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東京オリンピック・パラリンピックが「中止」となった場合の不動産市場への影響に関する考察

提供:法人営業本部 CRE情報部 2021年2月15日

海外ではイギリスで都市封鎖が行われるなど新型コロナ感染症の影響はまだまだとどまるところを知りません。我が国においても1月8日より一都三県を対象とした「緊急事態宣言」がなされ、その後他の府県にも拡大されています。

こうした事態を受け、今年の夏に延期された「第32回オリンピック競技大会(2020/東京)」「東京2020パラリンピック競技大会」(以下あわせて「東京オリンピック」とします)の開催がやや困難になったと考える方もいらっしゃると思います。

東京オリンピックは国際平和に寄与するすばらしいイベントでありその中止は国内外に様々な影響を与えることと思いますが、新型コロナの拡大を前にしてその開催については予断を許さない状況といえるでしょう。

この状況を踏まえ本稿では、東京オリンピックが仮に中止となった場合、経済の面から国内不動産市場に及ぼす影響について検討したいと思います。検討にあたっては下記前提をおきます。

①新型コロナの新規感染者数が増加しつつあり、世界における日本の不動産の優位性に陰りが発生する可能性がある状況ではありますが、本稿では東京オリンピック中止の影響のみを他の新型コロナが不動産市場に与える影響とは切り離して検討します。

②不動産市場の動向を決定づける一般経済への影響について、各種発表等を参考に本稿における想定を行い、それを元として不動産の各市場を検討します。

I.「東京オリンピック中止の一般経済における影響について」の本稿における定義

1.東京オリンピックの予算について
東京オリンピックの予算は1兆6440億円※1となると公表されており、東京都と東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下「組織委員会」とします)が約7000億円ずつ、国が約2000億円拠出します。

東京都は年間予算15兆円、起債依存度も低く、オリンピック関連費用は既に積み立てられている基金からも捻出しており堅実な支払ができると考えます。組織委員会についてもスポンサー収入やIOCの負担金で拠出金の大部分を調達※2しており、もし不足する資金がある場合でもその実質的負担は予算規模の大きい東京都か国が替わって行うであろうことから、金融環境や税制を含む一般経済に大きな影響を与える事態にはならないと想定します。

また東京都の財政を見ると2019年には約9000億円あった東京都の財政調整基金※3が新型コロナ対応で2020年には約800億円になってしまったようですが、3つのシティ※4実現に向けた特定目的基金が9000億円積み立てられていることもあり少なくともここしばらくの間は不動産分野への投資も堅調であると想定します。

2.経済効果について
(1)将来的な経済効果の減少
大会前に見込まれていた経済波及効果については、国立競技場をはじめ既に資金が投じられている分野については一次の経済効果が達成されていますが、将来的な経済効果である「レガシー効果」の一部が得られない可能性があります。

「東京 2020 大会開催に伴う経済波及効果」※5によると、2013年(大会決定直後)から2030年までの経済波及効果は14兆2187億円とされていますが、その内約64%(9兆1666億円)はレガシー効果である「経済の活性化・最先端技術の活用」分野、具体的には「観光需要の拡大」「国際ビジネス拠点形成」「中小企業の振興」「ITS・ロボット産業の拡大等」(以下「経済の活性化等」)」とされています。

特に観光、国際ビジネス拠点、中小企業振興は東京オリンピックが各国に取り上げられ、各国の人々が来日することによる宣伝効果を期待していると思われ、商談の場やマーケットとしての注目と併せ中止はその効果を削減するものと考えられます。

一方でこれまでの活動により観光面を中心にこの分野に一定の効果があったと考えることもでき、今後も東京都や国は世界から日本への視線を集めるよう活動していくであろうと予測されます。

それらを考えると、「経済の活性化・最先端技術の活用」分野についてのレガシー効果は減少するもののなくなるのではなく、想定通りではなくとも一定程度その効果はあるものと想定をします。

(2)イベントが取りやめになることによる経済効果の減少
一ヶ月半に渡る競技大会を中心として各種イベントが取りやめになることにより、特に関連のある以下の業種や事項については利益が得られなくなる可能性があります。

①宿泊、飲食、観光、物販、交通、会場準備等東京オリンピック等観戦によるもの
②広告需要や事前・事後の各種イベント、仮設・臨時設備等準備に関する事項
③家電需要の拡大

中止することによる経済への打撃の大きさが大きいことはいうまでもありませんが、イベントが取りやめになることによる損失は、日本経済全体の規模から考えると一期間の一定の業種にとどまり、国内の金融環境や所得環境の大きな変化をもたらすわけではないと想定します。

また日本のオリンピックの中止による世界経済へのマイナスの波及効果も限定的であろうことから経済全体の収益や株価への影響も一定程度にとどまるものと想定します。

3.まとめと備考
東京オリンピックの中止はイベント取りやめによる直接的な逸失利益もさることながら世界にアピールする機会が損なわれることによる将来的な経済波及効果の減少が一定程度発生させることになるものと想定します。

他、下記事項の発生も想定されますが、本稿では勘案いたしません
・国民の心理的な面から発生する経済面のマイナス、かけられていた保険金の支払いによる保険会社の損益悪化、スポンサーによる想定していた広告効果の喪失等他の経済的損失
・東京オリンピック後の不況(現在のところ、建築費、民間消費や失業率等について大きな変化の予測は認識しておりません)
・オリンピックの中止が逆に株価上昇等の資産効果をもたらす場合(東京オリンピックの中止が新型コロナの拡大を防ぎ、中止による経済的損失よりも早期の収束によるプラスの効果がより大きいと市場に判断された場合等)

