オフィスと働き方の新しいかたち ~ABWのメリット、課題、事例などを解説~

ABWとは、Activity Based Workingの頭文字で、業務内容や気分などに合わせて、従業員の生産性を最大にするような働き場所を自由に選択するという働き方のことです。近年、働き方改革やワークライフバランスの重視、テクノロジーの変化等の環境変化を受けて、このABWを導入する企業が増加する傾向にあります。
本稿では、ABWの概要やその背景、メリットや課題、事例分析等を通じて、ABWの理解を深め、今後の展望を考察するとともに、ABWを含めた働き方のあり方についても考察します。


【サマリー】

  • ABWは、業務内容に応じて最適な働く場所を選択できる柔軟な働き方として、多くの企業で注目されています。その利点として、従業員の生産性向上、創造性の促進、ワークライフバランスの向上などが挙げられます。また、オフィススペースの効率化により、企業のコスト削減や環境負荷の低減にも貢献します。
  • 一方で、管理の難しさ、コミュニケーションの低下、セキュリティリスク、導入コストの高さなど、多くの課題も存在します。これらの課題を克服し、ABWを効果的に活用するためには、適切なテクノロジーの導入、従業員の意識改革、オフィス設計の工夫、評価制度の見直しなど、包括的なアプローチが求められます。
  • 今後、テクノロジーの進化と社会の価値観の変化に伴い、ABWはさらに発展し、多様な働き方の選択肢として定着することが期待されます。そのため、企業はABWの導入を単なるオフィスの変更ではなく、組織文化の改革の一環として位置付け、積極的に取り組むことが重要です。

Ⅰ.ABWとは

ⅰ.ABWの概要

ABW(Activity-Based Working)とは、業務内容に応じて最適な場所や環境を選びながら働くことを可能にするワークスタイルのことです。従来の固定席制度を廃止し、オフィス内外にさまざまな作業環境を整備することで、従業員がその時々の業務や気分に応じて自由に働く場所を選択できるようになります。例えば、集中が必要な作業は静かな個室で行い、チームでのディスカッションはオープンスペースやカフェ風のエリアを利用するなど、業務の性質に合わせた環境を提供することが特徴です。この柔軟な働き方により、業務の効率向上や創造性の促進、社員のエンゲージメント向上が期待されます。また、オフィススペースの最適化やコスト削減にも寄与するため、多くの企業で導入が進んでいます(図表1参照)。

ⅱ.ABWが増加している背景

近年、働き方の多様化が進み、従来のオフィス勤務にとらわれない柔軟な働き方の必要性が高まっています。特に、コロナ禍を経て、リモートワークやハイブリッドワークの普及、プロジェクトベースの業務増加、ワークライフバランスの重視といった要因により、企業は従業員にとって最適な労働環境を提供することが求められています。こうした背景の中で、ABWは単なる固定席の撤廃にとどまらず、働く場所やスタイルを柔軟に選べる仕組みとして注目されています。ABWの導入により、社員は業務の種類や個人の働き方に応じて、集中できる環境やコラボレーションが活性化する空間を選択できるようになり、生産性の向上やモチベーションの維持が期待されます。
なお、野村不動産グループでも、2025年の新本社(浜松町)への移転に向けて、働き方や働く環境に求められる価値観が変化した今だからこそ多様な働き方ができる空間づくりを計画。出社時の社員同士のつながりの質を高め、多様な社員が積極的に協同し、知恵を出しあう仕組みを備えた環境づくりのため、2022年より、移転後のワークスタイルを見据えたモデルオフィスを開設し、より効果的な環境構築や働き方を検証の上、新本社の企画に活かしています。

【図表1】野村不動産グループのABWモデルオフィス(労働スタイルによって、様々な場所を選ぶことが可能)

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出典:筆者撮影

ⅲ.ABWとフリーアドレスの違い

ABWとフリーアドレスは、どちらも固定席を設けない働き方ですが、その概念には大きな違いがあります。フリーアドレスは、社員がオフィス内で自由に席を選んで働く制度であり、座席の固定化を防ぐことでスペースの効率化や交流の活性化を目指します。一方、ABWは単なる席の自由化にとどまらず、「業務内容に応じた最適な環境の提供」を重視する点が特徴です。ABWでは、オフィス内に多様なワークスペースを設けるだけでなく、リモートワークやサテライトオフィスの活用も視野に入れ、社員が自律的に働く場所を選択できる仕組みを整えます。このため、フリーアドレスが「オフィス内の自由な席選び」に重点を置くのに対し、ABWは「仕事の種類に適した環境選び」を可能にする、より包括的な働き方といえます。

