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老後の暮らしとお金のコラム60歳からの教科書『豊かな住まい方』

2018/04/04
後半戦の幸福論

年明けに父が亡くなった。92歳の大往生である。本人の意思で過剰な医療行為を受けず、最後は眠るように穏やかに逝った。

通夜や告別式、一周忌、三回忌、七回忌とつづく法要の場で、いつも住職が語る言葉がある。「功徳(くどく)」という言葉だ。宗教的には、現世、来世の幸福をもたらすもとになる良い行いという意味のようだ。
死者はもうこの世に存在しない。だから、助けてくれるわけでも直接自分に利益をもたらしてくれるわけでもない。そうした相手に対して、見返りを期待しないで悼み、供養すること。それが尊いことなのだというのだ。仮に来世なんて信じていなかったとしても、死者を弔って心を寄せることは昔から人類がしてきた無償の行為だ。だから、宗教的理解は別にしても十分リスペクトできるし、そうした見返りを求めない貢献が人生に潤いを与えることも納得できる。

「中くらいの幸せ」は、お金で買える

人生の後半戦に何をなすかを考える時、この感覚は大事だと思う。後半は前半の自分の人生に対する恩返しと考えて、見返りを考えず、何に対して貢献するかを自分でデザインする必要があるのだ。
クールに言えば、前半に貯めたお金や信用を、後半にどう使っていくかということ。人生が延びたことであり余る時間をどう使っていくかという美学にも関わっている。私には、このテーマについて詳述した『中くらいの幸せはお金で買える』(筑摩書房)(https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480878858/yononakanet-22)という著書がある(5月初旬、ちくま文庫より『人生の教科書[おかねとしあわせ]』として発売)。

日々感じる「小さな幸せ」はお金では買えない。それはもっぱら心がけによるからだ。花が好きな人にとっては、今朝花が咲いたことは一日の始まりの気持ちを幸せにするだろう。あるいは、便秘気味の人にとったら、きちっと排便があること自体、今日の幸福感につながるだろう。一方、人生を賭けた大きなチャレンジを達成した時に感じる「大きな幸せ」も、お金では買えない。
でも、「中くらいの幸せ」ならお金をかけると実現する可能性が高くなる。ただし、上手な使い方のテクニックはある。オシャレに使うには知恵が必要なのだ。

60歳を過ぎたこれからは「持っているお金をどのように美しく使えるか」にあなたの人生の美意識が表現される。それはひいては子や孫にその価値観を伝染させていくことにもつながるだろう。
息子や娘に家や車を買ってやったり、旅行費用を負担して直接的なスポンサーの役割を演じよと言っているわけではない。むしろ、直接的なスポンサーになるのではなく一見関係のない場所にお金を投じて、その事実が回りまわって子や孫からのリスペクトに結びつく方がオシャレだと思う。「おじいちゃん、おばあちゃん、カッコイイね」と言われる生き方だ。あるいは、それは死んでからの評価になるのかもしれない。「じつは格好良かったんだね」とあとから噂されるような(笑)。

ラオスに学校を作り、子どもたちの絵をもとにしたTシャツをデザインする

具体的な例を挙げてみる。ラオスで私自身がやっている貢献だ。
第3話にアジアに10年間で200を超える学校を寄贈している「アジア教育友好協会(AEFA)」(http://www.nippon-aefa.org)の話を書いた。この団体をサポートしつつ、私は、ラオスとネパールで義務教育を受けられない子どもたちのために学校を建設するための「アジア希望の学校基金(WANG/Wisdom of Asia for Next Generation)」(http://www.yononaka.net/wang/index.html)を縁あって設立した。
 
2018年までで7校の学校のファウンダー(創立者)となったのだが、それぞれ250万円から750万円のお金を投じ、2回、現地を訪問して開校式にも臨んだ。本年3月末には、リクルート社主催の高校生向けライブ授業で共演したキングコングの西野亮廣さんと一緒にラオスを訪ねた。前に高校を建設したパチュドン地区のさらに奥地にある少数民族の村(パコ族のピコ村:すごく可愛い名前だと思いませんか笑)に8校目のファウンダーとして学校を建てることを決めているのだ。

