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公示地価動向分析2023 一都三県「工業地」
~10年前からの上昇率ランキングから探る地価上昇要因~
2023年3月23日、「令和5年地価公示」1 が公表されました。東京圏の「工業地」2 の平均変動率は、+5.0%と10年連続で上昇を示し、上昇率も拡大していることが確認されています。国土交通省は、「Eコマース市場の拡大を背景に、高速道路ICや幹線道路等へのアクセスが良好で、画地規模の大きな物流施設適地は、地価上昇が拡大している」と考察しています。では、その中でも特に顕著な上昇を示しているのは具体的にどのエリアなのか、またそれらのエリアにはどのような共通点や傾向、特徴があるのでしょうか。
本レポートでは、過去10年間の調査地点別の公示地価データを集計し、この10年間で特に顕著な上昇を示した地点をランキング形式で明らかにするとともに、持続的なエリアポテンシャルアップに繋がっている要因を探ります。
今回は、一都三県(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)の「工業地」、2013年から連続してデータが取得できる153地点を対象に考察します。
【サマリー】
● | エリア別では、「千葉県」が2013年比146.3%で最も上昇が著しい。 |
● | 東京都下および周辺3県においては、都心に近い地点ほど上昇率が高い傾向。 |
● | 10年前と比較して最も上昇した地点は、「千葉県市川市塩浜3丁目17番12」。 |
● | 直近10年における地価上昇の代表的要因は、EC市場拡大を背景とした「物流施設投資の過熱」。 |
1地価公示法に基づき、国土交通省土地鑑定委員会が毎年3月下旬に公示(公表)する、その年の1月1日時点における標準地の単位面積(1㎡)当たりの正常な価格(土地評価)が公示地価。調査地点は全国約26,000地点。国内で最も代表的な土地評価であり、一般の土地取引価格の指標となるだけでなく、公共用地の取得価格の算定基準ともなっている。
2市街化区域内並びにその他の都市計画区域内の工業地域、工業専用地域及び準工業地域並びに市街化調整区域並びに都市計画区域外の公示区域内において、工場等の敷地の用に供されている土地をいう。
Ⅰ.全データの集計結果
ⅰ.エリア別と近隣の高速道路別の10年前からの上昇率
図表1は、エリア別に見た10年前からの上昇率です。「千葉県」の上昇率が突出しています。ただ、最も低い「埼玉県」でも10年前から1.2倍の上昇を示しており、地価上昇は一都三県のほぼ全域に及んでいます。
図表2は、近隣の高速道路別に見た上昇率です。
図表3は、図表1と2のクロス集計結果です。千葉県を通る高速道路の上昇率が高めではありますが、千葉県内でもエリアによる差が相応に見られます。都心から約40~60㎞の位置を環状に結ぶ高規格幹線道路である「首都圏中央連絡自動車道」(圏央道)に着目すると、三都県間で上昇率に大きな差異は認められないことから、都県による差というよりは、都心への距離が近い地点ほど上昇率が高い傾向があると指摘できます。
ⅱ.2013年以降のエリア別の指数推移
図表4は、エリア別の指数の推移です。各エリアとも2023年に期間最高値を更新していますが、特にコロナ禍以降の千葉県の伸びが際立っています。
次ページから、特に上昇の著しい具体的なエリアについて、ランキングに沿って考察していきます。
Ⅱ.一都三県上昇率ランキング・トップ10地点と地価上昇要因の傾向
ⅰ.一都三県上昇率ランキング・トップ10地点
ⅱ.一都三県上昇率ランキング・トップ10地点に見る地価上昇要因の傾向・特徴
(Ⅰ)大消費地に近接の立地が強み 物流施設需要の過熱が継続 ~「市川」、「船橋」~
10年前からの上昇率トップは、「千葉県市川市塩浜3丁目17番12」です。トップ10のうち、市川市が4地点を占めており、千葉県の地価上昇を牽引していることが確認できます。2位と3位の地点は、いずれも船橋市アドレスながら、高速道路の最寄りは市川市の「千鳥町IC」であり、地理的条件は市川市の地点と大きく異なりません。
これらの地点の共通点としては、都内近接の大規模工場や倉庫等が集積する臨海工業地域であることが挙げられます。従前からの底堅い工業用地としての土地需要の他、近年の電子商取引(EC)の市場規模拡大に伴う物流施設需要の増加が地価上昇に拍車をかけています。図表6、図表7からも近年におけるEC市場の拡大とそれに伴う宅配便取扱個数の増加が確認され、特にコロナ禍初期に当たる2020年に大きく伸長しています。