【図表2】ABWとフリーアドレスの違い
  ABW フリーアドレス
働く場所 ・仕事内容に合わせた席を選択する
・オフィス内に限定されない(自宅・カフェ・サテライトオフィス等)
・空いている席を選択する
・オフィス内に限られる
導入目的 目的に応じて、社員が自律的に働く場所を選択できる 社員がオフィス内で自由に席を選んで働く制度であり、座席の固定化を防ぐことでスペースの効率化等を目指す

Ⅱ.ABWのメリット

ⅰ.働く環境の選択肢が広がり、生産性と創造性が向上

ABWでは、業務内容や個々のワークスタイルに応じて最適な環境を選択できるため、生産性と創造性の向上が期待されます。例えば、集中力を要する業務は静かな個室や図書館のようなスペースで行い、アイデアを出し合うブレインストーミングはオープンスペースやカジュアルなラウンジで実施することが可能です。このように、目的に応じた環境を活用することで、従業員はより効率的に業務を進めることができます。さらに、多様な働き方を受け入れることで、異なる視点を持つメンバーが交流しやすくなり、創造的な発想や新しいアイデアの創出につながります。また、オフィス外のカフェや自宅など、リラックスできる環境で働くことが可能になり、心理的な自由度が高まることで思考の柔軟性が増し、クリエイティブな業務にも好影響を与えます。

ⅱ.ストレス軽減やワークライフバランスの向上

固定席制度では、周囲の環境や人間関係が仕事のパフォーマンスに影響を及ぼすことがあり、ストレスの原因となることもあります。しかし、ABWでは業務に集中できる環境を選択できるため、不必要な騒音やプレッシャーを回避しやすくなり、ストレス軽減につながります。さらに、オフィスに縛られず、自宅やサテライトオフィス、カフェなど柔軟に働く場所を選択できるため、通勤時間を短縮でき、ワークライフバランスの向上にも寄与します。特に、育児や介護など個人のライフスタイルに合わせた働き方が可能になり、仕事とプライベートの両立がしやすくなる点が大きなメリットです。また、働く場所の自由度が高まることで、リフレッシュしながら業務を進めることができ、長時間労働の防止にもつながります。

ⅲ.オフィススペースの効率的利用によるコスト削減

ABWの導入により、従来の固定席制度と比較してオフィススペースをより柔軟に活用できるようになります。固定席を前提としたオフィスでは、従業員の増減に対応するために広いスペースを確保する必要があり、未使用のデスクや会議室が発生しがちです。しかし、ABWでは従業員が自由に席を選択できるため、必要なスペースを最適化し、無駄なコストを削減できます。また、リモートワークやサテライトオフィスの活用を促進することで、企業はオフィスの賃借費用や光熱費、備品コストの削減が可能になります。さらに、オフィス面積を縮小することで、環境負荷の軽減にもつながり、企業のサステナビリティ戦略にも貢献できます。このように、オフィスの効率的な運用は、経済的なメリットだけでなく、企業の持続可能な成長にも寄与します。

ⅳ.従業員満足度とエンゲージメントの向上

ABWは従業員の働き方に対する選択肢を広げることで、仕事の自主性や裁量を高め、満足度やエンゲージメントを向上させます。従業員が自分にとって最適な環境で働くことで、業務への集中力が増し、仕事に対する充実感を得やすくなります。また、異なる部門やチームとの交流が活発になることで、組織内のコラボレーションが促進され、社内の一体感や帰属意識の向上にもつながります。さらに、個々の働き方を尊重する文化が醸成されることで、企業への信頼感が高まり、離職率の低下や優秀な人材の確保にも寄与します。従業員が自由度の高い働き方を実現できることで、仕事へのモチベーションが向上し、結果的に企業のパフォーマンス向上にも貢献するのです。

