「SDGsによるまちづくり連携」「産官学金労言」のSDGs連携

SDGsは決してグローバルな舞台や大都市だけのものではありません。日本の地方都市にとってもきわめて重要な概念なのです。SDGsという世界共通のものさしで地方の魅力=「ローカルアイデンティティ」を発見して伸ばし、同時に問題を抱えている部分を改善しようとする自治体主導の取り組みを「地方創生SDGs」と呼びます。この記事では、富山市のユニークな政策を例にあげ、将来の「地方創生SDGs」について考えていきます。

Ⅰ.コンパクトシティ政策とSDGs

「地方創生SDGs」という言葉を知っていますか。
SDGsという世界共通のものさしで地方の魅力=「ローカルアイデンティティ」を再発見して伸ばすこと、同時に問題を抱えている部分を改善していくことを目指す自治体主導の取り組みです。

では、地方創生SDGsのポイントは何でしょうか。私は「センス・オブ・プレイス」、つまり「その場所を特別と感じさせる何か」と表現しています。

SDGs的な観点でその地方の「センス・オブ・プレイス」を生み出すこと。
その世界でも有数の成功例が日本にあることをご存じでしょうか。
1970年代から地域社会の在り方に向き合って政策を打ち続け、2018年度に「SDGs 未来都市」および「自治体SDGs モデル事業」に選ばれている富山市です。

今回は富山市のユニークな政策を分析しながら、将来の「地方創生SDGs」について考えていきたいと思います。

Ⅱ.恵まれた自然エネルギー資源と、山積している課題

富山市は、富山県の中央部に位置する人口約41万人の県庁所在都市です。
豊富な水資源をはじめ様々な自然エネルギーに恵まれ、河川や水路の落差を利用した小水力発電や、市域の約7割を占める森林を活用した森林バイオマスなど、先進的な再生可能エネルギーの導入促進に取り組む自治体としても知られています。

一方で、深刻な課題を抱えていました。
地方自治体では避けて通れない、都市部からの人口流出と、少子高齢化です。2014年をピークに人口は減少傾向に転じ、世帯人数も減少。経済縮小も危ぶまれていくなかで、人口減少時代に地方都市がどのように持続していくかを富山市が模索しはじめたのは、SDGsという言葉も生まれていなかった1970年代です。
その際に描かれた街の未来像こそが、のちの「地方創生SDGs」に深く通じる「コンパクトシティ」構想でした。

Ⅲ.コンパクトシティとは

コンパクトシティの定義は、論者や文脈によって異なりますが、一般的には、

1) 高密度で近接した開発形態
2) 公共交通機関でつながった市街地
3) 地域のサービスや職場までの移動の容易さ

という特徴を有した都市構造のことを示します。こうした街づくりにより、市民全体のライフスタイルに変化をもたらし、環境、経済、社会面での幅広い効果を生むとされているのです。

コンパクトシティを形成すると、ある程度の人口がまとまって居住するため、福祉・商業等の生活サービスの持続性が向上します。また、行政サービスに徒歩や公共交通で容易にアクセスできるようになり、市民の外出が促進され健康増進につながるという生活面での効果も見込まれます。これは医療費削減にも貢献します。
さらに財政面では、公共施設が再配置・集約化等されることで行政コストが削減でき公的サービスの効率化や財政支出の抑制につながります。
こうした複数のメリットを併せ持つコンパクトシティに生まれ変わるため、富山市は「コンパクトシティ戦略による持続可能な付加価値創造都市の実現」を掲げ、2030年までの完了を目指し、自治体を挙げて取り組んでいます。

Ⅳ.コンパクトシティへの2つの戦略

富山市は実際にどのようなアクションをとってきたのでしょうか。
現在の戦略的な柱は二つです。

IoTを活用した「ヘルシー&スマートシティ」
LRTネットワークをはじめとする持続可能な地域公共交通網

具体的な取り組み例をピックアップし、解説していきましょう。

まず、IoTを活用した「ヘルシー&スマートシティ」のために推進される「スマート農業」です。スマート農業導入コンソーシアムを組織し、無人自動運転トラクターやドローン等のスマート農業機械の活用を検討。
実例として「えごま6次産業化推進事業」では、名産品であるエゴマの大規模圃場にAI農機具を導入し、6次産業化を推進。ICTによる効率的な栽培方法の確立を図っています。

次に、市民の「歩くライフスタイル」への行動変容を促す施策が挙げられます。ICT活用により、過度に自動車に依存せず、家にこもることなく、歩いて健康に暮らすライフスタイルの定着を図るものです。
ソフト面も創意工夫に溢れています。特に高齢者の外出機会を増やす「孫とおでかけ」支援事業はユニークな取り組みです。富山市内のファミリーパーク、科学博物館、天文台、郷土博物館等と連携し、孫と対象施設に訪れると入場料が無料となる制度で、「ジージもターダ」「バーバもターダ」というポスターを見れば思わず高齢者が「まちなか」に出たくなる仕掛けです。

https://kyodonewsprwire.jp/release/201504039124

LRTネットワークをはじめとする持続可能な地域公共交通網の形成についても解説します。LRTとは、「Light Rail Transit(ライトレールトランジット)」の略で、代表例は路面電車。乗り降りしやすいよう改良された低床式車両(LRV)などを活用した、道路交通を補完する交通システムです。地方都市に多くみられる昔ながらの交通手段ですが、人と環境にやさしくアクセスもしやすい公共交通として再評価が高まっています。

