東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下「2020オリパラ」)に関連する経済面を中心とした事項の成否と、今後の不動産市場への影響について検討したいと思います。2020オリパラについては、今後各メディアで総括がなされると思いますが、それを読み解く参考としても活用ください。
<サマリー>
・不動産市場と2020オリパラとの関連は様々な事項がある。
・オリパラは、項目ごとに成否はあるが、活動・誘致・開催を通して大きな都市の変化があり、不動産市場には意義のあるイベントとなった。
・2016年の誘致では、オリンピックの大きな目的は都市の変化であった。
・東京都の固定資産税等収入がこの10年で約20%増加する等活動から誘致、開催に至るまでの期間に東京には大きな変化があった。オリパラは変化に貢献している。
・一方で、2020立候補ファイルに記載された事項を取り上げると、大会の開催は及第点であるが友情と相互理解はあまり進まなかったと考える。
・また東京都の想定した経済波及効果では、支出した直接的部分での経済効果は発揮できたが、12兆円にものぼるレガシー効果についてはまだ不透明である。また費用と便益においては国民・都民の間で不公平感が残った。
・オリパラ後も堅調な都市開発の進行が期待される。
・IR誘致についても2020オリパラの様々な側面に着目し、意義のある議論を期待したい。
I.2020オリパラの不動産業界にとってのこれまでの評価
1.2020オリパラの各事項についての成否
2020オリパラの成否について、一般経済、不動産業界を中心とした複数の面から検討します。成否を判断する貢献の程度は、開催決定以後だけではなく、誘致期間も含めてのものと考えます。また数年経てから評価が定まる事項についても、可能なものについては現時点で想定できる内容にて検討します。
i.オリンピックの開催と日本の参加
日本の夏季オリンピックの参加率は約80%程度と整理できます。
2020オリパラは32回目の夏季オリンピックですが、内、3回は中止、2回は不参加でした。初参加の第5回以降で、日本の参加率は23/28=82%となっています。一方これまで中止は戦争によるもののみ、70年以上中止はありませんでした(図表Ⅰ-1)。
とはいえ夏季オリンピックは予定されれば、必ず参加・開催できるというわけではない大会であるともいえます。
ii.立候補ファイルに見る2020オリパラの目的に沿った成否
2020オリパラ立候補ファイルに記載された事項をその目的と見立てると、安全な大会の開催は及第点であったものの、新型コロナの影響があり、全体としては当初想定したような成功は得られなかったと考えます(図表I-2)。
立候補ファイルには、問いに対する回答形式で立候補の目的が記載されています。
iii.大会開催に伴う経済波及効果についての成否
東京都が発表した2020オリパラの「大会開催に伴う経済波及効果」を用いて経済効果を検証します。
総じて求めていたものの一部しか得られず、不公平感もあり、スポンサーにとっては益が少ない投資でありましたが、国民・都民全体から見れば損であったわけではないものであったと考えます。
なお本章にて検討するのは2020オリパラが直接影響することによる効果です。したがってオリパラでは成功といえなくても、今後他の要因で期待通りに推移する事項もあると思われます。
(I)需要増加額
(1)直接的効果(〇)
2020オリパラ開催に伴う東京都の需要増加額は、直接的効果とレガシー効果に分けられます。前者の内、少なくとも施設整備費と大会運営費の1.4兆円(3,500+10,600億円)の大半は支出されています(図表II-3)。この支出に対して、国内および東京都で1.9兆円の付加価値誘発額が、そして1兆円の雇用者所得誘発額があるとされていました※2。合計すると2.9兆円になり、支出1.4兆円の倍の効果を生み出したことになります。
実際には整備費、運営費は増加しているようなので付加価値と雇用者所得の誘発額も増加しているものと思われます。
※2:◆分析対象期間 2013年(招致決定年)から2030年(大会10年後)まで
◆分析対象地域:東京都及び全国 ※需要増加額は東京都のみ試算
◆経済波及効果の推計:最新の産業連関表(平成23年東京都産業連関表)を利用して、第2次間接波及効果まで算出。
例えば、東京都等が1.4兆円支出すると、受注した企業のみならず当該企業の仕入先や、移動するために使う交通産業等も収入を得ます。当然働いた人は給料をもらえます。このように支出したお金よりも多くの経済効果が多様な産業に発生します。
東京都ではオリパラの直接的効果として、発注したことにより受注した先等の付加価値(利益)が1.9兆円、従業員の給料1兆円となると試算しています。
