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地方四市の経済発展と不動産
最近「地方四市」という表現がメディアなどで頻繁に使われるようになったが、地方四市とは、札幌、仙台、広島、福岡の4つの都市を総称した言い方だ。
これらの都市はいずれも、北海道、東北、中国、九州地方最大の都市で、各地方の中での政治、経済、文化の中心となっている街だ。人口も2022年1月現在で札幌市196万人、仙台市106万5千人、広島市118万9千人、福岡市156万8千人と、いずれも100万人を超える大都市に成長している。
公示地価動向でも地方四市は三大都市圏を上回る地価上昇率を示し注目されている。背景には地方ごとに集住化が進行するコンパクト化現象がある。
産業構造が変化し第三次産業が中心になる中、生活費が高い東京を避けそれぞれの地方にある大都市に人が集まる現象が生じている。
不動産投資の観点からも地方四市の成長は、注目されており、中でも北海道全域から人を集める札幌や経済発展が続くアジアに近い福岡は今後の投資対象として魅力があるといえるだろう。
Ⅰ.地方と東京の人口構造
日本の人口は2008年頃をピークに減少に転じているが、国立社会保障・人口問題研究所の予測によれば、2020年1億2600万人の人口は2030年には1億1600万人に、15歳から65歳までの「働き手」とされる生産年齢人口についても同、7600万人から6700万人に激減するとされている。
実は人口の減少は、人口ボリュームの大きい団塊世代(1947年から49年生まれ)の全員が後期高齢者の仲間入りをする2025年以降、本番を迎えようとしている。人口動態をみれば、日本は戦後から1990年代半ば頃までは一貫して地方圏の人口が減少し、東京、名古屋、大阪の三大都市圏へ人口が流出する状態が続いていた。そしてバブル経済が崩壊し、「失われた30年」などと言われる90年代半ば以降現在に至るまで、人口は一方的に東京を中心とした首都圏に集まる、一極集中の時代になった。
だが、人口を吸収し続けている東京都についても2025年以降は人口が減少に転じるとされ、都区部に限っても30年以降には減少することが見込まれている。東京都をはじめとする首都圏では、人口の高齢化はこれからが本番である。すでに出生者数を死亡者数が上回る「自然減」が生じていて、転出者を転入者が上回る、人口の「社会増」の状態で人口を増加させ続けることには限界があるのだ。
このことの背景には、これまで「人の供給源」になっていた地方が、少子化によって若者が減り、東京に人を供給するポンプの役割をすでに失っていることがある。今後はさらに地方からの人口流入が細っていくために、日本の都市の在り方は今後、大きな変容を余儀なくされることは、この人口構造に根差す課題を見ても明らかと言える。
Ⅱ.「コンパクト化現象」がもたらす地価上昇
ひとえに人口供給源の役割を担ってきた地方であるが、それでは地方都市のすべてが衰退していくのかといえば、そうではない。冒頭に紹介した地方四市の状況をみると、第二次安倍政権が本格稼働する2014年以降、地価の上昇が顕著になっているのだ。通常、経済活動が弱まると地価は連動して下がる傾向にある。経済の停滞は人の活動を消極的にさせるためだ。人の出入りが少なくなった街は、人の新陳代謝が進まなくなる。つまり人の動きが乏しくなると不動産の売買、賃貸借といった経済活動が低迷するのだ。
ところが2014年以降の地方四市の地価動向(対前年増減率)を公示地価ベースでみてみると、地方四市の地価の上昇率は東京都区部、大阪市、名古屋市を上回る成長を遂げていることがわかる。特にコロナ禍によって地価が下落した2021年においても地方四市は増加率こそ低減したもののプラスを保ち、22年地価公示においては住宅地で対前年比5.8%、商業地でも同5.7%という高い上昇を示している。
出所:国土交通省データを基に作成
こうした状況の背景には、コンパクト化現象と呼ばれる集住化の動きがある。
