【連載】2030年の東京不動産(第3回)
~街間格差と街の在り方~

2013年以降活況を呈してきた東京の不動産。20年の2月から世界を席巻したコロナ禍は、日本の経済や社会に大きな影響をもたらしたが、いっぽうでコロナ禍がきっかけになり、人々の生活は大きく変化した。そうした社会の変化に対し、東京の不動産はどのような変化をみせていくのか、本稿では現在から8年後の2030年を見据えた東京の不動産について考えてみよう。

Ⅲ-Ⅰ.オフィスで働かない時代の到来

先日NTTグループは主要7社で働く約6万人の従業員のうち、その半数にあたる3万人について「居住地をフリーにする」との発表を行った。働き方の変化は、これまで朝9時に出社し夕方5時に帰社することが「働く」ことであった基本認識を大きく覆し始めている。

NTTの発表によれば、対象となる社員は基本的にどこに住んでも構わず、出社が必要な場合にかかる会社への往復交通費については、それがたとえ飛行機利用の場合でも負担するというかなり思い切った内容である。

こうした動きはNTTのみではない。住設機器大手のリクシルは東京都江東区内に構えていた本社ビルを売却し、そこで働く従業員のうち約1割相当については、新たに賃借した品川区内のオフィスに移転するものの、残りの9割の社員については「デスクがない」、つまり基本的には在宅ないしはコワーキング施設等での就業を基本とした勤務体系にあらためた。

すでにコロナ禍以降は富士通、NECなどの大手企業でオフィスを縮小する動きは顕在化していて、オフィスで働くことがもっとも労働生産性が上がるという昭和・平成ではあたりまえだった概念に大きな変化が生じている。

Ⅲ-Ⅱ.企業ワーカーに求められる新しいライフスタイルの行方と家選び

さてオフィスという働く場所から離れたこれら企業のワーカーは、どういったライフスタイルを選択するようになるのであろうか。これまでは勤務している会社になるべくアクセスのよい立地の住宅を選ぶことが、家選びの第一条件だった。夫婦共働き世帯であれば、夫婦ともがそれぞれの会社にアクセスしやすいエリア、小さな子供がいれば保育所などがある鉄道ターミナル駅近くなどの住宅を選ぶことが求められてきた。

ところが、通常は在宅勤務、週1回、または月数回程度、打ち合わせなどのために都心の会社に出向くくらいの勤務体系になると、これまで声高に叫ばれてきた都心居住の必要性は薄れてくる。都心新築マンション価格は高騰を続けていて都区内では7000万円を超える水準。生活コストを切り詰めてまで利便性を追求してきた住宅に対する考え方から、選択肢はかなり広がってくることが予想される。

現実に昨年の人口動態をみると東京都ではこれまで毎年6万人から8万人程度の社会増(転入者が転出者よりも多い状態)が続いてきたのが、わずか3000人強の増加に留まっている。これを都区部に限定すると、約1万5000人近くの転出超、つまり東京都区部から人が流出したことがわかる。

いっぽうで東京を囲む神奈川、千葉、埼玉に山梨、茨城などを加えた各県では転入超の数値が増加。東京から周辺各県に人々が散らばったさまが窺える。

こうした動きはコロナ禍が後押ししたことは間違いない。したがってコロナ禍の終息とともに、再び都心居住が進むとの見方もあるが、どうだろうか。働き方の変化は上述したとおり、コロナという緊急避難的な行動ではないことは明らかだ。したがって今後は東京から大量に人が流出していくと考えるよりも、都内でも必ずしも都心立地ではない住宅の選択を行うことができるようになるとみるのが正しそうだ。またワーカーの多くが一日の大半を自宅および自宅周辺で過ごすことを前提とした家選びを行うようになる時代の到来を告げているとみる。

Ⅲ-Ⅲ.これからの「住みたい街」とは

こうした観点に立った場合、重要になるのが「どんな街に住みたいか」である。住みたい街に関するアンケート調査は数多くのメディア媒体などで繰り返し行われているが、これまではどちらかといえば、利便性重視あるいは「憧れ」を含めた人気投票の様相が強かった。だがこれからは街での滞在時間が、夜だけでなく昼間の活動も含まれるようになれば、街を選ぶ観点はかなり変わるはずである。

これからの家選びは、家というハードのみに着目するのではなく、家のある街がどれだけ住みやすいか、自身のライフスタイルに適合しているかになるだろう。

自然環境が豊かな街を選ぶ人が、海や山の近くに住む。通勤時間がなくなる分を、体を鍛える、好きなスポーツに取り組みたいのなら住むエリアは当然変わってくるだろう。文化や歴史、芸術が好き、昔ながらの情緒あふれる下町が好き、城下町に住んでみたい、おいしいレストランやカフェがある街に住みたい、人の趣味趣向は様々だ。選択肢が広がることで、これまでは都心への通勤を前提とした家選びでは、到底名前が上がらなかったような街にもスポットライトが当たるようになるかもしれない。

