公示地価動向分析2023(特別編)

~TSMCとラピダスの事例が象徴する半導体投資の過熱がもたらす地価上昇~

パソコン、スマートフォン、自動車や医療機器等に至るまで、様々な製品に使われている半導体は、今や現代社会において欠かせない存在になっていると言っても過言ではないでしょう。「シリコンサイクル」1と称される周期を数年おきに繰り返す構造的な課題を抱えながらも、半導体市場は着実な成長を続けてきました。世界の市場規模は、2020年時点の約50兆円から2030年には約100兆円まで拡大することが見込まれており2、日米欧を中心に世界中で半導体工場の誘致合戦が過熱しています。
こうした中、工場誘致に成功した熊本県菊陽町と北海道千歳市に各方面から注目が集まっています(以下表参照)。

出所:公表資料等により野村不動産ソリューションズ作成(調査時点の情報に準拠、TSMCは「第1工場」の情報)

本レポートでは、「公示地価動向分析2023」シリーズ3の「特別編」として、上記2事例に焦点を当て、それぞれの進出地周辺の最新の地価上昇率を確認し、地価上昇の要因や傾向を探ります。
※本レポートでは、より最新の地価情報に基づいた考察を行うため、「都道府県地価調査」4のデータを使用します。


【サマリー】

  • 熊本県菊陽町、北海道千歳市ともに工場進出による効果は絶大で、全国屈指の地価上昇率を記録している。
  • 国は半導体を「特定重要物資」に指定するとともに、産業支援のために巨額の補正予算を計上している。
  • 人材不足等の課題も少なくないが、長期的には市場拡大が確実と見られ、注目していくべき分野と言える。

1半導体産業において経験則的に導かれた約4年周期で好況と不況を繰り返すサイクル(循環)を表す用語。技術革新のペースが早い産業特性を背景に、設備投資タイミングや在庫管理の調整が難しいことが原因で発生する。最近は周期も含めてサイクルが複雑化しつつあるとも言われている。
2経済産業省「世界の半導体市場と主要なプレイヤー」(第1回半導体・デジタル産業戦略検討会議資料)より引用。
3「公示地価動向分析2023」シリーズとして、「東京23区・商業地」、「東京23区・住宅地」、「一都三県・工業地」を発行済み。
4国土利用計画法施行令第9条に基づき、都道府県知事が毎年7月1日時点における標準価格を判定するもので毎年9月下旬に公表される。土地取引規制に際しての価格審査や地方公共団体等による買収価格の算定の規準となることにより、適正な地価の形成を図ることを目的とする。

Ⅰ.TSMC(熊本県)のケース

i.TSMCの工場とその周辺の調査地点(2022年から連続してデータが取得できる地点のみ)

出典:国土地理院「地理院地図」に基準地点を追加して野村不動産ソリューションズ作成

ⅱ.熊本県の地価上昇率(前年比)用途区分別・上位地点

【図表1】熊本県・工業地の対前年比上昇率ランキングトップ5地点(表中の数値は円/㎡、以下同)
【図表2】熊本県・商業地の対前年比上昇率ランキングトップ10地点
【図表3】熊本県・住宅地の対前年比上昇率ランキングトップ10地点
出所:(図表1~3)国土交通省「都道府県地価調査」より野村不動産ソリューションズ作成

ⅲ.TSMC周辺エリアにおける地価上昇要因の傾向・特徴

(Ⅰ)工業地 ~既にTSMCは「第4工場」まで検討中 さらなる地価上昇にも期待大~

地価上昇率の県内トップと2位は、ともに地図上にプロットされている地点です。ともにTSMCの熊本進出が公表されていた前年にも大きな伸びを示していた地点であるにも関わらず、2023年も対前年上昇率で全国トップと4位となっている点が注目されます。「TSMC効果」の大きさに加え、周辺地価への波及効果が今なお持続していることが確認できます。
TSMC進出の公表から間もない2021年12月に、県知事をトップとする「半導体産業集積強化推進本部」を設置した熊本県の強力なバックアップも奏功し、県が進出企業と締結した立地協定件数は2021年度に59件と当時の過去最高件数を記録し、2022年度には61件と過去最高をさらに更新しています(熊本県公表)。三菱電機、東京エレクトロン、ソニー等の半導体関連企業による工場の新増設が牽引しているのは言うまでもなく、TSMCの周辺で土地需要が急増しています。
既に「TSMC効果」を十分に享受していると見られる熊本県ですが、2023年7月にはTSMCの「第2工場」も菊陽町付近で建設される予定であることが明らかとなり、さらに一段の地価上昇も期待されます。また足元では、同社は「第3」、「第4」の工場建設も検討中とされます(場所は未定)。その投資額や建設地等の行方とともに、今や地方都市の地価動向をも左右する存在となりつつある半導体業界および同社の動向から、しばらく目が離せません。

