2013年から始まり、現在まで続くマンション価格の上昇トレンドの背景には、日銀による大規模金融緩和政策があった。この政策によって、住宅ローンの金利は過去最低の水準まで低下。住宅ローンの利息負担が軽減されることでマンション価格の上昇分がある程度相殺されるため、マンションは売れ続け、売れ続けたからこそ事業者は高値で販売することができた。
しかし、長らく続いた日銀の金融緩和政策にも変化の兆しが現れ始めた。今後、金融緩和が解除されれば、住宅ローン金利が上昇するのは避けられない。もし金利が上昇すれば、マンション市場のメカニズムが過去10年とは逆回転を始めても不思議ではない。そうした可能性も念頭におきながら、前編に続いて2024年のマンション市場の行方を考察していこう。
大規模な経済ショックや天変地異など予見不可能なイベントを除けば、今後のマンション市場を読むうえで絶対に外せない要素は、ズバリ、金利の動向である。逆に言えば、コロナショックでも揺るがなかったほど経済変化に強い現在のマンション市場に、大きなインパクトを与える可能性がある材料を他に見出せないのだ。そこで、前述した金融緩和政策の変化の兆しについて、ここまでの経緯を振り返っておこう。
日銀の金融緩和政策に最初に変化が表れたのは2022年12月。それまで±0.25%としていた長期金利(10年物国債の利回り)の許容範囲が±0.5%に拡大された。その目的は「利上げ」ではなく、いびつになっていた長短の金利差を是正することだったが、世間では「事実上の利上げ」ととらえる向きも多く、長期金利は一時上限の0.5%に張り付き状態に。日銀が国債を買い入れて長期金利が0.5%を超えないよう抑え込む形となった。
その後、国債市場が落ち着きを取り戻し、長期金利は0.3~0.5%程度を推移したが、日銀は2023年7月に±0.5%の誘導目標を維持しつつ、金利操作を「より柔軟に」対応すると修正。これは事実上「市場金利が0.5%を超える状況になっても、ある程度許容する」ことを意味し、実際に長期金利は従来の上限の0.5%を突破して、上昇トレンドが始まったのだ(図1)。
2023年10月には、日銀は長期金利の許容範囲を「±0.5%」から「上限1.0%」に修正。長期金利は市場で1.0%弱まで上昇したが、その後、アメリカの長期金利低下に歩を合わせるように下落しはじめ、12月半ば時点で0.6%台を推移している。
これら一連の政策修正を、日銀は長短金利差を是正するイールドカーブ・コントロールの一環であるとし、あくまで「利上げではない」としてきた。たしかに、欧米などで2022年から急速な利上げがなされた「短期」の政策金利は、日本ではマイナス金利(-0.1%に誘導)に据え置かれたままであり、日銀の主張は間違ってはいないだろう。
しかし、長期金利の水準が政策修正開始前の0.3~0.4%台から0.6%台まで上昇していることは、疑いようのない事実である。能動的な「利上げ」ではないにしても、俯瞰すれば国内の金利動向は少なくとも底を脱して、今後上昇に転じるかもしれない局面にきているように見える。
日銀は2023年12月の金融政策決定会合で、10月時点の政策の現状維持を決めたが、金融筋の報道では、2024年1月か3月の政策決定会合で短期金利のマイナス金利が解除される可能性がまことしやかにささやかれている。もしそれが現実になれば、住宅ローン金利の上昇は待ったなしであり、2024年早々からマンション市場に逆風が吹き始めかねない。
ただ、12月の政策決定会合後の日銀総裁会見全文(https://www.boj.or.jp/about/press/kaiken_2023/kk231220a.pdf)に目を通した限り、総裁の発言からは「マイナス金利解除」を匂わす気配すら感じ取ることはできなかった。むしろ、金融緩和解除の条件としているインフレ率や賃金上昇率の不確実性を危惧するコメントが多く、あらゆる面で慎重なスタンスがにじみ出ていた。
特に賃金に関するデータは、大きな変化があるとすれば年度が変わる4月以降になるはずで、少なくとも3月までのマイナス金利解除の可能性は低いのではないか、というのが筆者の正直な感想だ。