富山市は「富山ライトレール株式会社」を設立し、「PORTRAM(ポートラム)」「CENTRAM(セントラム)」の市内電車を2006年から2009年にかけて開通。そして2020年、富山駅路面電車南北接続事業により富山ライトレールと市内電車を接続し、15.2kmの路面電車ネットワークを完成しました。
これは交通の利便性が向上しただけでなく、1908年に富山駅が開業して以降100年以上続いた鉄路による地域の南北分断が解消された瞬間でもありました。コンパクトシティというコンセプトによって、自治体と鉄道事業者等の企業が連携し、市民の理解と協力を得て市政上の大きな変化をもたらしたのです。
その利用を促すソフト面での施策は、富山ライトレールや富山地方鉄道らが協働で行う、高齢者の料金を100円とする「おでかけ定期券」。
さらに「とやま花Tram・花Busキャンペーン」と称して、一定の要件で花束を持って電車やバスに乗ると乗車無料になるというシャレた政策まで実施しています。

「とやま花Tram・花Busキャンペーン2023」

Ⅴ.「センス・オブ・プレイス」とSDGs

中心市街地活性化と高齢者政策・健康政策を複合的に組み合わせた「共有価値創造政策」として、暮らす人々が自ら楽しみ、参加するような取り組みを富山市は続けています。
市民の生活に寄り添いながら街の文化・景観に寄与している、まさに「センス・オブ・プレイス」を感じさせる施策です。

こうしたローカル・アイデンティティに根差した多様な取り組みの数々によって、富山市はコンパクトシティ政策の代表例として世界の注目を集めています。
2016年6月にはパリ、メルボルン、ポートランド、バンクーバーとともに、OECD(経済協力開発機構)によりコンパクトシティ政策の事例研究の対象にも選定されました。

Ⅵ.「産官学金労言」のSDGs連携

最後に、これからコンパクトシティと「地方創生SDGs」を試みる自治体が忘れてはならないポイントについて記します。それは、地域全体の「共有価値」をつくりだそうとする姿勢を貫くことです。
これまで紹介してきた富山市の壮大な社会実験は、たゆまぬ関係者連携の努力の上に成り立っていることがわかるでしょう。

本来、地域づくりは特定の組織に任せきりにするものではありません。企業や行政、学校や住民など、すべての人が課題意識を持たなければ成果は上がらないのです。そうした多様な立場の関係者を一つにまとめ上げるために必要なのが、「誰一人として取り残さない」というSDGs のアプローチです。
これにより、環境・産業・教育・防災などで「産官学金労言」の協働による地域活性化が実現可能となるのです。

東京一極集中を是正し、地方の人口減少に歯止めをかけ、日本全体の活力を上げることを目的とした地方創生法は一定の成果を上げてきました。さらにこれを加速させるためには、これまでの「産官学」(産業・行政・教育)に加え、「金労言」(金融・労働・メディア)の連携が求められています。
「言」はメディアです。富山市はメディアへの露出も積極的に行っています。

自治体関係者が「多様な関係者の協働」を促すうえでの留意事項はどんなものでしょうか。重要な点を以下にまとめます。

各関係者の特徴を理解し、各関係者の強みを引き出す
優先課題のすり合わせや役割分担を行う
幅広い関係者との連携・協働の必要性への理解を深める
関係者に関連情報を提供し、情報を入手しやすくする配慮をする
利害対立する場合の調整方法を決める

いまや、企業は、慈善活動的な対応ではなく、本業を通じて活動する時代です。自治体が多様な関係者を呼び込むプラットフォームをつくり、効果的に運営していくことが、地方創生に必ず役立ちます。

このように考えると、 SDGsが各セクターで主流化しているいま、目標17「パートナーシップ」を形成することが SDGs 活用の重要な要素だと思います。 SDGs という価値観と目標を通して対話を深めることは、「産官学金労言」が協働で地域活性化を目指すにあたり、避けて通れないパートナーシップや相互の関係理解を深めるために極めて有効です。

SDGs のアプローチによって、ますます地域活性化が進んでいく将来が期待されます。

笹谷 秀光(ささや ひでみつ)

1976年東京大学法学部卒業。 77年農林省(現農林水産省)入省。2005年環境省大臣官房審議官、06年農林水産省大臣官房審議官、07年関東森林管理局長を経て08年退官。同年に伊藤園入社。取締役等を経て19年4月退職。2020年4月より現職。日本経営倫理学会理事、グローバルビジネス学会理事、人サステナビリティ日本フォーラム理事、宮崎県小林市「こばやしPR大使」、文部科学省青少年の体験活動推進企業表彰審査委員、未来まちづくりフォーラム実行委員長(2019~)。主な著書『Q&A SDGs経営 増補改訂・最新版』(日本経済新聞出版社・2022)、『SDGs見るだけノート』(監修・宝島社・2020)、『3ステップで学ぶ自治体SDGs』全3巻(ぎょうせい・2020)。企業や自治体等でESG/SDGsに関するコンサルタント、アドバイザー、講演・研修講師として、幅広く活躍中。 笹谷秀光・公式サイト「発信型三方良し」https://csrsdg.com/

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