(Ⅱ)商業地 ~足元では工事関係者による宿泊特需続く ホテルチェーン大手も進出~

「TSMC効果」は商業地地価にも波及しています。前年比上昇率で全国トップとなった大津町地点をはじめ、県内順位上位4位までは全て地図上にプロットされた地点です。
大きな要因は、5,000人規模とされるTSMCの工場建設作業員らによる宿泊需要の爆発的な高まりです。工場竣工後も出張者等の安定した宿泊需要が見込める上、「第2工場」の建設も2024年夏頃からスタートする予定とされ、さらなる需要の高まりも期待されます。
このような状況下、大津町、菊陽町、熊本市中心部等のエリアではホテルの建設が活発に行われています。1位地点である大津町では、ホテルチェーン大手の東横インによる「東横INN阿蘇くまもと空港(仮称)」(219室)の建設が進められています。開業は2025年春、同社によると、TSMCらの企業関係者の出張需要を見込む、としています。
工場の本格稼働後は周辺の居住人口の増加が確実であるため、持続的な地価上昇も期待されます。

(Ⅲ)住宅地 ~「第1工場」だけで約1万人の雇用効果 周辺地で住宅建設ラッシュ続く~

住宅地上昇率の県内1位と2位も地図上にプロットされた菊陽町の2地点です。TSMC進出に伴う人口流入予測に基づいた企業関係者向けの住宅建設ラッシュが地価上昇を牽引していることは明らかです。
九州フィナンシャルグループによると、「第1工場」の建設がスタートした2022年から2031年までの10年間の経済波及効果は約6.9兆円、TSMCの直接雇用1,700人を含めて、約1万人の雇用効果が見込めるとしています。 2023年9月末時点における菊陽町の総人口は43,803人、うち労働人口と言える20~50代は22,554人5に過ぎないことを考えれば、約1万人の雇用増をもたらす「TSMC効果」のインパクトの大きさが改めて確認されます。なお、以上の試算には「第2工場」の効果を含んでおらず、さらに一段の雇用効果と住宅需要の高まりも期待されます。


5菊陽町ホームページより引用。

Ⅱ.ラピダス(北海道)のケース

ⅰ.ラピダスの工場とその周辺の調査地点(2022年から連続してデータが取得できる地点のみ)

出典:国土地理院「地理院地図」に基準地点を追加して野村不動産ソリューションズ作成

ⅱ.北海道の地価上昇率(前年比)用途区分別・上位地点

【図表4】北海道・工業地の対前年比上昇率ランキングトップ5地点
【図表5】北海道・商業地の対前年比上昇率ランキングトップ10地点
【図表6】北海道・住宅地の対前年比上昇率ランキングトップ10地点
出所:(図表4~6)国土交通省「都道府県地価調査」より野村不動産ソリューションズ作成

ⅲ.ラピダス周辺エリアにおける地価上昇要因の傾向・特徴

(Ⅰ)工業地 ~周辺自治体が新工業団地造成を検討 「ラピダス効果」は既に顕在化~

道内工業地の地価上昇率トップは、地図上にプロットされた「千歳臨空工業団地」の地点です。現時点では、ラピダス進出地である「千歳美々ワールド」に最も近接した工業地の地点であり、2023年9月に着工したばかりの段階でありながら、「ラピダス効果」は既に顕在化していると言えます。
空港、高速道路、港湾の各種交通アクセスに優れ、豊富な地下水にも恵まれた千歳市には、上記2団地を含め、既に11の工業団地が立地し、270社を超える企業が集積しています。その千歳市や、近接する恵庭市、札幌市では、半導体産業の将来的な集積を見据え、相次いで工業団地の新規造成の検討に入っています。
進出地周辺における開発可能な土地面積が熊本県菊陽町周辺に比べて広いことから(ただし、政府は2023年12月にも土地規制を緩和する方針を表明6)、用地確保が相対的に容易であると見られていた千歳市ですが、ラピダス進出決定後は企業用地の取得競争が激化しつつあるとされ、地価の大幅上昇に繋がっていると見られます。
地価上昇は北広島市、札幌市、恵庭市にも波及しています。後述の通り、千歳市以外の地価上昇要因の全てが「ラピダス効果」であるとは言えないものの、一定程度は寄与していると推察されます。かつて世界を席巻した「日の丸半導体」復活をかけた一大国家プロジェクトと言えるラピダスの動向ならびに地価動向を含めた日本経済への影響が今後も注目されます。