日銀は金融政策のかじ取りにあたって、インフレ率(消費者物価上昇率)が安定的・持続的に2%を上回り、賃金上昇率がインフレ率を上回る水準に維持されることで、賃金と物価の好循環が達成されることを目指している。その状態が持続的に実現する経済状態になれば、遅かれ早かれ金融緩和は解除されるだろう。では、肝心の消費者物価や賃金は、現状どのように推移しているのだろうか。
図2は、2020年の平均値を100として、2021年1月以降の名目賃金、実質賃金、消費者物価の指数をグラフ化したものだ。これを見ると、名目賃金は2022年4月頃から明確に100を上回ってきていることがわかる。しかし、グレーの線で表した消費者物価指数が上昇するのに伴って、実質賃金は下落傾向に陥り、2020年よりも低水準を推移している。
「名目賃金」とは賃金の額面のことであり、たとえば2020年(=100)の平均月収が30万円と仮定すると2023年9月には指数が103なので、3%増えて30万9000円になったということだ。
一方の「実質賃金」は金額というより買えるものの量と捉えられる。たとえば2020年にはひと月に100個のおにぎりを買えたとして、2023年9月には指数が96なので、96個しか買えなくなったということになる。
つまり、この1年で表面上の賃金はたしかに上昇したけれども、実質的には購買力が低下して相対的に貧しくなっている、と言うことができるのだ。こうした現象が起きる原因は、賃金上昇率が、物価上昇率に追いついていないことにある。国内全体の賃金上昇率が物価上昇率を上回れば、この状態を脱することができるが、それには大企業だけでなく就労者の過半を占める中小・零細企業まで賃上げが行き渡る必要があるだろう。
また、賃金上昇率では可処分所得を測れないため、税や社会保障費の負担を加味した「国民負担率」(図3)も見てみよう。これは所得に占める租税負担率と社会保障負担率を合計した数値で、2000年代前半までは30%台半ばを推移していたが、直近は40%台半ばを超える水準まで上昇している。つまり所得から可処分所得に回せる割合が年々減っているのだ。
国民負担率のデータは、実質賃金の下落傾向と同様、国民が貧困化傾向にあることを示しているといえる。国民の実質賃金、可処分所得の減少が収まらないうちに利上げされれば、住宅ローン金利の上昇で利息負担が増加し、マンション購入を断念する人が急増するかもしれない。
そうなればマンションの売れ行きが一気に鈍化して、価格上昇に歯止めがかかっても不思議ではない。ただし、日銀が政策変更に慎重である限り、2024年中にそうした状況になる可能性は高くないというのが筆者の意見だ。
一方で、日本経済がデフレからインフレに移行していることで、不動産価格も上昇あるいは高止まりしやすい経済環境になっている。この先、いずれ利上げされたとしても、その時点で賃金や可処分所得が十分に増えて、家計が住宅ローン金利の上昇に耐えられる水準になっていれば、マンション市場への影響は軽微に留まるだろう。つまり日銀が金融緩和を解除するとしても、そのタイミング次第で結果が変わってくると考えられるわけだ。
このところのインフレの継続や長期金利の動向を踏まえると、日本経済は転換点を迎えていると見て間違いないだろう。遅かれ早かれ金利が上昇する可能性は高く、2024年がマンション市場の転換点となる可能性も否定できない。2024年にマンション購入を検討しているならば、住宅ローンは超低金利が当たり前という認識はリセットして、金融政策の動向への感度を高めたほうがいいだろう。
2024年の日銀金融政策決定会合は、1月・3月・4月・6月・7月・9月・10月・12月のそれぞれ20日前後に予定されている。HPを見れば、一次資料を簡単に見られるので、忘れずにチェックすることをお勧めする。
住宅ライター
1990年、京都大学工学部卒業、株式会社リクルート入社。2005年より住宅情報誌「スーモ新築マンション」「都心に住むbySUUMO」等の編集長を10年以上にわたり務め、2016年に独立。現在は住宅関連テーマの企画・執筆、セミナー講師などを中心に活動。財団法人住宅金融普及協会「住宅ローンアドバイザー」運営委員も務めた(2005年~2014年)。株式会社コトバリュー代表
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