II.不動産市場への影響

1.住宅市場
高級賃貸住宅については、今後の国際金融都市計画が滞り高所得の外国人居住者の伸びが抑えられることによる影響が懸念されますが、金融環境、所得環境は安定的である想定ですから、住宅市場は堅調に推移すると想定されます。

選手村として活用できない場合の晴海フラッグの販売についても今のところ大きな影響は想定されません。総じて売買、賃貸ともに現在の需給は安定的であり、相場が急落することは想定しにくいものと考えます。

2.オフィス市場
当社既発行レポートでは、既に計画されているオフィスの供給計画と首都圏の人口減少、テレワークの影響が市況の悪化につながる可能性があることを懸念点としています。

現在のところ、新型コロナの影響が比較的軽微であるとして売り手・買い手ともに活発、資金調達は問題ない状況ではありますが、国外へのアピール機会が損ねられ、東京の国際金融都市への進みが遅くなれば、需要の増加が抑えられるため市況悪化後の改善ペースが鈍る可能性もあろうかと思います。

3.宿泊・商業用不動産市場
新型コロナ前のホテルの稼働率は非常に高く、今後のアジア経済の活性化を念頭におくと、政策に変更がなければ現在低迷している観光需要はいずれ新型コロナ発生前の水準に戻るであろうと考えます。したがって、現在の物件の所有者がそれを維持できるかどうかは別として、将来的なホテルの物件価値は底堅いとものと考えます。

ところで2016年に政府は訪日外国人数について2020年に4000万人、2030年に6000万人の目標を立てています。2016年当時2400万人だった訪日外国人数は2019年には3190万人と3年で1.3倍強と大きく増加しました。東京オリンピックの開催決定はこの増加に寄与したものと思われます。

中止によるプロモーション効果の減少はこの目標の達成をペースダウンさせる要因となりえ、ホテル用地の取得意欲は新型コロナ前の水準には至らず、行き過ぎた土地取得競争は調整されるものと考えます。都心の用地売却希望者は新型コロナ前の価格水準の確保を目指していき、集合住宅の需要がそれに答えることになる可能性もあろうと考えます。

また低迷する地方経済の起爆剤としての外国人の観光需要の増加はより長く時期を待つこととなり、その分野での建築や雇用の伸びも限定的となると思われます。

商業用不動産については、観光需要との関係はホテル同様ですが、東京オリンピックとは別の要因にはなりますが、新型コロナによる個人の行動変容が今後の収益性に影響を与える可能性があろうかと考えます。

4.工場・物流不動産市場
中小企業の製品をアピールする場は減少し、生産の増加に必要な土地需要が減少する可能性はありますが、土地相場に大きく影響をおよぼすまでには至らないと考えます。物流不動産への需要は堅調であると考えます。

5.投資用不動産市場
これまでの各分野の不動産の状況のもと、相続対策、富裕層、機関投資家を含め国内勢は堅調と考えます。

東京オリンピックの中止やそれ以後の経済の停滞による不動産相場下落を念頭におく購入希望者が市場の多数を占める場合には、売主とのギャップが発生し、成約が滞る可能性もわずかながらあるとは思いますが、基礎的要因に大きな変化がないことから当該ギャップは売主の希望に沿う形で数か月の間に解消されると考えます。逆にこれまで待ちであった購入希望者も動き出し市場が活性化する可能性すらあります。

外国人投資家については、日本買の理由として東京オリンピックの開催を材料には使うことはできなくなるマイナスはあるとしても、新型コロナの日本のダメージが相対的に少ない状況が続き、国内経済も想定通り推移するならば、投資の水準が低下することはあるかもしれませんが、姿勢が逆になることはないと考えます。

III.最後に

東京オリンピックが中止となった場合の不動産市場への影響は、主に海外に対するプロモーション活動が減少し、日本のプレゼンスの向上が限定されることに起因するものと想定しています。東京オリンピックが中止になった場合でも日本のプレゼンスを向上させる政策の継続により、開催した時と同じレガシー効果を期待します。

※1:出所 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会HP。
当該予算には他の用途でも用いられる関連経費が含まれていない等の課題が指摘されていますが本稿では当該金額を採用します。

※2:組織委員会の収入の内訳
IOC負担金 850億円 TOPスポンサー 560億円 国内スポンサー 3,500億円 ライセンシング 140億円
チケット売上 900億円 その他 350億円 増収見込 760億円
収支調整額150億円
収入計7,210億円
※3:自治体が財源不足や緊急の支出が生じた場合に備えて「貯金」として積み立てる基金
※4:東京都が目標とする セーフシティ、ダイバーシティ、スマートシティの総称
※5:経済波及効果について
平成 29 年 4月東京都 オリンピック・パラ準備局作成の 「東京 2020 大会開催に伴う経済波及効果」によると2013年(大会決定直後)から2030年までの経済効果は、直接的効果が施設整備費、大会運営費等で19,790億円、レガシー効果が122,397億円とあり、恒久施設の活用や選手村の後利用の他、「経済の活性化・最先端技術の活用」として観光需要の拡大、国際ビジネス拠点形成、中小企業の振興ITS・ロボット産業の拡大等で91,666億円と想定されています。

※内容は2021年1月15日時点のものです

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