長引く新型コロナ禍は、日本経済に大きなダメージを与えている。2020年のGDP(国内総生産)は、新型コロナ禍以前の2019年と比べて名目値で約22兆円も減少。さらに2021年1-3月期も前期比、前年同期比ともマイナスが続いている状況だ。
いきなり暗い話から入って恐縮だが、しかし日本経済の低迷には利点がないわけではない。それは住宅ローンの超低金利化とその長期化だ。経済の立て直しが容易にはいかない、そんな時代だからこそ検討したい住宅ローン戦略について考えてみよう。
前述したとおり経済指標は低調な日本経済だが、マンション市場は堅調に推移している。2020年の新築平均価格は、首都圏、近畿圏とも2019年を上回り(図1)、2021年に入っても概ね2020年の年間平均を上回る水準にある。中古マンションも同様で、首都圏では2021年1~4月の全ての月で成約件数、成約価格とも2020年の年間平均を上回っている(図2)。
マンション価格は高値で推移しているのに、経済低迷で所得の増加を期待しにくい状況だけに、マンション購入にかかるコストは極限まで減らしたいところだ。そこで検討したいのが超低金利の変動型ローンの積極利用だ。
住宅ローンには、返済期間の全期間で金利が固定される「固定型」、選択した当初の一定期間だけ金利が固定される「固定金利期間選択型」、一般に半年ごとに金利が見直される「変動型」の主に3タイプがある。このうち「変動型」は当初の金利が最も低いのが最大の魅力で、現在はなんと0.3%台から選べる史上空前の超低金利状態だ(2021年6月時点)。
ただし、「変動型」は適用金利が半年ごとに変動する可能性がある。つまり将来の金利上昇リスクを常に自分でとることになるわけだ。対して「固定型」や「固定期間選択型」は金利が固定される間の金利上昇リスクを金融機関がとるため、その分、金利が高めに設定されるのだ。
一般に、最長35年という長期借り入れとなる住宅ローンでは、変動型は「ハイリスク」と見なされることが多い。しかし、ここで言う「ハイリスク」という表現はあくまで固定型との相対的な見方にすぎない。重要なのは、変動型のリスクの程度を具体的な数字で知っておくことだ。
もし、変動型のリスクが自身の経済力に照らして十分に許容できる範囲であれば、過度に怖れる必要はないし、逆に固定型と比べて利息負担を大きく減らせる可能性もある。むしろその可能性は、新型コロナ禍の発生によって以前よりも高まっていると考えられる。
新型コロナ禍と変動型住宅ローンに、何の因果関係があるのか。一見遠すぎてピンとこない人もいるだろうから、順を追って説明していこう。
変動型住宅ローンの金利は、概ね日銀の政策金利に連動する。2000年代はほとんどの期間、日銀がゼロ金利政策や現在のマイナス金利政策をとってきたため、この20年間ほど変動型の基準金利は「変動型」とは名ばかりで、ほぼ過去最低水準が続いてきた。
日銀が政策金利を超低金利に維持しているのは、長引くデフレが最大の要因だろう。デフレ下では需要が供給を下回るため、企業は投資(=供給を増やすこと)に消極的になりやすい。その結果、資金需要が低迷することになる。
しかし、企業が資金を借りて投資することは経済を回すエンジンである。このため日銀は企業が資金を借りやすくするため政策金利を極限まで下げているわけだ。
加えて、企業の資金需要の低迷によって、多くの民間金融機関は従来の儲け口が減ったことで、個人向け住宅ローン融資に活路を求めるようになった。これが銀行間の住宅ローン金利の引き下げ(基準金利から金利を割り引く)競争につながったのだ。
将来的に、変動型の金利が上がる時がきたら、上で述べた超低金利化の逆の現象が起きているはずだ。すなわち、日本経済が好景気に沸いて、デフレからインフレに転じ、投資資金を借りたい企業が次々現れるような状況になる、ということだ。もちろん、個人の所得も増えているだろう。
そこまでくれば、マイナス金利やゼロ金利政策は解除されるだろうし、金融機関の住宅ローン獲得競争も下火になり、住宅ローン金利は全般的に上がることになるだろう。
しかし、現実を見れば日本がそのような経済状況に転じるのは数年程度では難しいと誰もが思うはずだ。実際に近年の日本で比較的景気が良かったとされる、いわゆる「アベノミクス」の初期(2013年頃)においてすら、当時のゼロ金利政策は解除されなかった。それどころかデフレを脱しきれず、2016年にはマイナス金利政策まで踏み込んで現在に至っているのだ。
