、東京は現状維持との予測があります。
- 全国・東京都ともに賃貸住宅のストックは増加、平均築年数も上昇しています。
- 調査会社によると東京都の賃貸住宅の空室は、10%を下回る水準です。
- 賃貸住宅の市場は複雑かつ数が多いため、将来予測にあたっては、様々なデータを検討する必要があります。
1.賃貸住宅の供給について
ⅰ.賃貸住宅の着工推移と平均床面積
(Ⅰ)賃貸住宅の着工戸数と住宅着工にしめる割合
1990年代には全国の賃貸住宅の着工戸数は年間60万戸を超えていました。その後、増減を経て、現在は約30万戸の供給にまで減少しています(図表Ⅱ‐1)
東京都では1988年には年間約16万戸の賃貸住宅の供給がありました。また1992年までの間には10万戸以上の賃貸住宅が供給されていました。しかし、それ以降は減少傾向となり、2010年には4万戸台にまで落ち込みましたが、現在は5~8万戸の供給水準まで回復しています(図表Ⅱ‐1)。
図表Ⅱ-2は、全体に占める賃貸住宅の割合です。新設住宅全体に対する賃貸住宅の割合は2005年から2009年および2014年から2018年の間は40%以上でした。しかし、近年ではそれを割り込み約38%となっています(図表Ⅱ‐2)。
東京都では新設住宅全体に対する賃貸住宅の割合は2000年ごろには35%程度まで下落したものの、その後、50%の水準まで回復しています(図表Ⅱ‐2)。
全国と東京都で、新設住宅全体に対する賃貸住宅の割合を比較すると、1997年以降は同等でしたが、2009年以降は東京都が上回る傾向にあります。特に2016年以降は大きな差が生じています。
- 【図表Ⅱ‐1】全国および東京都の賃貸住宅着工戸数
- 【図表Ⅱ‐2】全国および東京都の住宅着工に占める賃貸住宅の割合
※東京都は民間資金によるもの 出所:国土交通省・東京都のウェブサイトより 野村不動産ソリューションズ 作成
つぎに景気循環との関連を確認します。「図表Ⅱ‐1・Ⅱ‐2」の着色部分は景気の拡大期です。不動産需要の低迷から回復の兆しを見せた2000年以降をとりあげます。
その期間における長期の景気拡大期には、賃貸住宅の着工戸数や賃貸住宅比率が増加する傾向があります。一方、景気の縮小期には、これらの数値は減少または停滞することが読み取れます。リーマンショック前の2002年から2006年までの期間と相続税法の改正1や低金利政策、アベノミクスの影響もあった2013年以降には、大幅な増加傾向が見られます。景気の拡大と賃貸住宅の着工は関連性があるといえます。
(Ⅱ)平均床面積について
図表Ⅱ‐3は全国および東京都の2021年度新築住宅の平均面積です。全国と東京都の新築住宅の平均床面積を比較すると、持ち家は約115㎡、賃貸住宅は約45㎡と同等です。賃貸住宅との比較では、持ち家の方が広くなっています。しかし、分譲住宅の平均床面積を確認すると、需要の違いや、比較的面積が小さいマンションの割合が高いことから、東京都は全国平均よりも狭くなっています(図表Ⅱ‐3)。 東京都は分譲住宅の面積も狭い上に、賃貸住宅の割合が高く、全体の平均面積は全国平均よりも小さくなっています。
ii.賃貸住宅供給の将来設計
図表Ⅱ‐4は全国と東京都の賃貸住宅着工戸数の推計結果です。住宅改良開発公社「賃貸住宅市場の動向と将来予測(展望)調査」によると、全国の貸家着工戸数の将来推計は、年々減少していき、2041‐2045年は2016‐2020年対比で89%となっています。それに対して東京都は、唯一100%を維持する推計となっています。東京都は将来的にも活発な供給が見込まれています。
1定額控除が5000万円⇒3000万円に、法定相続人数による控除額が一人当たり1000万円⇒600万円に改正される等相続税の増税傾向となる法改正が行われました。
2.賃貸住宅のストック等について
ⅰ.賃貸住宅のストックについて