これからの時代では、何らかの特色を備えた街が評価されていくいっぽうで、埋没していく不人気な街が明らかになるだろう。典型的な街が昭和・平成に作られた郊外型のニュータウンである。住宅不足の時代にとにかく量を確保するべく、郊外エリアに造成、分譲されてきた多くのニュータウンが今、オールド化している。住民には高齢者が多く、街は山や台地を切り崩して造成されたところが多いために坂が多く、高齢者になると住みづらい街になっている。ではテレワーク主体になった現役世代の関心を引くかといえば、整然と戸建て住宅が並ぶだけで、かつては存在した商店すら今や跡形もなく消滅している街では、彼らが住むための基本性能すら満たしていないことになる。

Ⅲ-Ⅳ.街間格差が鮮明になるこれから

これからは街間格差の時代になる。たとえば新宿や渋谷まで1時間以内でアクセスできることが多くのワーカーにとって必須の条件だった時代は、1時間以内でアクセスできる鉄道沿線であれば多少街としての機能に不満があったとしても選ばれる街が多く存在した。だが、通勤の呪縛から解き放たれると、たとえ新宿、渋谷まで1時間以上であっても特徴のある街、自分が毎日生活するのに満足度が高い街が選ばれるようになる。都心へのアクセスだけで評価されてきた街の中には、急速に人気を失っていく街も出てきそうだ。

地方にとっても都心にいたワーカーのライフスタイルの変化はチャンス到来である。まだまだNTTグループのような大胆な人事政策をとる会社は少ないかもしれないが、ワーカーの一部が「アドレスフリー」になることは、自らの都市、街の魅力をいかに発信していくかが問われる時代になる。

Ⅲ-Ⅴ.問われる街の在り方とは

ではこれからの街にはどのような機能が求められるのだろう。街の在り方を考えてみたい。まず勘違いしがちなのが、わが街は「自然が豊かである」「食べ物がおいしい」あるいは「人情がある」といったたぐいの売り文句だ。

残念ながら日本の多くの街が、多少のひいき目を差し引いても上記の要素を兼ね備えている。したがってこのメッセージだけで人を呼ぶことはできないと考えたほうがよさそうだ。

呼び寄せるターゲットがワーカーであるならば、ワーカーが快適な日々の生活を営めることが前提であることは言うまでもない。したがってまずは都心のオフィスで就業するのと同じ環境を備えるのは最初の一歩であろう。そこで街全体で高度な情報通信網を構築する。街の住民になれば、できれば無料でデジタル通信網が使いたい放題。街中にいれば自宅でも、レストランでも、公園でもWiFiは使いたい放題にすれば、多くのワーカーから支持を得られるだろう。

また街中では、様々なシェアリングエコノミーが利用できる。車はもとより、自転車などの交通手段、コワーキング施設やスペースシェアリングなど生活コストをリーズナブルに圧縮できる機能は人気を呼ぶだろう。

エリア内での独自の金融があってもよい。地域通貨しかり、起業しやすいようなベンチャー融資の機能を持つ機関を誘致してもよい。社会人教育に重点を置く。地域で子供たちをサポートする機関がある。ペットに対してあらゆるサービスを行う、などなど。

街に特色を付するのは何も「景色」や「食」「人情」だけではないはずだ。新しい時代に街に住む人たちのために必要な機能、私はこれを「街の社会的レイヤー(層)」と呼んでいる。このレイヤーをいかに実装していくかが、人を集める街にとっての重要なあり方になってくるとみる。

人々が一日のほとんどの時間を同じ街やその周辺で過ごすようになれば、おのずと街の特色が形成され、街発、地域発の新しい産業や文化、芸術が生まれてくるであろう。そのときに初めて、日本のいろいろな街が独自の輝きを放つようになるものと期待している。

牧野 知弘

オラガ総研株式会社 代表取締役 / 不動産事業プロデューサー

1983年東京大学経済学部卒業。
第一勧業銀行(現みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て、1989年三井不動産に入社。不動産買収、開発、証券化業務を手がける。
2009年オフィス・牧野、2015年オラガ総研、2018年全国渡り鳥生活倶楽部を設立、代表取締役に就任。
ホテル・マンション・オフィスなど不動産全般に関する取得・開発・運用・建替え・リニューアルなどのプロデュース業務を行う傍ら、講演活動を展開。
著書に「空き家問題」「不動産激変~コロナが変えた日本社会」(ともに祥伝社新書)、「人が集まる街、逃げる街」(角川新書)、「不動産の未来」(朝日新書)等。文春オンラインでの連載のほか、テレビ、新聞等メディア出演多数。

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