賃貸住宅の空室を決定づける要因についてⅢ

~東京の賃貸住宅についての空室率に関する算定式~

賃貸住宅について、不動産市場の特徴や東京都のマーケットを概観した後、空室率を決定する要因について検討します。このレポートは全4回の3回目です。東京の賃貸住宅の空室率を決める要因や算定式(以下「空室算定式」)について考えます。

各レポートの内容

Ⅰ.賃貸住宅から見た不動産市場の基礎的事項
実際の賃貸住宅市場の状況を検討する準備として、賃貸を含む住宅市場の構造を検討します。さらに需給を検討するため、需要についてはその選好性や人口や世帯について検討します。また供給については、供給者の意思決定を行う要因についても検討します。

Ⅱ.賃貸住宅市場の状況
賃貸住宅やその市場について、推移・現状・推計を検討し、状況の把握を進めます。

Ⅲ.<今回レポート>東京の賃貸住宅に関する空室率の変動に関する算定式
東京都を例にとり、賃貸住宅の空室率を変動させる要因(候補含)を検討し、採用された事項を式としてまとめます。レポートⅠ・Ⅱで検討したデータを採用していきます。

Ⅳ.賃貸住宅の空室率の将来予測に必要な要因について
東京の賃貸住宅の空室率の変化を予測するための要因について検討します。レポートⅢで検討した事項を含め、当社が今後とくに確認していく要因についてまとめます。


【サマリー】

  • 対象を賃貸住宅とした入居率の変化を以下のように定義します。
    A.賃貸市場の世帯数の増減/ B.賃貸市場のストック=C.入居率の変化
  • 上記定義式に数値を設定したところ、一定の信頼性があるものと検証できました。

1.本章の算定式の意義(以下「空室算定式」)

今後の賃貸住宅の収益性を検討するにあたっては、将来的な賃貸市場の空室率(入居率)の推計が必要になります。空室率の推計のためには、それを構成する要因の将来予測と互いの関連性について検討するのが重要です。本レポートでは、まずは要因の選出と互いの関連性の構成を行い、空室率の将来推計の準備である算定式の設定を行います。

2.算定式の概念

ⅰ.賃貸住宅の算定式があらわす「入居率の変化」

算定式では「入居率の変化」をあらわします。

いくつか民間事業者のデータはあるものの、賃貸市場の全体の空室数の把握が困難であると考えます。しかしながら市場を構成する諸要因の検討により、その変化の割合はあらわすことができるのではないかと考えました。分母は想定した賃貸住宅全体としているため、算定された変化率は現在の割合に加減することによって、全体の空室率(入居率)の推計となります。

ⅱ.概念

(Ⅰ)「入居率の変化」の定義

「入居率の変化」は、世帯数の増減をストックで除して求めます。
なお各用語の接頭ABCは以後の図表に共通となります。

A.賃貸市場の世帯数の増減
(下記(Ⅱ)にて検証)
= C.入居率の変化

B.賃貸市場のストック
(下記(Ⅲ)にて検証)

なお、本章概念においては、まずは戸数と世帯は同義と整理ください。

(Ⅱ)A.賃貸市場の世帯数の増減

(1)ステップ1 あらたに発生する空き戸数

図表Ⅲ‐1記載のとおり、新設住宅供給よりもあらたに住宅を求める世帯が少ないと、新設住宅の中から空き戸数が発生することになります。また図表Ⅲ‐2記載のとおり、新設住宅供給よりもあらたに住宅を求める世帯が多い場合には、既存住宅の空き戸数が一部解消されます。

つまり図表Ⅲ‐3にまとめるように、新設住宅と世帯数のどちらが多いかで、空き戸数が増加したり、減少したりすることとなります。

  • 【図表Ⅲ‐1】住宅への入居者と空き戸数
    (あらたな世帯が新設住宅以下の場合)
  • 【図表Ⅲ‐2】同住宅への入居者と空き戸数
    (あらたな世帯が新設住宅以上の場合)
【図表Ⅲ‐3】新設住宅空き戸数
(2)ステップ2 各項目の細分化

図表Ⅲ‐4は、前章図表Ⅲ‐3の各項目について、調査または推計が可能な事項に細分化しています。

本章でもとめる「A.賃貸市場の世帯数の増減」は図表Ⅲ‐4赤字部分「あらたに空き戸数が発生」または「解消する空き戸数」部分となります。

なお、本章概念においては、まずは戸数と世帯は同義と整理ください。または空き戸数は、分譲・中古売買市場には発生せず、賃貸市場にのみ影響するとの前提にしています。

細分化については下記のとおりです。なお英数小文字が先頭にある項目については、末尾備考欄に追加の説明があります。

新設住宅供給=a.新設分譲住宅戸数+b.新設賃貸住宅戸数
あらたな住宅をもとめる世帯=e.東京都の人口の変化+除却された住宅の居住者

〇除却された住宅の居住者はさらに下記のように細分化されます。
c.持ち家の居住者※+d.賃貸住宅の居住者=除却された住宅の居住者
※「持ち家」から「持ち家」に建替えられた場合は、「あらたな住宅をもとめる世帯」ではないので除きます。
下記図表5をご参照ください。