図表Ⅱ‐5は全国の賃貸住宅の築年数別ストックです。賃貸住宅のストック数は年々増加しており、2018年調査で19,065千戸となっています(図表Ⅱ‐5)。年代別では1990年から2000年にかけて建てられた建物の比率が最も高くなっています(図表Ⅱ‐5)。また1980年から1990年に建てられた建物も、築30年を超えるものも含まれることを勘案すると減少幅はそれほど大きくないといえるでしょう。住宅全体の平均築年数は2003年(21.04年)よりも2018年(26.79年)が高くなっています(図表Ⅱ‐6)。 また2018年の賃貸住宅の平均築年数(24.58年)は住宅全体(26.79年)よりも短くなっています。しかしながら住宅全体と賃貸住宅の平均築年数の差は2003年よりも2018年のほうが少なくなっています(2003年4.33年➝2018年2.21年)。ここから賃貸住宅の更新が進んでいないことを伺わせます。
東京都は、民間の持ち家と賃貸住宅の情報が一括して扱われています(図表Ⅱ‐7)。面積ストックは増加しており、2021年では363百万㎡(2011年比10.6%増)となっています(図表Ⅱ‐7)。
2021年の平均築年数は、2011年と比較して約4年のびています(≒27.3年-23.4年)。全国と同等に、築年数の長い建物の在庫が増加していることがうかがえます。築年数の長期化は全国ともに見られる状況です。2011年で比率が高い1980~1999年が、2021年でもその規模を維持していることも一因と思われます。
各年代の持ち家と賃貸住宅の比率に大きな違いがなければ、賃貸市場に老朽化した物件の割合が増加していることとなり、築浅の物件の競争力は高水準が維持されると考えることができます。
また賃貸住宅の戸数3は民営賃貸住宅272.3万戸、都市再生機構・公社の賃貸住宅20.7万戸、公営の賃貸住宅24.8万戸、計317.8万戸となっております。
※固定資産税のデータを採用しており、民間の建物のみ
※2011年の2005~2009については「2004~2010」の欄を採用しています。
出所:東京都「東京都の土地」より 野村不動産ソリューションズ 作成
ⅱ.再建築についての考察
将来の賃貸住宅供給量を推計するためには、建替えに関する情報を勘案する必要があります4。再建築を調査した国土交通省「再建築状況の概要」にて確認します。本調査は、除却と1年以内の再建築を同一人が行った場合についてのみに限られており、再建築の状況すべてをあらわすとはいえません5が、一定の情報をえられるものと考えます。
この調査によれば、従前の持ち家(一戸建等)6からの賃貸住宅への再建築(11,947戸)と、従前の貸家から新たな賃貸住宅へは(12,914戸)ほぼ同程度の戸数となっています(図表Ⅱ‐8)。また、このことから持ち家からの再建築が新規に建築される賃貸住宅の大きな割合をしめていること、賃貸住宅は同一用途への建替えが活発(従前11,588戸➝再建築12,914戸)に行われていることを伺うことができます。
2定算定においては、以下の数値を採用しています。【「カテゴリー」➝「採用年数」】:【5年未満➝2.5年】・【5~10年➝8.0年】・【10~20年➝15.5年】・【20年~30年➝25.5年】・【30年~40年➝35.5年】・【それ以上➝50年】
3総務省 2018年住宅・土地統計調査
4本レポートの前編「Ⅰ.住宅市場における賃貸市場」レポート図表Ⅰ‐1において、老朽化した賃貸住宅の建替え等がなされ、市場に復帰するライフサイクルについて提示しています。
5「再建築」には、事務所・工場等の建築物を除却して新設される住宅や住宅の除却後であっても1年以内に着工されない住宅は含まれません。市場との差異をしめす例として、再建築の状況による分譲住宅のシェアは5.6%に対し、新設住宅着工戸数では28.7%であることがあげられます。(図表Ⅱ‐9)
6本章の「持ち家」は、資料の用語のままです。分譲住宅とは区別された、主に個人が所有する一戸建を中心とした用語として使用しています。 一方、レポートⅠ 1‐ⅰ(Ⅱ)「持ち家と賃貸の志向」における「持ち家」は分譲住宅や区分所有住宅を含む、所有が可能である住宅全般を指しています。したがって同じ言葉が違う範囲をしめす意味で記載されていることとなります。それを区別するため、本章では「持ち家(一戸建等)」と記載しています。
3.賃貸住宅の空室について
ⅰ.業界団体調査による賃貸住宅の空き家
平成30年住宅・土地統計調査を元として、(公社)全国賃貸住宅経営者協会連合会が賃貸住宅経営者への調査で賃貸住宅の空室率を推計しています。当該調査によると全国の民間賃貸住宅の空室率は21.4%、東京は17.1%とのことです。
ii.民間調査機関による東京都の賃貸住宅の空室率