図表6のEC化率に着目すると、2021年時点で8.78%まで伸びていますが、世界全体のEC化率は2021年で19.6%3であることを考えれば、日本国内の拡大余地は依然大きく、EC化率の一層の上昇が期待されます。こうした背景から、大消費地・東京に近接している市川市や船橋市の物流施設用地としての需要が過熱し、著しい地価上昇に繋がっていると見られます。大量供給による需給緩和懸念も囁かれますが、今のところ物流施設の開発ペースが大幅に鈍化する兆しは見られません。首都圏の工業地の地価を左右する物流施設を巡る動向には今後も注目です。
(Ⅱ)柏IC周辺の土地需要に力強さ 隣接市の人口増加も追い風 ~「柏」~
5位と6位は、ともに「柏IC」周辺地点です。「柏IC」は千葉市とさいたま市等を結ぶ国道16号線と結節している上、2021年まで6年連続で人口増加率が全国トップであった流山市と隣接しているという立地条件も強みに、主にインターネット通販等の配送拠点としての大型物流施設の建設が相次いでいます(図表8)。前述した市川等の臨海部のみならず、柏のような内陸部においても、物流施設需要が工業地の地価動向を左右している実態が確認できます。
3経済産業省「電子商取引実態調査」より引用。
Ⅲ.エリア別上昇率ランキング・トップ20地点と地価上昇要因の傾向
ⅰ.東京都上昇率ランキング・トップ20地点
ⅱ.東京都における地価上昇要因の傾向・特徴
(Ⅰ)地価水準も全国トップクラス 羽田空港臨海部の実力 ~「大井南」、「羽田」~
東京都の上昇率の1~3位は、いずれも羽田空港臨海部の地点です。首都高速道路に近接する利便性と港湾・空港への近さから、従前より国際物流拠点が集積しているエリアであり、特に1位の大田区東海の地点は、工業地としては全国トップの地価水準を誇ります。図表10の通り、近年においても大型物流施設が相次いで供給されています。空港臨海部の工業地としてのポテンシャルの高さが確認できます。
(Ⅱ)歴史ある製造業の集積エリア 圏央道開通後は物流施設需要が拡大 ~「羽村」~
4位の羽村市は、1966年の完成時には西多摩地域で最大規模であった西東京工業団地を有します。隣接する青梅市等も含め、用地取得の相対的な容易さも背景に、従前から工業用地の需要に底堅さがあるエリアでしたが、1996年の圏央道(首都圏中央連絡自動車道)開通後、広域配送拠点としての利用価値にも注目が集まり、物流施設の集積が進みました。「青梅IC」周辺には、GLPやラサールインベストメントマネージメント等の外資系の他、「Landport青梅Ⅰ」、「同Ⅱ」、「同Ⅲ」を2018~2021年にかけて整備した野村不動産らの有力デベロッパーが相次いで参入しています。今後も、大和ハウス工業による「DPL青梅」や相鉄グループ初となる物流施設「CREDO羽村」等の物流施設が開業される予定であり、その開発動向からも目が離せません。
ⅲ.神奈川県上昇率ランキング・トップ20地点
ⅳ.神奈川県における地価上昇要因の傾向・特徴
(Ⅰ)国内最大級のコンテナターミナル 拡張造成中で将来性も十分 ~「本牧ふ頭」~
1970年に完成した国内最大級のコンテナターミナルである本牧ふ頭がトップです。その立地条件から、大型倉庫が集積しています。本牧ふ頭エリアで倉庫業を営む本牧埠頭倉庫だけで14棟、三井倉庫や三菱倉庫等の財閥系倉庫会社らの多くも大型倉庫を運営しています。足元でも、澁澤倉庫、ケイヒン、ヤマタネ等の有力業者による新倉庫建設計画が明らかになっており、大型倉庫需要の強さが地価を支えているエリアと言えます。
現在、横浜港の国際競争力向上を目的とした拡張計画「新本牧ふ頭」が進んでおり、2027年頃の完成を目指し、2020年より埋め立て工事がスタートしています。造成面積は約40haにおよび、完成後は最新の物流施設が集積するエリアに発展することが見込まれており、将来性も十分と言えます。
(Ⅱ)首都圏を代表する「物流の要衝」 新東名開通で物流施設需要がさらに過熱 ~「厚木」~
3~5、8、12位と複数地点がランクインしているのが厚木市です。2位の寒川町もその延長線上と言える立地です。古くから物流企業の集積地でしたが、「圏央厚木IC」の供用が開始された2013年以降、物流施設の集積がさらに加速しました。2018年には新東名高速道路の「厚木南IC」が整備され、足元でも物流施設の供給や計画が目白押しです(図表12)。物流施設需要の過熱が地価上昇に拍車をかけている代表的なエリアの一つと言えます。
