2021年6月22日日本経済新聞に国交省が土地建物に官民共通IDを付して中古住宅の取引活性化を図る旨記載がありました。この策についての効果を検討します。
<サマリー>
・土地建物の官民共通IDは骨太の方針でも述べられた重要政策
・不動産市場の透明性の確保の向上、情報入手のコスト低減、低未利用不動産の活用、テクノロジーの活用を念頭に置く
・既存住宅の活用は国富の維持・増進に、情報入手のコスト低減は不動産サービスの向上にもつながるほか、客観的な尺度がもたらされることにより流通の活発化が期待される
I.国からの発表資料
1.経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針2021)における記載
6月18日閣議決定された骨太の方針2021では「第3章 感染症で顕在化した課題等を克服する経済・財政一体改革-5.生産性を高める社会資本整備の改革」において不動産IDに関して下記の通り記載されており、その推進が図られています。
・既存住宅市場を活性化させるため、長期優良住宅など住宅ストックの良質化や、空き家における先進的取組や活用・除却への支援等を推進するとともに、不動産IDなどの不動産関連データの連携促進等を進める。
2.国交省の検討資料における記載
2021年4月15日付国交省「不動産IDのルール整備について」においては、不動産IDのルール整備と不動産ごとのルール整備のイメージについて整理されています。
その中でID整備に加えてID実装が進展し様々な不動産関係データの連携が実現した場合に想定される主なメリット・ユースケースとして下記効果が記載されています。
①不動産市場の透明性が向上し、不動産取引が活性化。コロナ禍の影響による市況急変を緩和する効果も期待
②不動産取引に必要な情報入手に係る時間・手間、費用面でのコストが低減し、不動産業の生産性・消費者の利便性向上が図られる
③必要となる情報入手が容易になり、低未利用不動産の利活用、所有者不明土地の所有者探索に資する
④不動産取引に係るテクノロジーの一層の活用:不動産情報サイトにおける物件の重複掲載防止、おとり広告排除、AI価格査定の精度向上
II.想定される意義と効果
1.土地建物ID付与の検討の観点
土地建物へのID付与に期待される効果について ①国富の維持・増進が図られること ②労働生産性の向上に起因するサービスの向上とコストの削減がなされること ③客観的な尺度がもたらされ参入・心理的障壁が低下すること の観点から検討したいと思います。
2.ID付与の効果例
本項では土地建物へのID付与が直接的・発展的に不動産の取引や調査にどのような効果をもたらしうるか前項の観点から検討したいと思います。なお記載する事項については一定程度の実現性があるものと考えておりますが、今現在ではまだ予兆のない要素も加味していることをご了承ください
①国富の維持・増進が図られる観点について
(I)既存住宅を活用した国富の維持・増進
これまで住宅についてはそのストックの不足のみならず、他の消費への波及効果や建設業界の雇用の維持・拡大も期待され、建替えや新築住宅購入への優遇政策が選択されてきました。一方この政策はまだ使用価値がある既存住宅を取り壊すことにより、資金を費やして国富を減少させる側面もあったと考えることもできます。
近年労働者不足が国の課題とされ、住宅も空き家が目立つほど数は揃ってきている中で、既存住宅を活性化させ国として効率的に活用することで国富を維持し、かつ建設業界から他の業界に労働力や資金を振り向けることは意義があると考えた可能性もあると思われます。
(II)空き家問題
限界集落の発生等自治体における深刻な人口問題の克服のため二か所居住等が提言されています。限りある人員や予算の中で新規で二か所居住のための公共住宅を整備できる自治体は少ないと思われ、その地域に残る既存住宅の活用は効率が高い施策と思われます。
一方でそのために必要な既存住宅のデータベース作成についても自治体のマンパワーやノウハウの不足は否めないと思われます。そのため活用検討者が安心するレベルの建物の状況や修繕の履歴等の情報提供についても成功へのハードルは低くないと考えます。また日本全国で60000以上集落の数があることを考えると各々がそれを行うのも不合理です。
土地建物共通IDによる管理と修繕等の紐づけ、ノウハウの提供この克服の一助になり、二か所居住を促す材料になる可能性があると考えます。
②労働生産性の向上に起因するサービスの向上とコストの削減がなされることについての観点 =様々なサービスが生まれ、選択肢が増加すること