東京23区、市部、および他の首都圏地域の賃貸住宅の空室率7を比較します。新型コロナ禍の影響により、2021年11月から2022年1月にかけて空室率が最も高くなりましたが、その後は改善傾向にあります(図表Ⅱ‐11)。
空室率が最も低いのは東京23区で、2022年12月の時点では9.87%と10%を下回る水準です。全体的に見ると、経済活動や人の移動が活発化するにつれて、都内の賃貸住宅市場の状況が改善していると思われます。埼玉県と東京市部の空室率は一時的に15%に迫りましたが、現在も13%と高い水準にあります。
- 【図表Ⅱ‐11】首都圏の賃貸住宅の空室率(%)
- 【図表Ⅱ‐12】東京23区の築年別空室率(%)
出所:(株)タス「タス空室インデックス」より 野村不動産ソリューションズ 作成
また、築年に注目すると5年以下を除き、築年が古いほど高い空室率となっています(図表Ⅱ‐12)。特に築20年以下とそれ以上の差は大きく、築年による空室率の壁が存在していることがわかります。あらためて図表Ⅱ‐5を見ても、築20年以下(~2010年、~2018年)の割合は高くありません。築年の浅い物件の入居率が堅調な理由の一つとなっていることが示されています。
ⅲ.各区の状況
23各区間での住宅の入居率の差異について検討します。ここでは2016年から2020年における、東京23区の住宅床面積と人口との関係を用いて住宅の入居率の変化を確認します。
この間、東京23区全体では、住宅の入居率は0.14%悪化したと算定しました(図表Ⅱ‐13 区部計)。また市部では2.76%悪化し、東京都全体では0.89%悪化しています。
千代田区と中央区両区では、人口が大きく増加しました。一方入居率は、千代田区は改善しましたが、中央区は1.13%ポイント悪化したと算定されました。入居率が最も改善したのは文京区(2.64%ポイント改善)、次に豊島区(1.09%ポイント改善)でした。逆に入居率が最も悪化したのは足立区、ついで新宿区となっています。
本調査は、賃貸住宅と持ち家による空き家を区別していません。したがって賃貸市場が堅調であっても、空き家の増加で指標が悪化している可能性もあります。
総じて同じ23区でも近年の住宅の入居率の変化は異なるものである一方、極端な差異が発生しているわけではないことが確認されます。
ⅳ.本章の備考
本章では、賃貸住宅の空き室についてさまざまな角度・媒体で検討してきました。賃貸住宅の市場は、複雑かつ数が多いため、その全体の把握や将来の予測の難易度は高いものと考えます。そのため、賃貸住宅市場のよりよい把握・予測のためには、異なる時期の発表とはなりますが、調査機関と公的機関のデータを組み合わせて、検証する姿勢が必要であると考えます。
7空室率TVI(TAS Vacancy Index:タス空室インデックス)を引用しました。 当該指標はタス社が開発した賃貸住宅の空室の指標です。空室率TVIは、民間住宅情報会社に公開された情報を空室のサンプリング、募集建物の総戸数をストックのサンプリングとして下式で算出を行います。 なお、募集建物の総戸数は ①募集建物を階層別に分類 ②国勢調査・住宅土地統計調査を用いて階層別の都道府県毎の平均戸数を算出し、両者を乗じることにより算出しています。 TVI= 空室のサンプリング ÷ ストックのサンプリング=∑募集戸数 ÷ ∑募集建物の総戸数
4.まとめ
賃貸住宅の着工戸数は、全国・東京都ともに減少傾向となっており、近年では1990年代の半分程度の水準の年もあります。それを反映し、賃貸住宅の平均築年数は上昇、ストックも増加しています。築年の浅い物件の競争力は維持されることが想定されます。
「3.賃貸住宅の空室について」では、空室率を複数の媒体により検討しています。直近では東京都全域・23区で10%程度と他の首都圏よりも低い空室率になっています。また同じ23区でも近年の住宅の使用率の変化は異なるものである一方で極端な差異が発生しているわけではないことが検証されました。
これらの知見をもとに、次回は現時点を中心とした「東京の賃貸住宅に関する空室率の変動に関する算定式」を検討します。
提供:法人営業本部 リサーチ・コンサルティング部
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