【図表Ⅲ‐4】新設住宅空き戸数
【図表Ⅲ‐5】持ち家再建築後の用途別「住宅をもとめる世帯」

(Ⅲ)B.賃貸市場のストック

B.賃貸市場のストックは、「既存の賃貸市場のストック+新設賃貸住宅戸数-除却された賃貸住宅戸数」となります。

【図表Ⅲ‐6】賃貸市場のストックの算定

3.算定式の有用性

算定式は将来の市場を想定するために作成しています。信頼性の検証のため、過去の市場をあらわす他の情報と、算定式のシミュレーションとの比較を行いました。

その結果、整合性がある情報とやや差異がある情報とがありました。

仮説の設定や検証する期間、いわゆる「空き家問題」の影響等算定式が適正であったとしても差異が発生する要素が多岐に渡る中では一定の信頼性が確保できたものと考えています。

今後も当該算定式の精度を向上、必要に応じた修正を加えながら、有用な情報をご連絡したいと考えています。

なお以後の章は、これまでの内容を文字式であらわす等の解説になります。より詳細な内容の確認をご希望の方々を中心にご覧いただければと存じます。

4-1.<算定式の解説>算定式を設定するにあたっての前提

以下の事項を前提として、空室算定式を設定します。

  • 新築分譲住宅は完売し、全戸が入居することとします1
  • 中古住宅・土地市場と空き家は、影響が少ないと判断し考慮外2としています。
  • 持ち家を取り壊して、持ち家に再建築する等、新規の流出入を伴わない既存の住宅市場内での人の動きは、賃貸住宅の空室に大きな影響を与えないと判断し、考慮外としています3
  • 「空室率」は説明性を考慮し、「入居率」に変換して検討します。
  • 老人施設・給与住宅・用途の転換に関連する事項は考慮外とします。
  • 法人所有や住宅以外の不動産の再建築は、分譲または賃貸物件になると想定し、そのほかの要素は考慮外とします。
  • 住宅市場を中心に検討し、住宅系から他の用途等への転換等は考慮しません

1本レポート「Ⅰ.住宅市場における賃貸市場」 1‐ⅰ(2)新築分譲物件と新築賃貸物件の選好性 より
通常、新築分譲住宅は、専門の不動産業者による調査の上で供給されます。今般の市場は安定しているため、条件を下げればすべて売り切ることを前提とできます。入居者は持ち家志向が強いので、分譲住宅の供給が旺盛である場合、賃貸住宅の入居者が減少することになります。
2想定についてはお問合せください。
3再入居する人数の変化は、賃貸ニーズにも変化が生じさせますが、影響は少ないと想定し考慮しません。

4-2.<算定式の解説>算定式について

ⅰ.賃貸住宅の入居率の変化の定義

賃貸住宅を対象とした賃貸住宅市場全体の入居率の変化を以下のように定義します。

A.賃貸市場の世帯数の増減 = C.入居率の変化

B.賃貸市場のストック

ⅱ.各項の検討

(Ⅰ)A.賃貸市場の世帯数(≒戸数)の純増減

(1)算式

「A.賃貸市場の世帯数(≒戸数)の純増減」は、前章図表「Ⅲ‐4」の赤文字A部分にあたります。

公表データ等観察可能なデータを活用し、上記算定式のA部分を下記のとおりあらわします。この値が正のときは、新設住宅以上の世帯があり、既存住宅の空きが解消され、入居「率」が上昇することとなります。逆にの場合は、新設住宅をみたす世帯に足りず、入居「率」が下落することとなります。

なお人口・床面積・戸数の単位変換を行っています。

A. 賃貸市場の世帯数(≒戸数)の純増減

={c.持ち家の除却床面積(ただし、持ち家に再建築されたものを除く)+d.賃貸住宅の除却床面積+(e.東京都の人口の変化×f.一人当たり住宅床面積)‐(a.新設分譲住宅供給面積+b.新設賃貸供給面積)}÷③(h.賃貸住宅平均床面積)

※各事項の先頭の小文字は次項を参照してください

【図表Ⅲ‐4】新設住宅空き戸数(再掲)
(2)算定式に用いた事項について

算定式にもちいた事項については以下のとおりです。

【図表Ⅲ‐7】算定式を構成する事項

※複雑化するのを避けるため、代表的な数値を設定しています。
出所:a~d・g~iにつき国土交通省 eにつき東京都 fにつき国土交通省および東京都より
いずれも野村不動産ソリューションズ作成

(Ⅱ)B.賃貸市場のストック数

B.賃貸市場のストックは、「既存の賃貸市場のストック+新設賃貸住宅戸数-除却された賃貸住宅戸数」となります。

【図表Ⅲ‐6】賃貸市場のストックの算定(再掲)

