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住まいに対する意識が変わったのは、社宅で一人暮らしを始めた頃からだ。
父が裁判所に勤める公務員だった関係で、生まれたのは、昭和30年代初期の長屋のような木造の公務員住宅だった。その後、当時先進の鉄筋コンクリート造りのモデル住宅が建ち、そこに移った。東京オリンピックの年には、アパートの横にある教育大駒場(現・筑駒)の体育館にバレーボールの日紡貝塚が練習に来るというので皆で覗きに行った覚えがある。公務員住宅は2度転居したが、その後は父が購入したマンションに居候していた。社宅での一人暮らしは27歳からだったと思う。
それまでは両親の住まいで一人部屋をもらい、ホテルのように寝に帰るだけだった。入社したリクルートでは、朝7時過ぎには家を出て夜も11時前に帰ることはなかった。文字通りの「セブンイレブン生活」だったのだ。
20代後半になって少し余裕が出たこともあり、もともと興味があった絵画を購入するようになった。当時、一世を風靡した山縣ヒロミチやティン・シャオ・クァンのシルクスクリーンだ。
だから、2LDKの勝どきの社宅に住み始めた時には当然、絵を持ち込んで各部屋に掛けた。
この時、ふと「家にたまたまいくつか絵がかけてある」というより、「美術館に住んでいる」と考えたほうが盛り上がるなと考えついたのだ。
早速、銀座の伊東屋に出かけて行って「かちどき美術館」と銘の入った表札を作り、玄関ドアの横に掲げた。ちょっと高級そうなマークは友人に頼んで作ってもらった。それからは、画廊などに入る時も、会社の肩書きではなく「かちどき美術館 藤原和博」とサインするようにした。
これだけで、ずいぶん気持ちが豊かになった気がしたものだ。
調子に乗って、ベランダの手すりに付属している物干し竿を通す金具の上に、東急ハンズで買ってきた2メートル長の板を渡し、ハイチェアを4つ置いてバーカウンターにした。正面には観光船が行き来する隅田川、左手に勝鬨橋と築地市場、その奥に東京タワーが見える絶景だったからだ。
お客さんを接待するのも、銀座のバーより、自宅に連れてきて飲む機会が増えた。まずリビングでテイクアウトのお好み焼きなどをご馳走してから、わざと閉めてあったカーテンをおもむろに開け、「当美術館最高の傑作は、作者不詳のTOKIOでございます!」とか言いながら、ベランダに案内するのだ。これは、ウケた!
当時、雑誌「SPA!」(扶桑社)に掲載された、自宅のバーカウンターの写真
永福町に自宅を構えてからも、「永福町美術館」のマークを作ってロゴにしていた。ちなみに、玄関の格子ドア越しには正面に、ティン・シャオ・クァンの「パラダイス」、ダイニングとつながった和室の奥の床の間のようなスペースには、同じ作家の「母と子」が飾ってある。
ダイニングにつづく和室にはティン・シャオ・クァンの「母と子」を飾っている
私のお勧めは、有名アーティストの絵を高いお金を出して買うのではなく、リゾート地のギャラリーなどに飛び込んで偶然見つけた無名の新人を育てること。気に入った作品を見つけたら、まず、買ってみるのだ。
200万円とか2億円とかで有名作家の絵を買うより、新人作家の作品に2万円くらいを出資して飾ったほうが楽しい。その作家と親しくなれば、オリジナルの一点ものを製作してもらうことも可能になる。
実際、そうやって知り合って長く家族ぐるみの付き合いをしてから、注文して描いてもらった作品が羽根木の森のコーポラティブ・マンションにある。スペイン在住の画家・神津善之介(中村メイコの息子さん)の作品だ。森の中のマンションなので、水墨画の掛け軸のように森を描いてもらった。
神津善之介さんに描いてもらった作品。羽根木の森のコーポラティブ・マンション内に飾っている
同じように、「家にたまたまピアノが置いてある」というより、「音楽堂(コンサートホール)に住んでいる」と考えるとワクワクする。孫や子どもがそのピアノを弾いてくれれば申し分ないが、ピアニストを連れてきて、にわかコンサートと洒落込む手もあるし、仲間を呼んでちょっとしたパーティーをしても楽しい。
うちもピアニストは育たなかったので(笑)、息子の誕生日にピアノ・デュオ「デュエットゥ」(http://duetwo.com)を呼んで、中古ピアノとおもちゃピアノの連弾でミニ・コンサートをやってもらったことがある。
「美術館」や「音楽堂」に限らない。
玄関横の下駄箱の上に孫が集めたセミの抜け殻だけを5年分集めた「博物館」でもいいし、空いている部屋をレゴの建物や車で埋め尽くした「レゴランド」に住んでもいい。
そうして、あなた自身が「美術館」や「音楽堂」の館長の名刺を作って持ち歩けば、コミュニティにいつもと違ったモードで登場できるだろう。新しく出会う人々にも、新鮮な印象を与えられる。
コミュニティでは、できれば夫婦で招き合うのがいい。日本の社会では、夫婦で参加・招待するスタイルはまだ定着しているとは言い難いが、人生の後半戦は、一人より二人主義の方が何かと生きやすいからだ。
ほかにも、還暦のお祝いなどを、自分たちから仕掛けてみても面白い。娘たちにサプライズで仕掛けられるのもいいが、自分で演出すれば、あなた自身の人生の過去、現在、そして未来をプレゼンするような場になるだろう。
コミュニティでの人間関係をより豊かなものにするには、マンネリに陥ることのないように、継続的な投資が必要だ。ちょっとしたサプライズを仕掛けながら、ワクワク、ドキドキのトキメキを演出することは、若さを保つ秘訣だと思う。住まいにもそんな一工夫を凝らしたい。
教育改革実践家/『人生の教科書[家づくり]』著者
1955年東京生まれ。東京大学経済学部卒業後、株式会社リクルート入社。東京営業統括部長、新規事業担当部長などを歴任後、1993年よりヨーロッパ駐在、96年同社フェローとなる。2003年より5年間、都内では義務教育初の民間校長として杉並区立和田中学校校長を務める。2008~2011年橋下大阪府知事特別顧問。14年武雄市特別顧問、2016年春から奈良市立一条高校校長に就任。
リクルート在職中に注文住宅・リフォーム情報誌の創刊に携わる。37歳から家族でヨーロッパに移住。自然豊かなロンドンの住宅やパリのペントハウスに住んだ経験を活かし、東京に家を建て、2016年4月より奈良市に91歳の父と85歳の母と同居。
「よのなかnet」藤原和博のデザインワーク
http://www.yononaka.net/
人生の教科書[家づくり]―筑摩書房
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480421623/
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