(2)レガシー効果
(ⅰ)概要
レガシー効果は2020オリパラ終了後の経済効果です。需要増加額12.2兆円のうち、9.1兆円を観光客増加、国際金融都市、中小企業活性化、新技術の需要等の経済の活性化・最先端技術の活用が占めます(図表I-4)。
(ii)新規恒久施設の活用(-)
新規恒久施設の活用で大きな経済効果を見込んでいますが、その道は険しいといえます。
東京都は2020オリパラのレガシー資産として、新規恒久施設・選手村の後利用・東京のまちづくり・環境・持続可能性を項目にあげ、2030年までに2.2兆円の需要面の経済効果があると見込んでいます。その中でも「後利用に伴う消費支出や維持管理費、既存体育施設の改修予定費」、したがって施設利用料、管理費・修繕費が大きな割合をしめます。これらに現在のところまだ課題が多いものと思われます。
東京都オリンピック・パラリンピック準備局「新規恒久施設の施設運営計画」によると、今後の運営については、有明アリーナを除いた5施設※3は年間の運用収支は赤字です。ネーミングライツを含む広告、維持費や運用の効率化で収支の改善を見込んでいるようです。
東京都のものではありませんが、新国立競技場についても、運営権の売却を検討しているようですが、年間24億円にも上る維持費と別途必要な改修費用の負担ができる活用者の手が、まだあがっていないようです。中には、改修費、ライフサイクルコスト、活用可能性を考えると、解体という意見を持つ方もいるようです。
これらは公共の施設なので、資金面で必ずしも採算が取れる必要はないのかもしれません。
一方、コロナ対策で以前よりは疲弊した都・国の財政を鑑みると、施設の赤字の金額があまりに大きいため、その負担のコンセンサスを得るにはかなりの困難があることが予想されます。
※3:オリンピックアクアティクスセンター、海の森水上競技場、カヌー・スラローム会場、大井ホッケー競技場、アーチェリー会場(夢の島公園)
(iii)観光客増加(×)
政府は、外国からの外国客数を2019年の3190万人から、2030年に6000万人とする計画を維持しています。2020オリパラはその起爆剤となるはずでしたが、その貢献は極めて限定的といわざるを得ないと考えます。
オリンピックは無観客で、海外の報道陣の行動は制限されました。各種報道を見ても、「東京」の都市の魅力をふんだんに伝えている様子はうかがえませんでした。今後、旅行者は増加するかもしれませんが、主に周辺国の所得の向上、日本の円安、海外旅行の誘致策が功を奏した結果になると考えます。
(ⅳ)国際金融都市(×)
東京都が発行する将来ビジョンである「未来の東京」においては、2030年に向けた目標として、Z/Yenグループ等が発表する国際金融センターランキング(GFCI)圧倒的アジア1位(現在は総合第5位)を設定しています。2020オリパラはさらなる国際金融都市化への絶好のアピール機会になるはずでした。ここからの巻き返しに期待します。
結果としては、民間団体IOCとの約束である大会の開催は成し遂げたものの、それが国際金融都市への強力な推進には至らなかったと考えます。Z/Yenグループ関係者からのコメントとして、国際的な投資家の間での東京への国際金融都市化への課題として日本市場の開放性や英語力を持つ人材の存在に疑念を有しているとのことでした。この課題について2020オリパラの期間を通じて現状解決の方向に向かっているとはいいかねます。
東京都は2021年7月「国際金融都市・東京」構想改訂(案)を発表しています。大きなテーマの3つめとして「資産運用業者をはじめとする多様な23金融関連プレーヤーの集積」をあげており、「金融系人材の育成・金融リテラシーの向上」も取り組みに掲げており、この課題の対応を試みています。
(II)費用の負担について
各種報道によると、1.4兆円であった2020オリパラの施設整備費と大会運営費は、関連経費を含め3~4兆円にも上りそうです。国全体の視点ではそれを上回る付加価値と雇用者所得を得られている可能性が高く、お金をまわすという意味では効果があったことになります。とくに東京都は税収も増加しており、支払能力も向上していました。
一方で、実質的な負担と分配、費用と便益という意味では問題提起をする方も多いと思われます。2020オリパラの経費を支払ったのは実質的に、日本国民、東京都民、スポンサー企業、IOCです。期待した効果が得られかったものにお金を使われたことになります。国は債務が増加したことになりますが、同じ期間ではコロナ対応により多くの資金が使用されていますので、増税があったとしてもオリパラ対応のものではないと考えます。スポンサー企業についてはその体力にあわせた負担であったとはいえ、このコロナ下でリターンが少ない虚しい投資であったように思います。前述したように、さらなる負担を避けるため、競技施設のライフサイクルコスト、運営費は今後も大きな議論となると思われます。
