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【連載】2030年の東京不動産(最終回)
~不動産投資マーケットとこれからの東京~
2013年以降活況を呈してきた東京の不動産。20年の2月から世界を席巻したコロナ禍は、日本の経済や社会に大きな影響をもたらしたが、いっぽうでコロナ禍がきっかけになり、人々の生活は大きく変化した。そうした社会の変化に対し、東京の不動産はどのような変化をみせていくのか、本稿では現在から8年後の2030年を見据えた東京の不動産について考えてみよう。
Ⅳ-Ⅰ.2021年の不動産取引とその背景
都市未来総合研究所の発表によれば、2021年度における主に法人の日本国内での不動産売買金額は4兆3707億円、取引件数は782件だった。これはコロナ禍で大きな打撃を被った2020年度に比べて売買金額で20.4%、取引件数で18.3%の増加、売買金額はコロナ前である2019年度の4兆4693億円にほぼ並ぶ数値となり、マーケットの回復を示すものとなった。
ではその中身はといえば、不動産の「売り」側で目立ったのが不動産・建設法人が全体の28%に相当する1兆2184億円、続くのが事業法人、金融法人の9854億円(22.5%)で、この2つのセクターで売り側の約半分ということになる。
不動産・建設法人はオフィスビルや商業施設、物流施設などを傘下のJ-REITや外資系投資法人などに積極的に売却している。また事業法人の売りで目立つのは、コロナ禍での業績悪化などを受けて、自社ビルなどを売却する事例が増えたことだ。
旅行業界大手のJTBは品川区天王洲にあった本社ビルなど2棟を約300億円で売却、HISも港区虎ノ門の本社ビルを324億円で売却、さらに現在では長崎県のハウステンボスを香港の投資ファンドPAGに900億円程度で売却する交渉を行っているとの報道もある。
こうした流れは、何も業績の悪化を理由にしたものばかりではない。大手住設機器メーカーであるリクシルは、江東区大島にある本社ビルを売却し、品川区大崎のオフィスビルに移転することを発表したが、本社に勤務する人員は現在の1割にして、大半の社員についてテレワークを主体とした勤務体系に変更するとの発表を行った。
すでにNTTグループは主要7社の人員6万人の半数にあたる3万人をオフィスへの通勤を前提とする働き方から解放し、アドレスフリーを容認する方向に舵を切った。こうした動きは今後、さらに本社オフィスの売却、賃借先の解約によって収益が悪化した賃貸オフィスビルの売却などの動きにつながることが予測される。
Ⅳ-Ⅱ.外資系投資ファンドの動向
いっぽうで買い手には、投資家が目立つ。SPCや私募REITなどによるもの、J-REITによるものなどに加え、最近では外資系法人による取得が活発化している。外資系法人による取得額は金額全体の4分の1を占めており、外資による「日本買い」の動きが活発になっていることがわかる。
外資系による不動産取引活発化の背景には、アジアの中の先進国であり経済大国である日本は政治的にも安定していて、法令も整備されていることがある。近時、不動産が急速に証券化されていく過程で、不動産情報のディスクローズがすすみ、日本の事情がよくわからない投資家から見ても、かなり詳細な投資情報を手にすることができる。
またコロナ禍を契機に世界的に金融緩和が生じたことは投資家の懐を潤している。莫大なマネーを詰め込んだ投資家が世界中を睥睨して、投資対象を見定めている。日本は社会体制、仕組みは整っているし、オフィスや住宅、物流、商業施設、ホテル、投資対象は広範にわたっている。特に物流や、インバウンドの消滅で危機に陥ったものの観光資源が豊富な日本はホテル需要も底堅い。
そして何より彼らを勇気づけているのが通貨安である。円安は彼らの購買力を格段にアップさせる。日本の黄金期、1ドルが80円を切った96年頃、ハワイに出かける日本人たちは笑顔で高級バックや時計を買い漁っていた。それと同じく、現在日本を訪れる外国人たちからみれば高級ホテルにいても、超格安と感じているはずだ。
彼らはCap Rateと呼ばれる投資利回りで投資判断を行うが、アジアの諸都市と比較して東京や大阪の利回りがどの位置にあるかを常にチェックしている。東京が台北よりも利回りが高い(価格が安い)と判断すれば、買いに入る。利回り4%で買って3.5%で売れば儲かる。これが彼らの投資の理屈である。これが短期間で実現できればこの鞘取り(アービトラージ)ゲームには勝利したことになるのだ。
ただ、日本を見る目が厳しくなると、彼らの態度は一変する。今4%で買えたとしても、日本の景気が悪くなる、日本の産業がだめになっていく、中国との関係がさらに悪化して経済情勢に悪影響が出るなどの悪材料が重なると判断すれば、4%では買えない。リスクプレミアムをもっと拡大して4.5%、いや5%でも危ないとなる。近い将来で利回りが5%以下に回復しないと見れば、6%くらいまで価格を引き下げなければ買わないとなる。