こうした過去の経緯だけを見ても、変動型の金利はそう簡単には上昇しなさそうだが、ここにきてさらに経済の浮揚を阻害する事象が起きた。それが新型コロナ禍である。つまり、新型コロナ禍の発生によって、変動型の金利が将来的に上がる(かもしれない)時期が、いっそう遠のいたと考えられるのだ。
住宅ローンの仕組み上、金利上昇時期が遠のくことは、変動型住宅ローンにとって大きな意味をもつ。そのポイントは大きく2つある。
一つは、住宅ローンの金利はその時々のローン残高にかかるため、返済期間が進むほど残高が減って金利変動の影響が小さくなる点だ。図3で、返済開始から3年後と10年後、それぞれ0.5%金利が上昇する場合を比較したところ、金利上昇時期が7年ずれることで、返済額アップのリスクが2割以上小さくなった。
住宅ローンは30年以上の長丁場のため、変動型の金利上昇リスクを不安視する人は少なくない。しかし、そのリスクは返済期間を通して一様ではなく、返済が進むほど小さくなっていくという性質があるのだ。また、5,000万円の借入で金利上昇幅が0.5%程度の場合で、返済負担の増額リスクは月額1万円程度の範囲ということも知っておくべきだろう。
二つ目は、住宅ローンで一般的な元利均等返済では、当初の金利が低いほど「月々の返済額が少なくなる」と同時に、「ローン残高が早く減る」という点だ。前者の特徴は容易に想像がつくだろうが、ローン残高が減る早さの違いに気づいている人は案外少ないのではないだろうか。図4を見れば、月々の返済額の差ほどではないが、残高の減り方にも決して少なくない差が生まれることがよくわかるだろう。
ローン残高は金利がかかる元なので、これが早く減ることは金利上昇リスクの軽減に直結する。たとえば、図4の10年後に、変動型の金利が1%上がって、適用金利が1.4%と固定型の1.35%を上回ったとする。その場合、変動型の月々の返済額は約144,000円に増えるが、それでも固定型より5,000円以上少なく済むのだ。なぜそうなるのかと言えば、変動型の10年後の残高が固定型より約161万円多く減っているからだ。
●変動型の金利上昇リスクは返済期間の前半に偏り、返済が進むほど小さくなること
●当初の金利が低いほど月々の負担が少なく、金利上昇リスクの元となるローン残高を早く減らせること
これら2つの事実に、新型コロナ禍の発生によって金利の上昇時期が遠のいたと考えられる現状を照らして、筆者が考える戦略は以下の通りだ。
①超低金利の変動型を借りて月々の返済額を抑えた分、貯蓄に回す額を増やす
②経済低迷が続く間、なるべく長く超低金利の恩恵を享受してローン残高を早く減らす
③将来、金利が上がったら、①で積み上げた貯蓄を繰り上げ返済し、残高をさらに減らす
本コラムの見出しには「新・住宅ローン戦略」と書いたが、実はこの戦略自体は決して新しいわけではない。けれど、この戦略が利息負担を最少化できる可能性が、今まさに高まっているという意味で、新しいと感じたわけだ。リスクのある変動型を、新型コロナ禍以前と比べてより確信をもって選択できることが重要だと思うのだ。
また、仮に将来、金利が上がる時がきたら、それは決してネガティブなことではなく、前述した通り、好景気に沸き国民の所得が増えて、金利上昇への対応力も上がっているはずだ。その観点からも、金利上昇リスクを過度に不安視する必要はないというのが筆者の見方だ。
もちろん、金利上昇リスクの許容度は人それぞれであり、人によって貯蓄の得手不得手もあるだろう。したがって全ての人に変動型を勧めるわけではない。歴史的に見れば、固定型も十分に低金利な水準なので、固定型を選ぶことを決して否定はしない。
大切なことは「変動型はリスクが大きい」という抽象的な捉え方をせず、リスクを具体的な数字で測ることだ。そのうえで、自身の所得や貯蓄、リスク許容度に照らして、確信をもって判断することをお勧めする。
住宅ライター
1990年、京都大学工学部卒業、株式会社リクルート入社。2005年より住宅情報誌「スーモ新築マンション」「都心に住むbySUUMO」等の編集長を10年以上にわたり務め、2016年に独立。現在は住宅関連テーマの企画・執筆、セミナー講師などを中心に活動。財団法人住宅金融普及協会「住宅ローンアドバイザー」運営委員も務めた(2005年~2014年)。株式会社コトバリュー代表
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