私は高級マンションには住んだことはないが、カタログ等に掲載される間取りを見るのを半ば職業にしているし、そもそも好きなのである。
羨望の眼で見ていると自然とここで自分が生活するなら、どのような生活が営まれるであろうか、というある種の現実逃避的な妄想の世界に入る。そこは全く未知の世界であるがゆえの夢や驚きや衝撃や神秘や不可思議さが詰まった小宇宙である。
今回この記事を書くにあたり、私のお気に入りの間取りを公開しつつその意義を自分なりに語りたいと思う。なお、間取りについてこの記事で採り上げるのは、すべて専有面積200m2以上とさせていただいた。
私の持っているデータの中で竣工年が1964年と最も古い超高級マンションが文京区春日に存在する。目を引くのは320.6m2と当時としてもかなり珍しい専有面積を有することであろう。
間取りは9LDKでトイレは3基、浴室は2室設置されている。玄関からの導線が蛸足状につながっているのが印象的である。9居室のうち和室が2部屋。6畳未満の狭めの部屋も2つあり、空間を「隔てる」ことにより西洋的なプライバシーを確保する意図を感じさせる間取りとなっている。
このマンションはあるいは超高級マンション間取りの「元型」となったと理解して良いと思う。
竣工年が1964年ということを考慮すると、いくつかの寝室の狭さは致し方あるまい。まだ公団公社の「田の字型間取り」全盛時である。「トイレ3:バス2」は、その後の黄金比を先取りしているし、雁行型の部屋の配置もモダンである。
その後の高級マンションに大きな影響を与えたマンションとして、もっと高く評価されて良いように思うのである。
1988年の竣工マンションである。もはや作品と呼ぶべき間取りであり、様々な工夫がみな驚きになっているという点においても、超高級マンション間取りの頂点を極めた「レガシー」である。バブル期の竣工物件であるが、価格が急上昇する前に設計されているため、明確なバブル物件とは区別して考えている。
この間取りを「平屋の大邸宅をマンションに持ち込んだらこうなる、という"一戸建て至上主義"と"モダン建築としてのマンション"を止揚した」とやや大げさに表現しても、批判されることはないであろう。
トイレが4基、浴室が3室に設置され、バス付きのメイドルーム(今はほとんど見かけない)をも含む6LDK+LDK+Sという間取り構成。
間取りの中央に共用施設のエレベーターと非常用階段が存在するため、見方を変えればこれらの共用施設を「中庭」に見立てることができる。そうしてこの間取りを改めて眺めてみると、まるで武家屋敷のような構造になっているのに気がつく。
一戸建て邸宅時代の終焉と超高級マンション時代の到来。二つの異なる世代に挟まれているがゆえに完成された、究極の間取りである。この家の主人は「お館様」と呼ばれていて欲しい。
間取りというものを専ら視覚的な観点から見てきた人間にとって、この間取りは妄想的好奇心をかき立てられずにはいられない(はずである)。
まず注目していただきたいのは、放っておいても目に飛び込んでくる図面下方にある「丸」である。基本的に、「間取り」とは四角形の集合体なのであるから、この丸はやはり特殊な存在に映る。
言うまでもないがこれは「ラグジュアリー・バス」なのである。が、ただのラグジュアリー・バスではない。ほぼマスターベッドルーム専用のものである。となると、このバスはどのように使われるものなのだろうか... 「毎日使ったら水道代が大変」とか「風呂の掃除はかなりきつそうだ」というのは超高級マンションには不要な心配である。だからこのような間取りが存在しているのである。
見ているだけで「ドキドキする」といったら大げさであろうか。このような「本能を刺激する間取り」の存在こそ、超高級マンションのみに許される贅沢(ラグジュアリー)であり、このようなマンションの存在こそが、明日への活力であり、人生の目標ともなると信ずる。最近この種の「本能直撃系ラグジュアリー・バス」を見かけなくなったのが少し寂しい。
「PP分離」とは"Public(共有空間)"と"Private(私的空間)"を分離するという考え方で、間取りに留まらず家の作り方そのものに反映される概念である。
例えば一戸建て住宅であれば共有空間(リビングやダイニングなど)は1階に、私的空間は2階に集中して設置させるなど、現在ほとんどの一戸建て住宅はこのように作られていることから、PP分離という考え方は新しいものではなく、「一戸建て住宅の住まい方をマンションに導入するのが高級マンションのあり方」、という文脈の中で語ることのできる「概念」である。