Ⅳ-Ⅲ.外国人(個人)の動向
こうした外資系投資ファンドによる「日本買い」が今後も続く保証がないいっぽうで堅調なのが、中国など東アジア諸国の個人による「日本買い」だ。彼らが都内のマンションなど日本の不動産を好んで買うのは、財産保全の確実性にある。日本は不動産の所有権が世界的にも強固に守られていることから、急速に経済成長がなされた東アジア諸国の富裕層が、資産の分散、投資ポートフォリオ形成の一環として日本の不動産に投資を行っている。
もちろん最近の通貨安も彼らの行動をより勇気づけていると言えるが、鞘取りゲームというよりも、子女の留学用に、日本旅行時の滞在用になど、運用資産というよりも保有することを目的とした投資が多いのも特徴である。
中国人など外国人が多く所有しているマンションなどでは、管理費や修繕維持積立金などの滞納、未納問題なども勃発していること、共用部の扱いなどマンション内でのトラブルが多発していることなども多く報道されているが、今後は生活習慣の異なる彼らとの共存共栄も大きな課題となるだろう。
Ⅳ-Ⅳ.東京はどんな都市になるべきか
日本は残念なことに、90年代前半までのような経済的な意味からの国力は、萎んでいる状態が続いていることは否定のしようがない。通常、経済力が衰えるということはマネーの力がなくなって、不動産の価値は下がっていくことになる。だが、外国の投資マネーからみて、日本が魅力的な国であることは、国内の不動産価値を維持し続けることになる。
日本の中心である東京が世界で魅力的な都市であり続けていれば、国全体の力が衰えても、外国だけではない多くの投資マネーが東京に集まることだろう。
では将来の東京はどのような形でその魅力を維持、発展させることができるだろうか。国土交通省の調べによれば、国内の100人以上が勤める事業所で東京に本拠を構える割合は37%に及ぶ。同じ基準でアメリカでは、ニューヨークに事業所が集中していることはなく、カリフォルニア(10%)、テキサス(8.7%)、フロリダ(6.3%)などに分散し、ニューヨークはわずか4.9%に過ぎない。日本と同様に小さな島国であるイギリスでもロンドンの割合は16.5%に過ぎず、サウスイーストイングランド(13.9%)やノースウェストイングランド(10.9%)などに分散している。
東京は世界的には韓国のソウル市や中国の北京市などと並ぶ「オフィスの街」である。だが経済力が衰えてきた日本で、首都東京がオフィスだらけの街であることは、今後東京の不動産価値を保っていくうえで適切なのだろうか。
東京都心部で行われている多くの大規模再開発では、国際交流拠点としてのオフィスタワーを建設する計画が目白押しであるが、いっぽうで東京にはニューヨークやロンドンに多くある美術館や博物館、劇場・ホール、映画館などのエンターテインメント施設は不足している。また超高級である4スター、5スターブランドのホテルの集積もまだまだだ。
様々な機能を持つ都市として、東京が今後急速にエンターテインメント化できれば、東京の不動産価値を測る物差しが、オフィス一辺倒ではなく、芸術や文化を含めた魅力を評価し始めるのではないかとみている。
不動産価値が上がるということは、その街やエリアに多くの人々が世代や国境を越えて集まり、集中と分散を繰り返していくことである。そうした意味で東京は、これまでは主に日本の地方から多くの人々を吸収し、オフィスというハコに集め、そこに通勤するサラリーマンの街だった。これからの東京はそうしたビジネスの役割だけでなく、東京に芸術や文化を見に来る、観光を楽しむようなエキサイティングな場として変貌していくことを期待している。
新たな魅力を纏った東京を、2030年を目標に再構築していくことができれば、東京の不動産価値は今後もおおいに評価され、売買主体は時代の変化で変われど、常にいろいろな投資媒体から投資されることだろう。2030年に向けて脱皮することが今こそ求められているのである。
牧野 知弘
オラガ総研株式会社 代表取締役 / 不動産事業プロデューサー
1983年東京大学経済学部卒業。
第一勧業銀行(現みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て、1989年三井不動産に入社。不動産買収、開発、証券化業務を手がける。
2009年オフィス・牧野、2015年オラガ総研、2018年全国渡り鳥生活倶楽部を設立、代表取締役に就任。
ホテル・マンション・オフィスなど不動産全般に関する取得・開発・運用・建替え・リニューアルなどのプロデュース業務を行う傍ら、講演活動を展開。
著書に「空き家問題」「不動産激変~コロナが変えた日本社会」(ともに祥伝社新書)、「人が集まる街、逃げる街」(角川新書)、「不動産の未来」(朝日新書)等。文春オンラインでの連載のほか、テレビ、新聞等メディア出演多数。
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