1社が行う物件査定であっても情報収集やヒアリング事項の聞き取り・反映にある程度の時間と手間を要し、さらにときにはそれが数社で行われることもあります。書類作成の手間も数倍かかることになり、各不動産業者が時間と資金のコストを負担します。
またそれを伝達する売主の手間もかさみます。しかも専門外である売主においては個別の資料は整理されていないことも紛失さえしていることもあり、本来の価値を購入検討者に認識されないまま取引が滞ることもあると思われます。結果として実現すべき利益を享受できない場合もあるでしょう。
ここで査定の時間的資金的コストが大きく減少し、また修繕を含めた価値を取引の相手方が適正に判断できる状況をイメージし、取引にどのような変化がある可能性があるか検討します。
・金融機関の物件査定の資金・時間コストが削減され、取り組める物件・顧客の範囲を拡大も容易になりビジネスチャンスが増加する
・リバースモーゲージ(=住宅資産の流動化)の拡大も期待される
⇒物件価値のモニタリングの精度・頻度の向上がサービス向上につながり市場が拡大する
⇒地域金融機関の収益に期するものとなる。
⇒・実質的に住宅資産の含み益が早期に実現され消費の活性化が期待される。
・年金不足問題解消の一助になりうる。
・相続財産の減少による資産集中是正の一助となる可能性もある。
・住宅資産の流動化を応用した新サービスも考えられる
⇒EX.住宅版サブスクリプションサービス等※
※:あくまでも、住宅の査定=モニタリングコストが極小化により実現性が一歩進んだ例として記載しました。
①個人は「住宅の権利」をサブスク会社より購入しますが、購入するのはものとしての住宅ではなく当該サブスク会社 の株式です。
②個人は当該住宅を賃借し居住します。
③支払われた家賃から株式の配当を受け取ります(配当原資は自分が払った賃料と同義ですが実際には多くの方々が株を保有しているので、自分も含めた人達が支払った賃料ファンドの一部を受け取ることとなります)。
④受け取ったお金でローンの返済を行います。
住宅とローンの価値およびローンの期間と住宅の賃借期間が同じであれば(中間マージンは必要ですが)実質的には自己の住宅ローンを返済しているのと同じこととなります。この仕組みは利用と所有、資産形成を分けた仕組みといえます。
またこの方策は不動産と貯金という国民の資産意識を、不動産の流動化=お金 にかえることで他の資産運用へと目を向けさせることとなり、国際金融センターの一助となる可能性もあるものと考えます。
克服すべき点や必要な税制改正等多々あり実現性は今のところ論ずるところではありません。また制度の方向性でメリット、デメリットは異なります。
ここでは(繰り返しにはなりますが)あくまでも大きな課題の一つである住宅の査定=モニタリングコストが極小化されることに一歩実現性に近づくサービス例として記載しました。
・不動産仲介業者の業務も効率化、一人当たりの取り扱い件数は増加する。
・不動産の情報整理・手間が削減されることにより遺言信託、個人のコンサルサービスの採算性があがり利用者のすそ野が広がることが考えられる
・企業不動産戦略についても不動産の社内情報の効率的な集約が図られることとなる
・国策で物件の流通の促進が図られる場合には流通税や譲渡所得税が軽減され、かわりに固定資産税(・相続税)が上昇する可能性もある。
・固定資産の評価も容易になり、固定資産税評価額の上昇も伴う効率的な収税がなされる可能性がある
③客観的な尺度がもたらされることによる参入・心理的障壁が低下することについての観点
物件の基礎的事項に建物状況評価や修繕の履歴が紐づけられ、容易に豊富な客観的な情報を購入検討者が確認できるようになれば、これまで既存住宅の流通を妨げていた土地・建物の物的信頼性の欠如が減少するものと思われます。
また不動産情報の透明性が進めば、さらなる海外からの投資が期待できます。日本に必ずしも拠点を有していない企業が投資するケースも増加、今後成長が期待できるアジアマネーの運用先としても選択される可能性が上昇するものと考えます。
III.まとめ
土地建物ID付与は、単なる事務効率の上昇にとどまらず、その活用の方向により不動産への意識や労働者の効率的な配置、サービスの内容や提供のあり方等の大きな変化に結びつく可能性があります。実際にはどのような効果がいつどの程度あらわれるのか、実は制度設計の不備や利用者の反応が薄いこと等によりなんの変化も起きないのか、現時点ではっきりとしたことは不明です。
しかしながら技術や今後の我々の意識や社会の必要性の認識も大きく変化する可能性も否定できません。わずかの変化でもその予兆を感じ、来るべき不動産市場の変化に対する準備をしていくことが必要と考えます。