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Ⅲ.ABWの導入事例

ⅰ.日立製作所(大みか事業所)1

(Ⅰ)概要

2023年、株式会社日立製作所大みか事業所はABWを本格導入し、オフィス環境の抜本的な改革を行いました。従来の固定席を廃止し、従業員が業務内容やタスクに応じて最適なワークスペースを選択できる仕組みを整備しました。例えば、集中作業が必要な場合は静かな個室ブースを、チームでの打ち合わせが必要な場合はオープンなコラボレーションスペースを利用できるよう設計されています。これにより、従業員は自身の業務スタイルに合わせて柔軟に働くことが可能となり、生産性の向上が期待されています。また、リモートワークとの融合も進めており、オフィス出社と在宅勤務をシームレスに切り替えられる環境を構築。デジタルツールを活用したバーチャルミーティングやクラウドベースのファイル共有も強化され、場所や時間に縛られない働き方が実現されています。この取り組みは、従業員のワークライフバランスの改善や、オフィススペースの効率的な活用にもつながっています。

(Ⅱ)変化

組織のフラット化
プロジェクトメンバーが最も実感した効果は、上司や先輩に話しかける敷居が下がったことでした。それを支えたのは、組織構造を意識してしまう固定席から、活動に応じて場所を移動しながら働くABWオフィスへの環境の変化です。
従業員は活動をもとに空間を使い分けるため「席による階層を意識しなくなった」「本来の目的に集中した会話ができる」といった組織階層のフラット化が進んでいると言います。
管理職と若手層の心理障壁が減ったことで心理的安全性が育まれ、組織内のコラボレーションや人のつながり方にも良い影響が生まれつつあります。例えば、少人数でのちょっとした会話や相談がしやすくなったこと、大人数での会議でも発言しやすくなっていることなどが挙げられました。この声は管理職/若手層の両者から聞かれています。

環境を選択できることの重要性
環境の変化によってこれまでのオフィスの働きづらさに気づき、働く環境を選べることの重要性に気づいたことです。
「以前の環境では実は小声で会話をしていた」「集中しづらかった」といった気づきは、普段から効率的な働き方や生産性を意識するワーカーでも盲点になっていることがあります。以前のオフィスでは、声をかけたい相手のところに移動して隣の席に座り、周囲を気にしながら小声で会話していました。しかし新しいオフィスでは通話の際には電話ブース、1on1を実施するときにはダイアログ席など、活動に応じて様々な環境を選べることで、会話に集中することができるようになりました。
またある若手メンバーは自分に合う個人作業空間を選べるようになったことが快適だと話します。個人作業を最も集中して行えるのはカフェのようなリラックス空間で、従来の固定席のデスクは集中しづらいと感じていました。様々な場所を柔軟に選べるABWでは、学生時代によく利用していた学習環境など個人がこれまで培った経験をもとに生産的に働ける環境を素直に選ぶことができます。


1 本事例の内容は株式会社イトーキウェブサイト「ABW国内初事例 日立製作所 大みか事業所様の取り組みのご紹介」および同サイトからのダウンロード資料による。

ⅱ.森トラスト

(Ⅰ)概要

森トラスト株式会社は、2023年5月に本社を移転し、ABWを採用しました。従来の固定席から、業務内容に応じて自由に働く場所を選べるオフィス環境へと転換し、「社員の目的地となるオフィス」をコンセプトに掲げています。以前は5フロアに分かれていた執務エリアを1フロアに統合し、部署ごとに「BASE」と呼ばれる拠点を設け、チームメンバーが自然に集まりやすい環境を整備しました。また、集中スペースやコラボレーションエリアなど、多様な働き方に対応できる空間を設置し、社員が業務に応じた最適な場所を選択できるようになっています。さらに、オフィスデザインには開放的なレイアウトを採用し、快適な働き方を実現するための施策が取り入れられました。森トラストはABWを導入することで、社員の働きやすさの向上と生産性の向上を目指し、オフィスの役割を単なる作業場から「コミュニケーションと創造性を促進する場」へと再定義しました。