現在の団塊世代をはじめ、1960年代から80年代前半に地方から流出した人々の多くは、都会に職を求めてやってきて企業などで職に就き、家族を持ち、地方に戻ることなく住宅を買い求め定住した人たちだ。
いっぽう地方に残った人たちは、激しい人口減少の中、次第に地域の中の比較的大きな街に集住するようになる。少子化の影響で子供も少なくなり、また日本経済の低迷で大都市圏にも職が少なく、都市への人口集中がもたらす弊害が指摘される中、生活費の高い東京を避け、身近な都会を選好する動きが出てきたのである。
地方四市はこうしたニーズを受け入れるのには適当な規模と都会的な要素をほぼ兼ね備え、「なにも東京や大阪に行かなくとも」十分に満足できる生活環境を整えた都会の役割を果たせる街として認識されたのである。
オフィスワークが中心の第三次産業が産業の中心になるにつれ、地方の中心都市に集まって働くスタイルが主流になってきたことも、こうした地方四市への人の収斂という現象をひきおこしたものといえる。
Ⅲ.「地方四市」の概観と不動産投資対象としての位置づけ
では具体的に4つの都市について概観してみよう。
(1)札幌市
札幌市は人口196万人(2022年1月)の北海道の中心都市だ。1980年には人口は140万人あまりだった。国立社会保障・人口問題研究所の調べによれば2045年の札幌市の人口は180万人にまで減少することが見込まれている。とりわけ2045年には若年人口(14歳以下の人口)の割合が10%を切って9.2%まで低下、生産年齢人口は地方四市の中で最低の51.1%まで縮小してしまう。人口の高齢化が進んで、若い層が大きく減少するということである。
いっぽうで札幌市は人口の出入りはどうだろうか。総務省住民基本台帳に基づく人口移動報告によれば、コロナ禍前の2019年においては転入者6万3894人、転出者5万4082人と8309人の社会増となっている。札幌市は幅広く北海道内から人を集めることに成功している。
基準地価は中央区で坪当たり287万4269円と対前年比で8.09%もの大幅な上昇をみせている。中央区といった市内中心部では、現在オフィスマーケットが払底状態にある。札幌市ビジネス地区におけるオフィスビル空室率は2023年1月現在で2.33%だ。また市内ではコロナ禍後に増加が予想される観光需要を当て込んでホテル用地などを物色する動きも目立っている。
いっぽう住宅地のほうは北区や豊平区で対前年比8%から12%もの高い上昇を示している。人口については現在がほぼピークだが、国内外の投資マネーを集める都市基盤が整った札幌は、2030年の札幌五輪開催も期待される中、投資先として十分検討対象になると思われる。
(2)仙台市
仙台市内の基準地価は今回の発表では平均で坪当たり99万5489円、対前年比で5.91%の大幅上昇となった。中心部である青葉区では坪当たり193万6315円と対前年比で6.22%の上昇を記録。2011年の東日本大震災後に地価は大幅に下がったが、2014年をボトムに地価は上昇傾向を強めている。
仙台の人口動態は転入者4万3819人に対して転出者4万1788人。1349人の転入増である。この原因はやはり東北地方全体の衰退とそれに伴う仙台への人口集中だと考えられる。
仙台市の人口は106万人だが、2045年には92万2000人と14%も減少することが見込まれる。また札幌市と同じく若年人口割合は現在の12.5%から9.2%まで落ち込むことも予想されている。
さらに仙台市はオフィス空室率も4.72%と高く、インバウンド集客についても四市の中ではもっとも少ない、つまり商業系の発展には今後も限界があるということが見て取れる。
また東日本全体が今後は激しい高齢化の波にさらされることなどを考えると仙台市への不動産投資は人口の集約化を期待する住宅需要に絞ることが賢明だろう。
(3)広島市
広島市は人口が118万人。中国地方の中心都市である。地方四市の中では現在若年人口割合が最も高い14%を占める。2045年の推計でも人口は112万2000人と5.7%ほどの減少に留まるとの見方が出ているのも若年層の割合が大きいことに起因している。
