1.はじめに
中小企業のM&A目前に企業オーナーが亡くなり、オーナーが生前に取りまとめていたM&Aを相続人が実行し同社株式を同業他社に売却した事案で、相続人が売却前のその株式を財産評価基本通達(以下、財基通という。)通りに評価した評価額と、M&Aで合意された売却金額との間に「著しいかい離」があるとして税務署から、売却価額に近い金額で再評価され、相続税等を追徴された事例がありました。
この話は、タクトニュースNo.864号で、裁決事例をお伝えしていましたが、このほど、裁判に発展したこの事案の判決が明かになりました(東京地裁令和6年1月18日)。争点は、財基通6項により上記株式を再評価して行った更正処分等は違法かどうか。今回は、裁判所の判断の概要を紹介します。
2.事案の概要
被相続人は、平成26年5月に、経営する会社の株式の譲渡に向けて買収会社と協議、基本合意書を締結しました。会社の株式は1株約10万円で譲渡することに合意していました。
被相続人は基本合意書をまとめた後死亡しました。相続人3人のうち被相続人の配偶者が売却する株式の発行会社の代表取締役になる一方、買収交渉を再開し、同年7月に「相続人の一人に全ての株式を集めたうえで、全株式を買収会社に基本合意書の価格(約10万円)で譲渡しました。
一方、相続人らは相続税の申告では財基通に基づき「取引相場のない株式で大会社のもの」として評価し1株約8千円として申告していました。
これに対し所轄税務署は、財基通6項により平成30年8月に国税庁長官の指示に基づき、上記株式について、専門家によるDCF法の評価(約8万円)で更正処分等をしました。被相続人の子である相続人は最終的に株式の再評価による更正処分等の取消しを求めて裁判所に出訴したものです。
3.財基通6項めぐる最高裁判決
財基通6項とは、相続財産の税務評価の例外を定めたものです。相続財産は相続税を計算するため、通常国税庁長官が定めた財基通の評価方法により、金銭価値でいくらになるかを評価します。ただ、財基通による評価がかえって著しく不適当と認められる場合も想定されます。
そこで登場するのが財基通6項です。財基通6項をめぐっては令和4年4月最高裁が、鑑定評価額で再評価・追徴を認める判決を下し、納税者らに衝撃を与えたのは記憶に新しいところです。同事案は、納税者が相続税評価額の下がる賃貸不動産を借入金で買って相対的に債務控除の金額を大きくすることで課税対象の相続財産額を圧縮、当初申告で相続税負担を0にした、やりすぎ節税事案でした。
株式の評価を争った東京地裁(以下、地裁という。)でも、まずこの最高裁判決を下敷きにしました。
4.地裁の判断
地裁は、最高裁判決に関し、実質的な租税負担の公平に反するというべき特段の事情がある場合に財基通6項を適用することを肯定しているものと捉えました。しかし地裁は、特段の事情としてどのようなものが挙げられるかについて一般論として明示はしていないと指摘。また「被相続人側の租税回避目的による租税回避行為がない場合について直接判示したものとは解されない」と指摘しました。
その上で地裁は、「被相続人及び相続人らが相続税その他の租税回避の目的で株式の売却を行った(又は行おうとした)とは認められない」として、相続後に通常の評価額よりも高額で財産を譲渡した納税者と、財産を譲渡しなかった納税者との間に「看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反する」(最高裁令和4年判決)といえるかどうかによって判断すべき」との考え方を示し、主に次のような点を指摘しました。
・評価額よりも相当高額で現金化することができたとしても、売却に向けて交渉をすること自体は何ら不当ないし不公平ではなく、通常の評価額で相続税申告することが問題視されることは一般的ではない。
・相続開始日以前から被相続人が株式の売却交渉をしており、かつ、その生前に買収会社との間で譲渡予定価格まで基本合意していたが、買取りを取りやめる可能性もあった。讓渡予定価格による株式の売買代金債権を相続財産と同視することも困難。
このため地裁は「譲渡予定価格が(相続開始前から)事実上合意されていたという事情をもって、特段の事情ということはできない」と判断しています。
また地裁は財基通6項を納税者不利に適用する場合には、たとえば被相続人の生前に実質的に売却の合意が整っており、手続を完了することができたのに相続税の負担を回避する目的をもって、殊更手続を相続開始後まで遅らせるなどの事情が必要とも述べています。