(Ⅱ)商業地 ~ラピダス進出地の千歳市をはじめ、上昇率の全国上位を北海道地点が席巻~

上昇率トップ3は、いずれも地図上にプロットされた千歳市の地点です。TSMCの熊本と同様、ピーク時で6,000人規模とされる工場建設作業員らの宿泊需要の他、今後の地価上昇を見込んだ投機的な土地需要等も相応に顕在化していることから、全国でもトップクラスの上昇率を示しています。
また、この3地点に北広島市の3地点が続いており、全国でもトップクラスの上昇率を示している点も注目されます。千歳市と比較的近接した立地条件であるため、「ラピダス効果」も一定程度は享受していると見られますが、現時点における北広島市の地価上昇の主たる要因は、プロ野球・北海道日本ハムファイターズの新球場「エスコンフィールド北海道」を含むスポーツ複合施設「北海道ボールパークFビレッジ」が2023年3月に開業したことと見られます。
いずれにせよ、対前年上昇率の全国上位を北海道地点が席巻している事実から、道央地区の地価上昇に繋がる材料の豊富さが確認できます。ラピダスの事業展開次第の面はありますが、息の長い地価上昇に期待したいところです。

(Ⅲ)住宅地 ~上昇率全国トップ10を道央3市がほぼ独占 住宅需要の高まり続く~

地図上にプロットされた千歳市をはじめ、隣接する恵庭市、「北海道ボールパークFビレッジ」開業に沸く北広島市といった道央地区に位置する3市が全国トップ10をほぼ独占しています。特に千歳市では、ラピダスの工場建設関係者らによる賃貸住宅需要が急増しており、この1年余りの短期間で1LDKの賃料が2~3割程度上昇しているとの地元業者の声も聞かれます。
ラピダスには、最終的に数千人規模が勤務する予定であり、将来的な定住人口の増加を見込んだ開発業者らによる用地取得競争は日に日に激しさを増している模様です。当面、「ラピダス効果」による地価上昇は続くものと見られます。


62023年10月4日、政府は半導体等の重要物資の工場を建設しやすくするため土地利用規制を緩和する方針を表明。農地を含め、開発が制限されている市街化調整区域への工場立地を自治体が許可できるようにする。半導体等を巡って大規模工業用地の不足が課題となっていた。工場建設を後押しし、重要物資の供給体制を強化する。国内投資の拡大につなげる狙いもあるとしている(以上、各種公開情報より)。

Ⅲ.全国各地で過熱している半導体分野への投資の実態と政府の支援内容

ⅰ.全国各地で進行している主な半導体関連工場の新設や増設計画

【図表7】主な半導体関連工場の新設や増設の計画
出所:各社公表資料より野村不動産ソリューションズ作成

ⅱ.半導体関連産業に対する国の支援内容

図表7の通り、「シリコンアイランド」7復活の兆しを見せる九州をはじめ、全国各地で半導体工場の新増設が計画されています。半導体産業に対しては、国も積極的な支援を続けています。本稿執筆時点で、経済産業省が2023年度の補正予算案として約3.4兆円を要求したことが明らかになっています。国が多額の支援を続ける背景の一つに、「半導体」が経済安全保障推進法の「特定重要物資」8に指定されていることが挙げられます。「台湾有事」等の地政学リスクが高まる中、今や半導体は、世界各国の安全保障をも左右する「戦略物資」と化している実態は無視できないポイントと言え、またそれ故に、今後の半導体市場の成長が確実視されている側面もあると考えます。


71980年代の最盛期には半導体生産量の世界シェア10%超を誇った九州地方を指す別名。米国の「シリコンバレー」にならって生まれた言葉。
8供給が途絶した場合に社会生活に支障を来す可能性があるとして、2022年12月に政府が指定した「半導体」、「蓄電池」等の11分野の物資。

Ⅳ.今後の見通し

「シリコンサイクル」による一時的な市況の浮沈は今後も続くと見られますが、半導体市場の長期的な拡大はほぼ確実と見られます。台湾の半導体ファウンドリとの合弁会社設立を通じて市場参入する意向を表明しているSBIホールディングスのような異業種の動きも、さらに活発化する可能性があります。一方、人材不足への対処や、足元では日本の存在感は皆無とされる最先端ロジック分野に挑むラピダスの「勝算」等、注視していくべき課題も少なくありません。
いずれにせよ、北海道と熊本県が象徴するように、半導体工場の新設は周辺地価の上昇等の多大な経済効果をもたらします。日本経済や国内製造業の今後を考える上でも、半導体産業は注目していくべき分野の一つと考えます。

提供:法人営業本部 リサーチ・コンサルティング部

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