また広島市の人口の社会増減は転入者3万7293人に対し転出者3万8513人と若干ではあるが転出増になっている。若者が比較的多いが移動も少ない「現状維持」の都市と言い換えることができるかもしれない。
中国地方の都市は瀬戸内海沿岸に中小規模の街が数珠つなぎ状に並んでいてそれぞれの都市が大企業の工場などを擁し、企業城下町の色彩が強い。したがって広島市に人口が集中するコンパクト化を期待することには無理がある。
ただ宮島神社など瀬戸内海沿岸が今後一大観光ゾーンとなる可能性が高いだけに「観光」という面での不動産には明るい材料の多い都市といえそうだ。
基準地価は広島市平均で坪当たり78万7535円。対前年比で1.90%の小幅な伸びに留まっている。地方四市の中でも伸び率は低く、「出ていかない」若年需要を取り込んだ住宅系や観光を狙ったホテル系の投資に勝機がありそうだ。
(4)福岡市
福岡市の価値を大いに高めたのが2011年3月に博多と鹿児島間が開通した九州新幹線である。人口が福岡市に集中したのだ。そしてこの傾向はしばらく続くものと考えられる。2022年福岡市の人口は156万人だが、2045年には165万4000人。地方四市の中では唯一成長する都市に位置づけられる。
基準地価は市内平均で176万8514円。対前年比7.66%と大幅な伸びとなっている。中央区や博多区などの商業地では対前年比で8%から10%の高い上昇を記録している。原因は福岡市の経済の好調さだ。福岡市は地政学的にも発展著しいアジアエリアに近く、福岡から東京に行くよりも上海のほうが近いという位置にある。
福岡市は街の中心部である博多地区で「博多ビッグバン」構想を立ち上げ、老朽化したビルの建替えなどを積極的に支援する姿勢を示している。エリア内で新築される建物については容積率を最大で400%割り増しする制度である。市内ビジネス地区におけるオフィスビル空室率も4.50%で落ち着いており、今後はアジア企業のニーズも見込めるなど明るい条件がそろっている。
さらに福岡市の強みは都市全体が常に新陳代謝していることにある。人口動態(2019年)では転入者7万6560人に対して転出者が6万8369人で8191人の社会増を記録している。人の出入りが多いことは住宅などの不動産がよく流通していることを物語っている。
このように考えてくると福岡市は住宅系、商業系ともに不動産投資にとってはチャンスが多い都市と言えるのではないだろうか。
地方四市は、それぞれの位置するエリアのナンバーワン都市として、コンパクト化がすすむ日本では数少ない不動産投資エリアとして注目される。総合的にみれば、福岡市がもっともバランスがよくしかも今後の成長性が期待できる都市といえるだろう。三大都市圏の不動産価格上昇を背景に地方四市でも値上がりが顕著になってきたが、福岡市や札幌市を基軸に地方不動産投資を考えてみてもよさそうだ。
牧野 知弘
オラガ総研株式会社 代表取締役 / 不動産事業プロデューサー
1983年東京大学経済学部卒業。
第一勧業銀行(現みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て、1989年三井不動産に入社。不動産買収、開発、証券化業務を手がける。
2009年オフィス・牧野、2015年オラガ総研、2018年全国渡り鳥生活倶楽部を設立、代表取締役に就任。
ホテル・マンション・オフィスなど不動産全般に関する取得・開発・運用・建替え・リニューアルなどのプロデュース業務を行う傍ら、講演活動を展開。
最新著書に「負動産地獄」(文春新書)、その他に「空き家問題」「不動産激変~コロナが変えた日本社会」(ともに祥伝社新書)、「人が集まる街、逃げる街」(角川新書)、「不動産の未来」(朝日新書)等。文春オンラインでの連載のほか、テレビ、新聞等メディア出演多数。
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