玄関(もちろん玄関などとは言わず"Foyer")を入って右に曲がれば他の家族と顔を合わさずに自室に入ることもできる。トイレは3基(客用、家族共用、主寝室専用)、浴室は2室(家族共用と主寝室)という超高級マンションの"トイレ:バスの黄金比"「トイレ3:バス2」で構成されている面からも、典型的な超高級マンションの間取りと言えるだろう。
なお、このような物件で生活を営む「家族」とは、おおよそ筆者のようなごく庶民的な家族を想像していただくと、この間取りの味わいが出てこないのである。願わくば、ではあるが、山崎豊子氏の代表作「華麗なる一族」の万俵家のような「家族」を想像いただきたい。
そうすれば「PP分離」というのは、「家族の分断を招く」とか「子育てに悪影響が出るのではないか」といった、軽視は出来ないものの、ある意味において超高級マンションの世界では「お門違い」な問題提起も生じないであろう。
ある日こと、私はこの間取りを眺めていた。すると図面上部に位置するコートヤードを中心とした間取り配置に違和感を覚えたものの、たちまち心を奪われた。
私はまず自分がこの間取りの中で生活を営む場合を想像(というより空想)するのであるが、さながら密林のような状況になっているのに気がつき、にわかに混乱した。
隅に配置されているものの、この間取りの"精神的中心"は、明らかに円形バスタブが一際目立つ超大型ラグジュアリー・バスだ。問題にしたいのはこのバスへの導線なのである。
通常は主寝室に接していて、導線はほぼ主寝室のみとなっているがこの間取りでは、導線をぐるりと右に転回すると12.5畳のBedroom(1)にたどり着く。このまま間取り図面を下ると二つのBedroom(2)、(3)と2つのエントランスホールを通過してダイニングとリビングに至る。
キッチンが2箇所ないので、おそらくは二世帯が住むことは設定されていない。住むことは可能なのだが、おそらくはその全く逆のコンセプトなのだろう。このマンションは「PP分離」を更に先に推し進めた結果到達した「完全プライベート仕様」の間取りである。若い○○長者の方がプライベートを満喫しながら、仕事にも利用できる作りであるがゆえに、エントランスが2つ設置されているのである。
どのように使われようが構わない。どのような使用方法(あるいは用途)にも応え得る広さ(350.60m2)と機能性の高さ。これこそ超高級マンションの間取りであり、超高級マンションの存在意義そのものである。
収納は超高級マンションの住人にとっても頭が痛い問題であるに違いあるまい。とくに富裕層の方ともなれば衣類や装飾具の数も相当なものであろう。であれば収納スペースは多いに越したことはないし、多くて困ることもない。
「大は小を兼ねる」というのはあまり適当な表現ではない気もするが、この間取りについて特筆すべきは、まず、WIC(ウォークインクローゼット)が5つ設置されている点である。4つのベッドルームすべてWICが設置されているのもすごいが、そのほかに廊下(Corridor)に面して設置されている。
私は6畳に満たないベッドルームがある間取りは「超高級マンション」のカテゴリーから外すという偏見を持っているが、この間取りにおいては、全ての寝室が10畳を超える。各部屋の広さの点からも超高級マンションの要件を軽くクリアしていると言えるだろう。部屋の配置からは「家庭」の香りがするのも、また印象的である。
このマンションは六本木4丁目という東京ミッドタウン至近の立地にある。勝手な想像だが、おおよそ「家族で住む」という印象の薄い六本木の中心エリアに、家族で住める超高級マンションが存在するというのはすばらしいことだと思う。
このような間取りのマンションに住める人たちは経済的な理由を除いても、きっと「幸福な家庭」なのだろう。これは私の負け惜しみかもしれないが。
1964年東京生まれ。89年マンションの業界団体に入社、以降不動産市場の調査・分析、団体活動に従事、01年株式会社東京カンテイ入社、現在市場調査部上席主任研究員、不動産マーケットの調査・研究、講演業務等を行う。
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