(Ⅱ)変化と効果

森トラストのABW導入により、社員の働き方や組織文化にさまざまな変化が見られました。まず、5フロアに分かれていた執務エリアが1フロアに集約されたことで、部署間の壁が低くなり、部署を超えたコミュニケーションが活性化しました。実際、移転後に実施した社内アンケートでは、85%の部署で他部署との交流が増えたと回答しており、組織全体のコラボレーションが強化されたことが示されています(図表3参照)。また、業務内容に応じて働く場所を自由に選べることで、社員の生産性や集中力が向上しました。特に、個人の業務に集中できるエリアとチームで議論を深められるスペースが明確に分けられたことで、業務の効率化が進んだと評価されています。さらに、オフィス環境が柔軟になったことで、出社の意義が再認識され、社員のエンゲージメント向上にも寄与しました。このように、ABW導入は単なるオフィスのレイアウト変更にとどまらず、企業文化の変革にも大きく影響を与えたと言えます。

【図表3】新オフィスへの移転による主な成果

・85%の部署で他部署とのコミュニケーションが増加。
・オフィスの機能に対する満足度が向上した社員77%、出社意欲が向上した社員56%、
・同僚や会社とのつながり意識が向上した社員58%、自社への愛着が増した社員63%。

出所:森トラスト「森トラスト、オフィスに関する調査(2023年7月)」

【図表4】新オフィスの執務空間
20250408_image06.jpg出所:森トラストウェブサイト

Ⅳ.ABW導入の課題

ⅰ.管理の難しさ

ABWを導入すると、従来の固定席制度と異なり、社員が自由に働く場所を選択できるため、組織全体の管理が難しくなります。例えば、オフィスの座席や会議室の利用状況をリアルタイムで把握し、適切に運用するためには、座席予約システムやセンサーなどの導入が不可欠となります。また、上司が部下の業務状況を直接確認しにくくなるため、業務の進捗管理や評価制度の見直しも求められます。特に、成果主義を導入していない企業では、評価の公平性が保たれにくくなる可能性があります。さらに、社員が適切な場所で業務を行っているかを把握するための監視ツールの導入が必要になることもありますが、過度な監視は社員のストレスやモチベーション低下を招くリスクもあります。こうした管理の難しさに対応するためには、社内ルール作りやテクノロジーの活用に加え、管理職の意識改革や社員の自己管理能力の向上が求められます。

ⅱ.コミュニケーションの低下

ABWでは社員がそれぞれ異なる場所で働くため、従来の固定席制度に比べて同僚や上司との日常的な対話が減少し、コミュニケーションの低下が懸念されます。特に、チーム単位での業務を進める際、メンバー同士の情報共有が滞ると、業務のスムーズな進行が妨げられる可能性があります。また、ちょっとした相談やアイデアの交換が自然発生しにくくなることで、イノベーションの創出が減少することも考えられます。この問題を解決するためには、オンラインコミュニケーションツールの活用や定期的なミーティングの実施が重要となります。しかし、オンラインツールだけでは非言語的な情報が伝わりにくく、人間関係の構築が難しくなる場合もあります。そのため、ABWを導入する際は、コミュニケーションが活性化する仕組みを組み込み、バーチャルとリアルのバランスを取ることが必要となります。

ⅲ.セキュリティリスク

ABWの導入により、社員がオフィスのさまざまな場所で業務を行うだけでなく、カフェやコワーキングスペース、自宅など外部の環境で働く機会も増えます。その結果、情報セキュリティリスクが高まります。例えば、社外での業務中に機密情報を取り扱う際、周囲の第三者に画面をのぞき見されるリスクや、公共Wi-Fiを使用することによるデータ漏洩の危険があります。また、ノートパソコンやスマートフォンの紛失・盗難による情報流出のリスクも増加します。こうしたリスクに対応するためには、データ暗号化、アクセス管理の厳格化などの技術的対策が不可欠になります。さらに、社員のセキュリティ意識を高めるための研修やガイドラインの整備も重要となります。しかし、厳格なセキュリティ対策を施すことで、社員の利便性が損なわれる可能性もあるため、そのバランスを慎重に考慮する必要があります。

ⅳ.導入コスト

ABWを導入するには、オフィス環境の整備やITインフラの構築など、初期投資が必要となります。まず、固定席からフリーアドレスへ移行するために、フレキシブルなデスクや会議スペースを設計し直す必要があり、それに伴う内装工事費用が発生します。また、座席管理システムやオンライン会議ツール、セキュリティ対策ソフトウェアの導入も不可欠であり、それらのライセンス費用や運用コストがかかります。さらに、社員が快適に業務を遂行できるように、ノートパソコンやワイヤレスヘッドセット、モバイルバッテリーなどの支給も検討する必要があります。加えて、ABWの導入に伴い、社員への教育や研修を実施する必要があり、これにも時間とコストがかかります。これらの導入コストを回収するためには、オフィス面積の最適化による賃料削減や、社員の生産性向上による業務効率化などの具体的な効果を検証し、長期的な視点でのコスト管理が求められます。