ここで西野さんの得意な絵を、チョーク1本で子どもたちに教えてもらう。

さらに、ここを拠点に面白い仕掛けも考えている。
すでにラオスの子どもたちが描いた「象」の絵を200点ほどAEFAが持ち帰ってきているのだが、私が選んだ1点を協力会社のデザイナーに頼んでTシャツにしてもらう。

協力してくれるのはセブン・ユニフォーム社。社長は奈良出身で一条高校にも何度も来られた面白い人物だ。日本のディズニーランドの制服を全て供給している会社だと言ったら、びっくりするだろうか。
デザイン案をスタディサプリラボに持ち込んで、高校生の前で西野さんと協議。その時の写真がこれだ。

試作品を作り、今回のラオス訪問時にユニフォームとして着て行った。
Tシャツはこの象のイラストを超ミクロにしたものを敷き詰めたモノトーンなデザイン。千鳥格子のような模様に近い。ラオスの国名の由来は「100万頭の象」からきているから、身体中に守り神が100万頭いるよ、という感じにしたいと考えた。また、その胸に愛知のメーカー・ラカム社オリジナル製作のカラフルな「象」のバッチを付ける。日本でしかできない立体加工の刺繍でだ。このバッチはそのままポロシャツにも、場合によってはブレザーにも付け替えることができるだろう。

なんでここまでデザインにこだわるかというと、このTシャツは東京オリンピックに来日するラオスのナショナルチームのユニフォームに採用してもらうことを狙っているからなのだ。
今から東京オリンピックの日本代表のユニフォームをデザインする政治力はないが、ラオスのナショナルチームなら全部で30人くらいだろうし、十分にチャレンジ可能だと思った。それでこのプロジェクトを、ラオスのオリンピック代表チームのユニフォームを勝手にデザインしてみようというものだから「ラオーッ!」というコードネーム(暗号符丁)で呼ぶことに。象の鳴き声「パオーッ」にも似てるでしょ(笑)。
才能のある人たちに寄ってきてもらえる企画には、こういう遊び心が大事なのだ。その遊び心が一条高校の講堂建て替えにも結びついた。その話もしよう。

オリンピックスタジアムの建築家・隈研吾設計の一条高校新講堂「一条丸」

奈良一条高校の校長としての任期は2年間で、今春、東京に帰ってきた。
まず、WiFiを本格的に設備して生徒自身のスマホを授業で自由に使える環境を整備した。Cラーニングというシステムを導入し、いつでも意見聴取できるアンケート機能が強化されたことで、生徒から意見や質問、授業に対する評価などがフィードバックできるようになった。
メールのように意見を打つと教室のスクリーンに瞬時に一覧されクラス全体で共有できる。昨年末に実施した生徒による学校評価や授業評価も、それまでは紙でやっていたものをスマホから送信してもらうようにしたから、教員がいちいちパソコンに打ち込み直す必要がなくなった。また、職員会議や朝の職員朝礼も教員全員に配布したタブレット上で、Cラーニングの掲示板機能を使って情報共有できるようにした。1000人規模の学校だと職員会議1回に1500枚の紙を使うことになるのだが、それがいらなくなり教員の手間が大いに省かれた。

2020年に学科の再編成やカリキュラム改定を含む大きな改革を準備したり、そのための人事の世代交代も行ったが、これは企業秘密にも属する話だし、何よりこれからの教員の努力次第で内実が昇華していくだろうから、私自身が語らないほうがいいだろう。

