周知の通り、新型コロナウイルス感染の広がりによって、さまざま経済活動の自粛・休止から世界経済に大きなマイナス影響が出ている。そのダメージはリーマンショックを超えると言われており、日本の不動産市場にも相応の影響が出ることは、ほぼ確実だ。
本コラムの執筆時点(2020年4月)では、国内感染者の増加はピークを迎えておらず、まだまだ先が見通せない段階ではあるが、今後のマンション市場について現時点で考えられるシナリオを考察してみたい。
本題に入る前に、まずは新型コロナ禍発生前までの新築マンションマーケットの動向を振り返っておこう。
2019年は、平均価格は5,980万円(前年比+1.9%)と1990年のバブル期のピーク(6,123万円)に次ぐ史上2番目の水準まで上昇。一方で、供給戸数は3万1,238戸(前年比-15.9%)と2000年代以降でもっと少なく、減少幅も過去3年と比べて大幅に減る結果となった。
新築マンションの価格は、事業者の意思で決定されるため、地域ごとに相場価格が形成される中古マンションとは性質が異なる。物件の立地条件やスペックが良ければ、それまでの地域の標準的な価格水準より大幅に高く値付けされることもあるが、とはいえ、事業者も需給バランスを無視するわけにはいかない。
それぞれの物件の魅力と完売までの計画期間に応じて、その価格で買ってくれる人がどれだけいるかを考慮して、需要が見込める価格水準、販売戸数を設定することになる。
リーマンショック以降、多くの不動産会社がマンション供給を量から質に転換し、マンションの好立地化・高付加価値化が進んだことが、近年の価格上昇と供給戸数減少の要因の一つだが、それは、売り手側が需給バランスの力学を働かせた結果と言い換えることもできる。ただし、それが可能だったのは、あくまで「平時」だったからだ。
新型コロナ禍によってあらゆる経済活動が休止または停滞し、その収束が見通せない現在、マンション市場も昨年までとはフェーズが変わったと見るべきだろう。特にマンション供給が多い首都圏では、今後、買い手側の意思よって需給バランスが大きく変化する可能性が高い。そうなれば、需給バランスを都合よくコントロールする裁量が売り手側から失われ、マンション価格に相応の影響が出てくるはずだ。
新型コロナショックによるマンション市場への影響を考察するにあたり、筆者が参考になると考えたのはリーマンショック後のマーケットだ。というのは、リーマンショック後、マンション市場で需要が一気に減退し、需給バランスが大きく崩れる現象が起きたからだ。
まずは表1をご覧いただきたい。リーマンショックは、2008年9月16日(日本時間)に米投資銀行のリーマン・ブラザーズが経営破綻したことに端を発した世界的な金融危機だ。世界中が株価暴落に見舞われたが、日本でも日経平均株価が約40%も暴落し、約1ヵ月半後の10月27日に底値(終値ベース)をつけた。しかし、その後、株価が反転しても実質GDPは前期比大幅マイナスが翌年3月まで続いたのだ。
GDPは国内の生産の合計であり、支出や所得の合計でもある(三面等価の原則)。要するに、この時期に国民の所得が大きく棄損したわけだ。実質GDP前期比は2009年4月以降、小幅なプラス圏に戻ったが、実質GDPの絶対額、すなわち国内所得の合計がリーマンショック前の水準に回復するのに2010年半ばまで、ほぼ2年を要したのだ。
つぎに、同じく実質GDP統計から「民間住宅投資」項目の前期比を抽出したのが表2だ。「民間住宅投資」とは、国内で民間が供給する住宅の建設に投資された額の総計を表す。GDP統計は最終付加価値の合計であり、住宅建設に投資された総額や、最終的に販売された住宅の総額が多いほど、民間住宅投資の額が大きくなる。
データの注目点は、「民間住宅投資」の前期比が、リーマンショック直後の4半期は増減率0%だったが、その後1年以上、二桁マイナスが継続したことだ。この間、日経平均株価は、リーマンショック直後の底値から約5か月後の2009年3月に2番底をつけてから回復基調に戻ったが、住宅投資のマイナストレンドは2009年中続き、結果的に2009年度(4月-翌3月)は2008年度比20.3%減という大幅な市場収縮に見舞われた。
実際に、2009年の新築マンション供給戸数は前年の43,733戸から36,376戸に約16.8%減少、同じく平均価格も4,775万円から4,535万円に約5.0%下落している。不動産価格のトレンドは株価より半年~1年程度の遅行性があると言われるが、現実に新築マンション市場はリーマンショック後1年以上に渡って低迷が続いたのだ。
当時を振り返ると、それまでの新築マンション業界は、供給戸数を増やすことを重視する企業が多く、首都圏一円の郊外まで数百戸規模の大型マンションが次々建設された。しかし、リーマンショックによって業績悪化に見舞われた国内の多くの企業でリストラが断行され、マンション購入どころではなくなった人々が大量に発生したのだ。
その結果、マンション需要が一気に減退し、多くの物件でモデルルームの客足が途絶えた。多数の売れ残り在庫を抱えて窮地に立たされたデベロッパーでは、生き残りをかけて在庫の現金化を急ぐため、一部では大幅な値下げ販売も行われた。そうした事象が多発したことが、当時の平均価格を押し下げる要因となったのだ。
ただし、ここで重要なのは、決してマーケットが全体的に価格下落したわけではないことだ。あくまで、需要急減で販売が立ち行かなくなった物件群が値下げ販売によって平均価格を押し下げたのであって、都心部などの好立地をはじめ相対的に魅力度の高い物件群においては、必ずしも価格が下落したわけではなかった。経済ショックがマンション市場に与える影響は、決して一様ではないということは、覚えておいて損はないだろう。
ここまで解説したリーマンショックがマンション市場に与えた影響のうち、頭に入れてきたい事象をまとめておこう。
・経済ショックによってマンション購入検討層の所得減少が顕在化すると需要が急減
・販売の急減速によって資金調達に窮した企業では値下げ販売が行われた
・供給戸数減少と平均価格下落が同時発生
・価格の下落は、エリアや立地、事業主などによって一様ではない
・経済ショック発生から、住宅市場への影響は1年以上継続
翻って、現在進行中の新型コロナショックでも、同様の現象は起こるのだろうか。その可能性を探るには、リーマンショックと新型コロナショックとの共通点と相違点を認識する必要がある。後編では、2つの経済ショックを比較しながら、新型コロナショックがマンション市場に与える影響について、さらに考察を進めていく。
住宅ライター
1990年、京都大学工学部卒業、株式会社リクルート入社。2005年より住宅情報誌「スーモ新築マンション」「都心に住むbySUUMO」等の編集長を10年以上にわたり務め、2016年に独立。現在は住宅関連テーマの企画・執筆、セミナー講師などを中心に活動。財団法人住宅金融普及協会「住宅ローンアドバイザー」運営委員も務めた(2005年~2014年)。株式会社コトバリュー代表
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