ⅴ.埼玉県上昇率ランキング・トップ20地点
ⅵ.埼玉県における地価上昇要因の傾向・特徴
(Ⅰ)都心近接立地が強み 雇用確保の有利さも安定した物流施設需要の背景 ~「川口」~
上昇率トップは、川口市の地点です。もともと「鋳物の街」と称されるほど鋳物工場が集積していた川口市では、オイルショック等の影響を受け、1970年代頃から鋳物工場の移転や廃業が相次ぎ、土地利用の大規模な転換が図られた歴史があります。川口駅前に存在していた鋳物工場の跡地の多くは、商業施設やマンション等に生まれ変わり、持続的な人口流入と東京のベッドタウンとしての発展をもたらしました。一方、1位の地点である川口市領家のような工業系エリアでは物流施設等への転換が進みました。
近年でも、川口市内では大型物流施設の建設が相次いでいます(図表14)。都心への多頻度配送が可能である都市型物流施設に適した都心近接立地の強みに加え、さいたま市に次ぐ県内2位の人口規模であることを背景とした労働力確保の面での有利さも、安定した物流施設需要を支えていると見られます。
(Ⅱ)県内最多の企業数を誇る工業団地と広域配送可能な立地で需要に底堅さ ~「岩槻」~
2~3位は、さいたま市の地点です。「岩槻IC」の近接地には、所属組合員数100社超と県内最多の数を誇る岩槻工業団地があります。多種多様な業種を有し、会社規模も中小企業から大企業まで幅広くカバーしている工業団地は稀であり、工業用地としての安定した土地需要を支えています。また、東京方面と北関東方面の双方をカバーできる広域配送が可能な物流拠点としての立地評価の高さも、底堅い地価上昇に繋がっていると見られます。
ⅶ.千葉県上昇率ランキング・トップ20地点
ⅷ.千葉県における地価上昇要因の傾向・特徴
(Ⅰ)物流投資の過熱続く 抜群の立地条件を備えた物流施設適地 ~「市川」、「船橋」~
前述の通り、一都三県の中で最も高い上昇率を示しているのが市川市塩浜の地点です。船橋市の地点も臨海工業地域としては同条件です。大消費地近接の立地に加え、羽田、成田の両空港の中間地点であること、東京港へのアクセスにも優れるという抜群の物流施設適地であることから、この10年でも多くの物流施設が供給されてきました(図表16)。物流投資の過熱が地価の急激な上昇に繋がっている象徴的なエリアと言えます。
(Ⅱ)羽田、成田の両空港、東京港も輸送圏内 両地点とも11年連続の上昇 ~「柏」~
5~6位は、ともに「柏IC」周辺の地点です。前述の通り、千葉市とさいたま市双方へのアクセスに優れる国道16号線と結節した「柏IC」周辺では、物流施設の供給が活発です。東京方面へのアクセスの良さに加え、羽田、成田の両空港、東京港も輸送圏内という立地条件、さらに十余二工業団地に近接していることや隣接する流山市の人口増加も追い風となり、両地点とも11年連続の地価上昇を果たしています。市川等の臨海部と同様に、柏に代表される内陸部においても過熱している物流施設を巡る動向は、首都圏工業地の地価に与える影響のみならず、不動産マーケット全体の動向を考える上でも注目していきたいポイントです。
Ⅳ.一都三県上昇率ランキング・トップ50地点
東京都では、江東区、品川区、大田区といった臨海部のランクイン率が高い傾向です。板橋区や足立区等の内陸部の地点は、もともとの地価水準の高さもあって上昇率はやや緩やかな傾向ですが、羽村市や西多摩郡は圏央道開通後の地価上昇が継続しています。
神奈川県では、物流施設の集積が進む厚木市や隣接する相模原市等の内陸部のランクイン率の高さが注目されます。なお、調査地点数の多い横浜市では、本牧ふ頭に代表される臨海部エリアはランクインしていますが、東京都の区部と同様、従前からの地価水準が高い内陸部の地点の上昇率はやや緩やかなものにとどまっています。
埼玉県では、春日部市、狭山市、入間市、久喜市といった圏央道沿いの地点がいずれもランクインしています。
千葉県では、市川市と船橋市の臨海部のランクイン率の高さが注目されます。柏市も含め、いずれも物流施設の供給が活発なエリアです。
土地取引の基準である地価動向について、今後も定期的な観測を続けていきます。
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