私たちは普段、調理や食器洗い、入浴や洗面、トイレなどで、多くの水を使っています。蛇口から当たり前のように出てくるきれいな水は、どのように届いているのでしょうか。マンションの各住戸まで水を届ける方法は、時代とともに変わってきています。それぞれの特徴を知り、物件選びなどに役立てていただければと思います。
昭和の団地では、敷地の中にひときわ高い給水塔が建っていました。いったん高い位置までポンプで水を持ち上げて貯めておき、重力と高低差を利用して団地の各住戸へと水を送り届けるためです。
給水塔にはユニークな形状や色をしたものも多く見受けられ、地域のランドマークのようになっていましたが、団地の建て替えとともに急速に無くなりつつあり、いまやノスタルジーを感じます。
団地ではないマンションで1棟ごとに水を持ち上げ、貯めておくのが「高置水槽方式」です。しかし、屋上から飛び出すような高置水槽は外観の見栄えが悪いこともあり、配水管からの水を貯める受水槽を地上や地下に設置し、水をポンプで加圧して各住戸に送る「受水槽式給水」が普及しました。
建築物の規模が大きくなるほど受水槽の規模が大きくなるため設置スペースは取りますが、屋上に重たい水を載せる必要がなく、美観や建物への負担軽減になりました。
ただし、いったん水を貯める方式は受水槽内での滞留時間が長いと、水質が悪化する場合があります。そこで受水槽の年1回の定期点検や清掃といった維持管理が、水道法や条例により義務づけられています。
それでも水質への不安を感じ新鮮な水を求める居住者が多いことから、配水管の圧力を利用して水を各住戸に送る「直結給水方式」が出てきました。受水槽などの設置スペースを必要とせず、敷地を有効に活用できることもメリットです。
一方で、もし事故や災害などで断水した場合には、貯水機能がないのですぐに給水が止まるというデメリットがあります。
直結給水方式は配水管の圧力に限りがあるため、3階建て程度までの低層マンションで採用されていましたが、増圧ポンプを設置して水を送ることで、中高層のマンションでも水の出が細くなることなく、各住戸で水が利用できるようになりました。
建物が高い場合には増圧ポンプを途中の階に加えたり、建物が横に長い場合には増圧ポンプを並列につなげて給水することもあります。現在建てられるマンションでは直結給水方式がスタンダードとなっています。
給水方式については共用部なので個人で変更することはできませんが、年数がたったマンションでも、大規模修繕工事などの際に受水槽給水方式から直結給水方式にリニューアルする事例があります。
直結給水方式では増圧ポンプが設置されることがあると前述しましたが、高層マンションの低層階では水圧が高いため減圧弁を設けるなどして、どの階の部屋でもほぼ同じような水圧になるように調整されています。
とはいえ、受水槽式給水を含めて、高層階になるほど水圧が低くなる傾向がもともとあり、キッチンやシャワーの水栓からの湯水の出に影響することがあります。築年数が経っている建物や高層マンションの中古物件の購入を検討する際には、水圧も確認したほうがいいかもしれません。
給水の設備で、特に水圧で気をつけたいのがトイレです。最近では「タンクレストイレ」がスッキリとした見た目と、コンパクトなサイズから人気です。
従来のタンク式トイレでは一度タンクにためた水を一気に流すことで洗浄していたものを、タンクレストイレでは水道直結方式で水道の水圧だけで便器を洗浄します。スペースが限られるトイレ空間のなかでは、タンクがないぶん圧迫感が軽減され、足元も広くなるのでリフォームで検討されることも多い機器です。
しかし、タンクレストイレは給水管からの水道の圧力を利用するため、マンションの給水方式や住戸の階数などの条件によっては、洗浄するために必要な水圧が不足することがあります。せっかく設置しても、流れが悪く何度も流さなくてはならなかったり、つまったりするなどのトラブルが起こることもあるようです。
メーカーは、タンクレストイレの機器に対して、設置するための必要最低水圧を指定しています。この数値の条件に、マンションの住戸での水圧が満たしていることが求められます。
