ノムコム60→ > 老後の暮らしとお金のコラム > 60歳からの教科書『豊かな住まい方』 > 象徴的な一つのものから、リフォームやリノベーションをデザインする
リフォームでもリノベーションでも、あちこち直し始めると、あっちのデザインとこっちのデザインがちぐはぐになってしまうことがある。インテリア・コーディネータに依頼した場合でも、最初に色々インタビューを受けるのだが、何がいいのか、自分の好みの色味はどうか、材質はどうなのか、なかなか素人には確信が持てない。また、後からちょっとしたことで意見が変わったりもして、夫婦で決めなければならない場合などは、さらにややこしい(苦笑)。
そうした時、便利な方法がある。
自分が気に入って長年使っているものや、夫婦で一致して趣味が合ったものを1つ選んで、まず、全体のコーディネートの「素」となるものを決めるのだ。「味の素」のような隠し味とも言えるし、全体デザインの象徴となるもののことだ。
1個の茶碗でもいいし、バッグでもいい。お気に入りのぬいぐるみでもいいし、大好きな花でもいい。望むリフォームの方向性を決めるために、一つ、象徴となるものを選んで、他のものは全て、その色味や質感に合うものをコーディネートしていく。
37歳の時、ロンドン大学ビジネススクールの客員研究員として家族とともにロンドンに渡った。そのとき在籍したのが「センター・フォー・デザイン・マネジメント」という部門。アンジェラ・デューマという女性がセンター長だったのだが、彼女がビジネススクールの改築デザインを担当したとき、最初にやったのがこの、象徴を選ぶ作業だった。
全教授に何十という種類のグラス(ワイングラスやシャンパングラス、カクテルグラスやウイスキーグラスなど)を見せ、新しいビジネススクールの建物に合うと思うデザインのグラスを選ばせてランキングを作り、そのグラスを選んだ理由を分析したのだ。「新しい校舎のエントランスで水やお酒を飲むとしたら、あなたなら、どのグラスが一番似合うと思いますか?」と教授たちのイマジネーションに問いかけた。そして、一番人気のワイングラスのカラー、形状、質感に合わせて、エントランスから窓の形状まで、すべてのアイテムのデザインを決めていった。
これはシンプルだが、強力な方法だと思った。
なんでもいいので、あなたの家のリフォームに先立って、一つ、象徴的なデザインのものがあると、すべてをその商品のデザイン・コンセプトの支配下に置いて、末端までデザイン基調を揃えることが可能になる。大規模なリノベーションや新築でも同じことだ。
この、波の広がるような一貫性が、センスの良さを感じさせる鍵になる。
我が家の場合には、新築する前に購入していたホアキン・トレンツ・リャドの「カネットの夜明け」という絵画がその象徴的存在になった。
ダイニングに飾っているホアキン・トレンツ・リャドの「カネットの夜明け」
例えば、床のフローリング材を選ぶ時には、明るい黄色系の木目調なのか、ウォールナットのような重厚な濃い目の茶系なのか、迷ってしまう。
ダイニングの壁には「カネットの夜明け」を掛ける前提だったから、この緑が生きるように、床材には黄色系の無垢板を選んだ。もちろん時が経てば次第に黒ずみ木目が深くなる前提だ。また、テーブルと椅子も明るい木目調で揃えた。あたかも、「カネットの夜明け」の風景が、額の枠を超えて広がっているような感覚だ。
第一話で紹介したダイニングとつながった和室とも、40センチ床上げした畳と色味がつながっているし、3人の子がそれぞれ自分のおもちゃを整理するように収納としてしつらえた引き出しの側面も、薄い色のスプルス材にした。
拙宅のダイニング。写真右手に「カネットの夜明け」がある。
経営の世界でも、私が「象徴(シンボル)のマネジメント」と呼ぶ方法がある。
例えば、会社の成長の鍵が優秀な人材の採用だと判断したら、すぐに採用の責任者に一番優秀な社員を当てる。私が勤めていたリクルートでは、一番売上のある営業所長を人事課長にするようなことをやった。従業員の意識を画期的に変えるには有効だ。なぜなら、この人事が「これからは採用が大事なんだ!」ということを象徴するから、一瞬にして全社員の意識が採用に向く。
言うのは簡単だが、実際にはなかなか難しい。一番売れていて利益を稼いでくれる営業マンを外してしまうわけだから、経営者に覚悟がいるのだ。