東京都の賃貸住宅のこれまでのストック数は、2018年度民営賃貸住宅272.3万戸、公共団体等分含め計317.8万戸(Ⅱ‐2‐ⅰ参照)となっています。公共団体等の空室率は資料に乏しいため、シミュレーションでは民営賃貸住宅の数値を採用します。

4-3.<算定式の解説>シミュレーションによる検証

上記の式は将来の市場を想定するために作成していますが、過去の数値でシミュレーションによる検証を行いました。その結果、後述のとおり、一定の有用性があるのではないかと考えます。なお本検討シミュレーションにあたっては、さまざまな想定を行っています。

ⅰ.検討シミュレーション

図表Ⅲ‐8に2014年から2022年までの検討シミュレーション結果を記載しました。

2016年から2019年までは人口流入が多かったこともあり、入居率は上昇しました。一方、2021年は人口減少により、入居率は4%ポイント下落した可能性があると算定されました。

【図表Ⅲ‐8】検討シミュレーションの結果

出所:国土交通省・東京ウェブサイト より 野村不動産ソリューションズ 作成

ⅱ.検討シミュレーションと他情報との差異と有用性

(Ⅰ)本レポートで用いた情報との比較

(1)Ⅱ記載の「各区の状況」との比較

本レポートⅡ‐3‐ⅲ「各区の状況」にて、2016年から2020年の間に東京都の入居率は0.89%下落した旨記載しました(図表Ⅱ‐13抜粋・再掲)。
一方、本シミュレーションの入居率、図表Ⅲ‐2「2015年=100%」においては、2016年100.2%➝2022年99.2%と1%の下落の結果となっています。両者の間では概ね一致しています。

【図表Ⅱ‐13】東京23各区の住宅使用率の変化(再掲・抜粋)

※係数:一人あたり住宅床面積 新築着工平均床面積(65.5㎡)÷一世帯あたり人数(1.9人)≒34.5 と想定
区によって、両指標に違いがあることに留意してください。
出所:東京都「東京の土地」より野村不動産ソリューションズ 作成

(2)Ⅱ記載の「民間調査機関による東京都の賃貸住宅の空室率」との比較
【図表Ⅱ‐11】首都圏の賃貸住宅の空室率(%)(再掲)

出所:(株)タス「タス空室インデックス」より 野村不動産ソリューションズ 作成

図表Ⅱ‐11の民間機関の調査によると、東京都の賃貸住宅の空室率は2021年11.5%の水準から2022年末にかけて10%の水準となっており、1.5%の改善がみられています。
一方本シミュレーション図表Ⅲ‐2に記載の2022年の「入居率の変化」は1.6%悪化したとの結果になりました。

(Ⅱ)検討シミュレーション数値に影響のある事項と有用性

【図表Ⅱ‐2】全国および東京都の住宅着工に占める賃貸住宅の割合(再掲)

※東京都は民間資金によるもの
出所:国土交通省・東京都のウェブサイトより 野村不動産ソリューションズ 作成

(1)除却のデータについて

住宅の除却についてのデータは、相対的な信頼が高いと判断し、国土交通省「再建築状況の概要」から想定して採用しています。具体的には、全国の持ち家・分譲・賃貸の除却と再建築の比率を一つにさだめ、それを各年に適用しました。

一方で、実際には、これらの比率は年ごとに違いがあり、とくに近年差が大きい全国と東京都との住宅着工に占める賃貸住宅の割合を考慮する必要がある可能性があります。

(2)そのほかの事項について

このほか、このシミュレーションは想定による数値のブレがあることや必ずしも賃貸住宅市場をあらわす数値でないことから、下記の事項も結果に影響をおよぼす可能性があります。下記に検討シミュレーションに影響をおよぼす可能性のある事項を例示します。

「持ち家等を含めた空き家率の変化」「流通不動産市場」「完成や入居時期のずれ」「解体件数のずれ」「法人、商業不動産市場の影響」「海外赴任による空室の増加」「持ち家から賃貸住宅等転用」等

(3)検討シミュレーションの有用性

本検討シミュレーションは「各区の状況」においては、整合性を確保しました。「民間機関の調査」の比較では差引差が3%内外となっています。

採用した前提は、除却等一定数値の部分もあり、実際の推計にあたっては、さらに実際の市場の動向を加味する必要がありそうです。また当該シミュレーションは必ずしも賃貸市場だけをあらわすのではなく、持ち家の空き家の影響も受けることから、新たな空き家率の公表により、調整すべき点も発生すると思われます。また、完成や入居時期のずれによる差異は、数年の移動平均では、影響がなくなるものの、単年での大きなずれは発生する可能性があります。

上記を勘案すると検討シミュレーションは、一方の情報とは整合性を確保したこともあり、今後の精査は必要であるものの、一定の有用性はあるものとは考えます。

当社では、さらに検討をかさね、さらに有用な情報としてご連絡をさせていただきます。

提供:法人営業本部 リサーチ・コンサルティング部

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