先述した高置水槽方式のマンションであれば、階数が高い住戸でも水圧が高い場合があります。その一方、受水槽式給水や直結給水方式では、階数が高くなるほど水圧が弱まりタンクレストイレを設置できないことがあります。
低い階数などでは水圧を満たす場合もあるので、タンクレストイレに交換したい場合は具体的な機器を挙げながら、リフォーム業者などに相談して水圧を正確に測定してもらうのがよいでしょう。
水圧が不足していてもタンクが表に出てくるのを避けたいという場合には、内部に貯水タンクと加圧ポンプを搭載し、水道からの水とポンプからの水の両方で流す製品もあります。
住戸内では、配管を通して水や湯が水栓まで導かれます。マンションの住戸同士で特に避けたいのは、漏水が起こって下階の住戸にまで水が伝わるトラブルです。
配管の素材には亜鉛めっき鋼管や塩ビライニング鋼管が長らく用いられてきましたが、最近では熱や錆に強い架橋ポリエチレン管やステンレス管など、耐久性があり水が漏れにくい素材が主流となっています。
給水・給湯の配管の方法は、大きく分けると2種類あります。1つは、必要とされる個所に応じて継手で分岐する「先分岐工法」です。1つの管から、それぞれの水周りに分岐して枝状に配管していくものです。
従来からある方法ですが、同時に複数の水栓を使うと水圧にバラツキが出やすいというデメリットがあります。また、漏水が起こった場合には壁や床をはがしながら配管をたどって水漏れ個所を探さなければならず、手間が多くかかります。
もう1つは「さや管ヘッダー工法」です。これはヘッダーと呼ばれる給水・給湯を一元で分配する部材を設け、各種の器具へと1本1本単独で分岐させることなく直接配管する方法です。
二重構造となっていて、さや管と呼ばれる蛇腹状のポリスチレン管の中に、樹脂製の給水管を通していくため内管は保護されます。
最初の導入コストは高くなりますが、水漏れのリスクは比較的少なくなり、もし漏水が起きてもヘッダー部と給水先の水栓部の2ヵ所を確認すればよく、手間がかかりません。
また、各所に供給する水や湯の水圧を調整できるため、同時に複数の水栓を開けて給水・給湯しても比較的一定の水量で供給できることがメリットです。
コストを抑えるために、さや管を設けない「ヘッダー工法」もありますが、原理的にはさや管ヘッダー工法のほうが漏水のリスクは減ります。
給排水管は床下にあるので直接見ることはできませんが、新築のマンションでは、設備仕様の説明に先分岐工法か、さや管ヘッダー工法かに関する記載があるでしょう。中古マンションでは、不動産会社や管理組合に聞くことで確認できます。長期にわたるメンテナンスを含めてマンション選びをしたい場合は、さや管ヘッダー工法は1つのポイントとなります。
年数の経ったマンションでは、傷みや錆の激しい配管を撤去してさや管ヘッダー工法に更新する事例もあるようですが、工事は大掛かりになり、コストが高くなります。今後どれほどの期間でマンションが建て替えられるか、また自分たちがどれほど住み続けるかでも、選択肢は変わってくるでしょう。工事業者や管理組合ともよく相談することが必要です。
水や湯は長年にわたって、毎日使うもの。どのような給水方式と配管方式が採用されているかは、使い勝手だけでなく、耐久性やメンテナンスの視点から、マンションの資産価値に関わる1つの目安となるでしょう。
1974年生まれ。建築ライター・エディター。出版物やWEBコンテンツ等の企画・編集・執筆を行い、意匠・歴史・文化・工学を通して建築の奥深さを広く伝える。1997年東京理科大学工学部第一部建築学科卒業、’99年同工学研究科建築学専攻修士課程修了。株式会社建築知識(現・エクスナレッジ)月刊「建築知識」編集部を経て、2004年独立。著書に『日本の不思議な建物101』(エクスナレッジ)、『「住まい」の秘密』<一戸建て編><マンション編>(実業之日本社)など。
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