ⅴ.社員にABWの働き方が浸透しない

ABWの導入が成功するためには、社員が新しい働き方に適応し、効果的に活用できることが不可欠です。しかし、従来の固定席や対面での業務に慣れている社員にとって、ABWの柔軟な働き方が理解されず、形骸化してしまう可能性があります。特に、ルールや目的が社員に浸透していないと、結局、いつも同じ席で仕事をしていたり、同じ部署のメンバーで固まってしまうケースもあり得ます。
また、自分に合った働く場所を選ぶスキルが求められるが、適切な場所を選択できない、または適切な場所を選択するのに時間や手間をかけていたりすると、それがストレスになり生産性を低下させるリスクもあります。こうした課題を解決するためには、ABWの目的やメリットを社員に理解してもらうための説明会や研修を実施し、実際に効果を体感できる仕組みを作ることが重要となります。また、成功事例を社内で共有することで、ABWの定着を促し、社員の意識改革を進めることが求められます。

Ⅴ.ABW導入のためのポイント

ⅰ.適切なテクノロジーの導入:クラウドツールやコミュニケーションツールの重要性

ABWを効果的に運用するためには、適切なテクノロジーの導入が不可欠です。特に、クラウドベースの業務ツールやコミュニケーションツールの活用は、分散した働き方を支える重要な要素となります。これにより、従業員は特定の場所に縛られることなく、業務を遂行することが可能になります。また、Microsoft Teamsなどのコミュニケーションツールを活用することで、リアルタイムの情報共有や非対面での意思決定がスムーズに行えます。さらに、プロジェクト管理ツールを導入することで、チーム全体の進捗を可視化し、メンバーがどこで働いていても適切に連携できる環境を整えることができます。ただし、これらのツールを単に導入するだけではなく、従業員がスムーズに活用できるように研修を実施し、適切な運用ルールを設定することが成功の鍵となります。

ⅱ.従業員の意識改革

ABWの導入には、従業員の意識改革が欠かせません。従来の固定席や対面コミュニケーションに慣れた従業員にとって、新しい働き方に適応することは容易ではありません。まず、ABWの目的とメリットを明確に伝え、従業員が理解しやすい形で説明することが重要です。具体的には、「個々の業務内容に適した環境を選ぶことで、生産性を向上させる」「オフィスの活用効率を高め、創造的な働き方を実現する」といったポイントを強調します。さらに、社員自身が働く場所を選択するスキルを身につけることが求められるため、適切な場所を選ぶためのガイドラインを設けることも効果的です。加えて、管理職の意識改革も不可欠であり、従来の「目に見える働き方」から「成果を重視する働き方」へとシフトする必要があります。企業全体でABWの価値を共有し、社員が安心して新しい働き方を取り入れられる環境を整えることが成功のカギとなります。

ⅲ.オフィス設計:フレキシブルなワークスペースの設計

ABWを効果的に運用するためには、オフィス設計が重要な役割を果たします。従業員が業務の内容に応じて最適な環境を選択できるよう、多様なワークスペースを設けることが求められます。例えば、集中して作業を行うための「フォーカススペース」、チームでのブレインストーミングを促す「コラボレーションスペース」、リラックスしながら作業できる「カジュアルワークエリア」など、目的に応じたゾーンを設計することが重要です。また、オンライン会議が増えることを考慮し、防音性能の高い個別ブースや、複数人で利用できる半個室スペースの導入も有効です。さらに、フリーアドレス制を導入する場合、座席管理システムや予約システムを活用し、社員が適切な場所をスムーズに確保できるようにすることが望ましいです。オフィスのデザインにおいては、単に見た目の良さを追求するのではなく、従業員の働きやすさを最優先に考えることが重要です。