iv.2016年オリパラで目標とされた、都市の変化について(〇)
(I)オリパラ誘致の目的であった都市の変化 2020オリパラは東京の変化について、貢献があったと考えます。
2020オリパラは2016オリンピック・パラリンピック競技大会の誘致から継続したものです。2009年に提出された2016年オリンピックへの立候補ファイルでは、東京都が立候補した大きな理由として都市としての変化が目的であったことがあげられています。動機の最初に「東京は活力、効率、繁栄の都市から持続可能な都市、とりわけ自然環境と調和した都市へと変化を遂げなければならない。」と記載されています。またファイルには現在も進行中の都市、道路、空港等、様々なプロジェクトの計画も記載されていました。
(II)東京の不動産資産の増加
この間、都市としても東京は大きくなっていきました。
2002年に制定された都市再生特別措置法を契機として、東京都の都心部の再開発は進行していきました。東京都の固定資産税・都市計画税収入は、2012年13,281億円から2021年15,772億円までで2,491億円(+18.7%)増加しています。仮に固定資産税等収入の100倍が不動産価値とするならば、24兆円ものストック資産の増加があったことになります。また本来のオリンピック開催時期である2020年の営業開始を目標に民間のオフィスビルやホテルの建築も進みました。東京都は臨海副都心の開発で痛手を蒙り、否定的な意見もある中で開発を推進できたことになります。
(III)不動産資産増加の背景
当時の経済状況を確認すると、2012年ごろはリーマンショック以後の円高傾向に歯止めがかかり、株価も大きく伸びています。都税の法人二税(事業税、都民税)も増加しています。
好調な企業業績を背景に、仕事量とそれに伴うオフィス需要が増加傾向となり、待遇のよい仕事があるところには人が集まるため、人口も増加、それに伴い居住用不動産のニーズも増加していったという好循環があったものと考えます。
したがって東京都の不動産資産の増加は、オリンピック誘致に関連した経済効果が主な要因だったとはいえません。しかしながら東京都を活性化させるメッセージとしては非常に大きく、人々がそれを信頼し、結果も伴っていることを勘案すると、やはり富の増加の一定程度の割合はオリンピック誘致の功績であると考えます。
2016オリパラファイル提出以後の公共団体による新たな東京改造の方策は環状2号の完成と特定整備路線の整備となっています。他はこれまでの計画の推進や民間の力の活用が中心となっています。
v.不動産に関係する他の2020オリパラに直接関連した事項
ここでは、上記に記載されていない経済面※3での成否を検討します。
(I)震災復興(×)
震災から復興したアピールに成功すれば、東北の地域の魅力を各国に伝え、ひいては観光需要や中小を中心とする企業の活性化につながる可能性があります。しかしながら旅行者がなく、地域への取材も乏しかったであろうことから、海外の国民の方々にそれが伝わった場面はそう多くはなかったのではないかと感じています。
政治家の方々が東京五輪の意義を語る様々な場面で、東日本大震災時に様々な援助を各国からいただいた御礼として、被災地の復興した姿を見てもらう旨、語られていました。しかし、立候補ファイルにはそのような表現はそもそも使われていません。
関連する言葉としては「2011年に発生した東日本大震災後、2020年招致は人々に希望を生み出し、励まし、困難に打ち勝って、明るい未来に向けて前進するよう人々や国家を鼓舞するスポーツとオリンピック・ムーブメントの力を示している。」。つまり困難を受けた人がオリンピックに励まされているという表現のみが使用されています。
オリンピックに復興のための資源が利用され、かえって復興を阻害したとの意見もあります。被災地は数か所競技会場として利用されたものの、これを契機とした被災地の経済、引いては地域の不動産市場の活性化に貢献したとは考えにくい状況です。
(II)コロナに打ち勝った証(×)
コロナに打ち勝った証として2020オリパラが開催していれば、日本のコロナ対策が称賛され、国際的な評価があがったことでしょう。また2020オリンピックの経済効果の大きな部分をしめるレガシー効果をより多く享受できたと考えます。この成果も十分とはいえないと考えます。
政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長が6月3日に「パンデミックの所でやるのは普通ではない」と発言しました。その後新型コロナウイルスの新規感染者は大幅に増加し、医療機関の状況も逼迫しています。