2020年には、一条高校は中身だけでなく外観も大いに変わる。建設から60年以上経った講堂を建て替えることになったのだ。
2016年末までは、学校にも奈良市にも建て替え計画はなかった。生徒も教員も保護者も、古いけれど大事に使うしかしょうがないと思っていたのだ。ただし、よく調べてみるとこの建物は現在の耐震基準(Is値0・7以上)の10分の1しか満たしていない危険な建物であることがわかった。
そこで、まず私が友人の一級建築士に頼んで、建てかえるとしたらこんな感じの魅力的な建物になるだろうというパースを描き、それを「校長の初夢」と称して2017年冒頭の始業式で講堂のスクリーンに映し出したのだ。ついで、保護者の会に働きかけて奈良市への建て替え要望書を提出。同時に5億円以上と予想される建築資金の寄付集めをスタートさせた。

結果的には、この運動が実を結び、6月には議会で建て替えを前提とする答弁がなされ、10月には無名の頃からの友人でオリンピックスタジアムの建築家・隈研吾氏を招いて「講堂の建てかえを考える」という「よのなか科」の授業が行われた。市長も教育長も参加しての授業で、NHKや奈良テレビで中継され、評判となった。

こうした流れを受けて、隈研吾建築都市設計事務所が新講堂「一条丸」の基本設計を担当することになり、2月7日に図のようなデザインとする記者会見が行われた。

ただし、まだまだ寄付が足りない。「ふるさと納税」を含めて、2020年までに5000万円以上集めたいのだ(3月末現在、1年かかってやっと647件1979万円)。

そこで、新講堂「一条丸」の800席の椅子のネーミングライツを一席ごとに売る奇策を考案した。一席5万円で背板の裏に金の名盤を貼り付け「 **年卒 藤原和博」のように名前を刻み込むのだ。これで、800席売れれば総額4000万円の寄付が集まる。もちろん席の所有権を不動産として売るわけではないし、スポンサーしたからといっていつもキープしてあるわけでもない。単なる貢献の証である。
だから「想い出の椅子(レガシー・チェア)」(http://www.naracity.ed.jp/ichijou-h/index.cfm/1,3618,31,html)と呼ぶことにした。

還暦、喜寿、卒寿、米寿、白寿記念などで母校に自分のネーム入り椅子を残すレガシーのスポンサーはいかがでしょうか?・・・と、2万7000人を超えるOBOGに働きかけるキャンペーンを行う。これなら、一条高校OBOGの父や母のために、5万円をプレゼントとして寄付する孝行な娘や息子がいてもおかしくないだろう。
私がこのプロジェクトに心血を注いだのは、これが50年、100年残る奈良へのレガシー(文化遺産)となるからだ。

こうした努力のおかげで、一条高校はこの2年間「奈良で最も通いたい高校」であり続けた。受験人気の先行指標である公立校の特色選抜(一般の入試より3週間早く実施される推薦入試の一種)の応募倍率で、昨年度は県立高を抑えて一条の人文科学科が3,15倍でトップ、本年度は数理科学科が3,20倍でトップとなった。

これで、全12回の連載は最終回となる。
ここまでお付き合いくださった読者の皆様に感謝の気持ちを込めて繰り返す。
お金を美しく使おう。どうしたら美しく使えるのかを、試行錯誤しながら学び続けよう。

執筆者:藤原和博

教育改革実践家/『人生の教科書[家づくり]』著者
1955年東京生まれ。東京大学経済学部卒業後、株式会社リクルート入社。東京営業統括部長、新規事業担当部長などを歴任後、1993年よりヨーロッパ駐在、96年同社フェローとなる。2003年より5年間、都内では義務教育初の民間校長として杉並区立和田中学校校長を務める。2008~2011年橋下大阪府知事特別顧問。14年武雄市特別顧問、2016年春から奈良市立一条高校校長に就任。
リクルート在職中に注文住宅・リフォーム情報誌の創刊に携わる。37歳から家族でヨーロッパに移住。自然豊かなロンドンの住宅やパリのペントハウスに住んだ経験を活かし、東京に家を建て、2016年4月より奈良市に91歳の父と85歳の母と同居。

「よのなかnet」藤原和博のデザインワーク
http://www.yononaka.net/

人生の教科書[家づくり]―筑摩書房
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480421623/
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