ⅳ.評価制度の見直し

ABWでは、従業員がオフィスのどこで働いているかよりも、「どのような成果を上げたか」が重要になります。そのため、従来の勤務時間や出勤日数を基準とした評価制度から、成果主義を重視した評価制度へと見直す必要があります。例えば、目標管理制度(MBO)を導入し、個人やチームの成果を明確に設定し、それに基づいて評価する仕組みを構築することが有効です。ただし、完全な成果主義に移行すると、短期的な目標達成に偏りがちになるため、プロセスやチームへの貢献度も評価の対象にすることが望ましいです。また、定期的な1on1ミーティングを実施し、上司と部下が業務の進捗やキャリアの方向性について対話を行うことで、適切なフィードバックを提供し、評価の透明性を高めることができます。評価制度の見直しを通じて、ABWに適した働き方を促進し、従業員が安心して柔軟な働き方を実践できる環境を整えることが求められます。

ⅴ.ルール作り

ABWを効果的に運用するためには、自由な働き方を支える適切なルールの策定が不可欠です。ABWは従業員が業務内容に応じて働く場所を選択できる柔軟性を持ちますが、ルールが不明確なままだと、業務効率の低下や混乱を招く恐れがあります。そのため、まず基本的な行動指針を明確にし、どのような業務に適した環境が用意されているのかを社内で共有することが重要です。例えば、「集中業務はフォーカススペースで行う」「オンライン会議は防音ブースを使用する」「短時間の打ち合わせはオープンスペースを活用する」など、具体的な利用ルールを定めることが望ましいです。さらに、勤務状況の可視化やコミュニケーションの活性化を図るために、オンラインの在席管理システムを導入し、社員同士がスムーズに連携できる仕組みを整えることも重要です。ルールを策定する際は、一方的に押し付けるのではなく、従業員の意見を反映させ、柔軟にアップデートできる仕組みを取り入れることで、ABWの成功確率を高めることができます。

ⅵ.PDCAサイクルを回す

ABWを導入した企業が成功するためには、PDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルを活用し、継続的な改善を行うことが不可欠です。まず、Plan(計画)の段階では、ABW導入の目的を明確にし、どのような働き方を実現するのか、具体的な目標を設定します。例えば、「業務効率の向上」「オフィスコストの削減」「従業員満足度の向上」など、数値化できる指標を定めることが望ましいです。次に、Do(実行)の段階では、計画に基づいてオフィスのレイアウト変更やITツールの導入、ルールの策定を行い、ABWを試験的に運用します。この際、従業員への説明会や研修を実施し、新しい働き方にスムーズに適応できるよう支援することが重要です。Check(評価)の段階では、導入後の運用状況を分析し、KPI(重要業績評価指標)を基に成果を測定します。例えば、従業員の業務満足度アンケート、オフィススペースの利用率分析、オンラインコミュニケーションツールの活用頻度などを調査し、課題を抽出します。そして、Action(改善)の段階では、評価結果をもとに、必要な改善策を実施し、ABWの運用を最適化していきます。例えば、「集中スペースの需要が高いため増設する」「リモートワークの頻度を見直す」などの具体策を講じることで、ABWをより効果的に活用できます。PDCAサイクルを継続的に回すことで、ABWは単なる制度変更にとどまらず、企業文化として根付くようになり、長期的な効果を発揮することが期待されます。

Ⅵ.まとめ

ABWは、業務内容に応じて最適な働く場所を選択できる柔軟な働き方として、多くの企業で注目されています。その利点として、従業員の生産性向上、創造性の促進、ワークライフバランスの向上などが挙げられます。また、オフィススペースの効率化により、企業のコスト削減や環境負荷の低減にも貢献します。一方で、管理の難しさ、コミュニケーションの低下、セキュリティリスク、導入コストの高さなど、多くの課題も存在します。これらの課題を克服し、ABWを効果的に活用するためには、適切なテクノロジーの導入、従業員の意識改革、オフィス設計の工夫、評価制度の見直しなど、包括的なアプローチが求められます。今後、テクノロジーの進化と社会の価値観の変化に伴い、ABWはさらに発展し、多様な働き方の選択肢として定着することが期待されます。そのため、企業はABWの導入を単なるオフィスの変更ではなく、組織文化の改革の一環として位置付け、積極的に取り組むことが重要です。

提供:法人営業本部 リサーチ・コンサルティング部
リサーチ課 米川 誠

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