もし、オリンピックの開催が、入院数・死亡者数の増加、緊急事態宣言の長期化、それに伴う収益・経験の機会損失、出産回避につながっているようであれば、問題があるといえるでしょう。GDPも大きく損なったものと思われます。
(III)2020オリパラができたという価値(△)
この環境下でこれだけのイベントの実施が行えたことは、国際的な信用を高め、今後の国際イベントの誘致や目標とする国際金融都市の推進に弾みがついた可能性があります。一方でその効果は限定的であると考えます。
思い起こせば昨年の夏ごろまでは、ワクチンが現在の接種状況まで進むことは、一般的な意見とはいえませんでした。一定程度のワクチン接種を前提とした、この大会を行うことを検討できたことは、それ自体が幸運でもあったと考えます。1日100万人のワクチン接種も進んでいます。オリンピック参加帰国者の中から、ウィルスが拡散したとの報道も今のところ目に入っておりません。
一方、アピールポイントしては数えられるものの、開催できたがゆえに国際金融都市としての評価が格段に向上したということもいえないと考えます。
※3:人権・生命・多様性の受容・教育等非常に重要な課題が2020オリパラにはありましたが、本稿のテーマとしては取り上げません。
(IV)テレワーク(〇)
テレワークが広く推進されはじめたのは、2017年より展開される「テレワーク・デイズ」も大きなきっかけであったと考えます。2020オリパラ大会期間中の混雑解消とテレワークの推進を目的とし、総務省をはじめとする各省、東京都等により設定された企画になります。
早くからこの取り組みを行っていた企業は、コロナ下でのテレワークにもスムーズに対応できたものと考えます。またより切迫度の高いコロナに対応したテレワーク状況であったため、(無観客とはいえ)交通の混乱はなかったと思います。皮肉にもオリパラの期待以上に進んでしまった事項といえると思います。
人の移動が少なく環境・労働にもプラスはなりますが、オフィスの必要面積は減少する可能性があります。短期的には経済にはプラス、不動産にはマイナスに働きますが、生産性の向上によるさらなる経済の発展により不動産にもプラスとなることを期待します。
II.今後の不動産市場への影響について
これまでの検討をまとめると以下のとおりになります。
ホテル、商業の需要の消滅、海外への都市発信の減少、緊急事態宣言を長期化させた可能性等の直近の経済への悪影響も勘案する必要がありますが、都市の変化の効果は大きく、総じて2020オリパラ開催の決定は不動産業界にとっては大きな意義があったものと考えます。
ここまでも様々な側面を検討しましたが、不動産・経済以外の分野もあり、2020オリパラの成否はとても一言で総括できるものではないことがわかります。
今後、さまざまなメディアから2020オリパラの成否が報道され、中には否定的な意見もあるのではないかと考えます。発生した課題とともに、オリンピックの誘致開始からこれまでの我々が享受した利益についても、定量的、定性的にかつ冷静に確認する必要があると考えます。
II.今後の不動産市場への影響について
オリパラ終了後も短期的には、不動産市場に大きな影響を与える一般経済・金融環境・不動産に関する状況の変化は少ないものと考えます。東京都の財政も逼迫しているとはいえず堅調です。新型コロナの影響は影を落としますが、ホテル・商業についてもいずれは回復するコンセンサスが未だ市場にはあるものと思います。
したがってこれまで展開されてきた東京の都市開発や住宅の供給は堅調に進行するものと考えます。神宮前の開発もこれから話題になることと思います。
2020オリパラでは、観光客の増加と国際金融都市の推進は弾みがつきませんでした。それでも、コロナ後の観光客は、アジアの国々の発展と金融を含む国際情勢が想定の範囲内であれば大きな増加が期待できます。最大の旅行者である中国との関連が大きなカギになります。
また国際金融都市はオリパラが不発であったからこそ、さらなる一手を進めていくことが期待されます。今後も供給されるオフィスビルの数々、広がるテレワークを考えると将来より規模の大きいオフィス空室が発生する可能性があります。海外を含めたオフィスワーカーの増加が必要になる場面があると考えます。一時の空室は、海外勢や新たなオフィスワーカーを受け入れるための準備と整理し、我慢する局面もあるかもしれません。
2020オリパラは数千億円以上の規模の大きなプロジェクトについて、例えば今回の新型コロナのような自らでは解決が困難な要因により必ずしも思った効果を得られないことがあること、それでも条件が整えば経済効果が大きいこと、ハコものは事後の運営も念頭に置くべきことなどを改めて教えてくれました。この知恵を大阪万博、IRをはじめとする次の機会に活かすことが必要だと考えます。