これが、象徴(シンボル)となるものを動かして全体の意識をそこに向ける「象徴(シンボル)のマネジメント」の典型的なやり口だ。
リクルートの例をもう一つ挙げよう。「これからは技術が大事!」というメッセージを伝えるのに、社長が社員総会や朝礼で挨拶したり、社内報で語ってもたいして伝わりはしない。何か象徴的な出来事が起こらなければ、技術音痴の社員の意識は変わらないだろう。
そこで、リクルートは、当時日本に入っていなかった米国クレイ社製のスーパーコンピュータを2台も買って、高速のシミュレーション計算が必要なメーカーや大学の研究室が使えるように時間貸しするようにした。一瞬にしてシステム工学やコンピュータ・サイエンス業界における会社の評判が上がり、東工大などから優秀なエンジニアが採用できるようになった。そして、この残党がリクルートのIT化・インターネット化の流れを作った。
マネジメントの話はこのへんで止めておくが、60代でも経営者として第一線にいる方や、自営業をやっている読者には参考になったのではないかと思う。詳しく知りたい方は、リクルートの成長の秘密を描いた『リクルートという奇跡』に細かく書いたので、そちらを参照されたい。
●「リクルートという奇跡」(文春文庫)(http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167679545)
話を、住まいに戻そう。再び玄関の話だ。
第3回に玄関ドアの写真を載せたが、永福町の家では、この玄関が我が家のネオ・ジャパネスク・デザインというコンセプトの象徴でもあった。
外国では、気に入った表情の玄関ドアを自分で制作して、引っ越してもこれを持ち歩く人までいるらしい。それくらい、玄関ドアは住まいの顔だ。
だったら、玄関ドアくらい、一点豪華でリフォームしたいと考える読者もいるだろう。その場合、十分な事前調査が必要なのだが、どんなドアが希望なのか、実際に確かめる簡単な方法をお教えしよう。住宅展示場に行ってもせいぜい20点くらいしかお目にかかれないだろうし、ネットでは実際の質感(顔つき)が伝わらないこともあるからだ。
私のお勧めは、自転車に乗って街を走り回り、玄関だけを外から眺めまわす方法だ。ジロジロ覗いたら不審者と間違われてしまうからサラッと眺めるだけ(笑)。
これなら、あなたの街全体が、1000個以上の玄関ドアが並ぶ「住宅展示場」に変わる。
同じように、今日は屋根材だけを、明日は窓枠のサッシの色を、明後日は植栽を、とテーマを決めて眺め歩くのもいい。
もちろん、犬の散歩のついででも、毎日こういう視点でご近所を見てみると、新たな発見があるかもしれない。
●『建てどき』(2001年、情報センター出版局)
2005年「人生の教科書[家づくり]」として筑摩書房から文庫化。
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480421623/
13刷の隠れたベストセラーだった。
●コラムの感想はぜひ、藤原和博氏のホームページ「よのなかnet」の「よのなかフォーラム」掲示板にお寄せください。
http://www.yononaka.net
教育改革実践家/『人生の教科書[家づくり]』著者
1955年東京生まれ。東京大学経済学部卒業後、株式会社リクルート入社。東京営業統括部長、新規事業担当部長などを歴任後、1993年よりヨーロッパ駐在、96年同社フェローとなる。2003年より5年間、都内では義務教育初の民間校長として杉並区立和田中学校校長を務める。2008~2011年橋下大阪府知事特別顧問。14年武雄市特別顧問、2016年春から奈良市立一条高校校長に就任。
リクルート在職中に注文住宅・リフォーム情報誌の創刊に携わる。37歳から家族でヨーロッパに移住。自然豊かなロンドンの住宅やパリのペントハウスに住んだ経験を活かし、東京に家を建て、2016年4月より奈良市に91歳の父と85歳の母と同居。
「よのなかnet」藤原和博のデザインワーク
http://www.yononaka.net/
人生の教科書[家づくり]―筑摩書房
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480421623/
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