1.表題の事例の事実関係の概要
表題の申告を税務調査で否認され、国税不服審判所に審査請求をしたものの、その請求が認められなかった平成29年5月23日付の裁決事例があります(国税不服審判所のホームページの「公表裁決事例」に登載)。事実関係の概要は次の通りです。
・平成24年6月に死亡した(90歳前後?)Xは、平成20年にR銀行に経営財務診断を申し込み、その際、相続に伴う遺産分割や相続税が心配であると伝え、診断結果の報告で、借入金により不動産を取得した場合の相続税の試算や課税価格の圧縮効果の説明を受けた。
・その後の平成21年1月末、Xは、R銀行から6億円余りを借り、それに親族からの借入金や自己資金を加え8億円超の投資用不動産(甲不動産)を取得し、同年12月にも、同様にR銀行からの借入れで大半の資金を調達し5億5千万円の別の投資用不動産(乙不動産。甲不動産と合わせて本件各不動産。)を取得した。
・Xの死亡後の遺産分割協議により、相続人Kが本件各不動産を取得し、Xの約10億円の債務全部(その大部分が本件各不動産の取得に係るもの)を承継することになった。
・Kは、平成25年3月には乙不動産を総額5億1千5百万円で売り渡す売買契約を締結し、乙不動産を譲渡した(相続から9カ月足らずで乙不動産は現金化されその借入金は返済されてなくなった)。甲不動産は、(裁決書を見る限り)少なくとも審査請求中までは売却されていないようである。
・相続人は、財産評価基本通達(以下「通達」)に従って本件各不動産を評価し相続税の申告を行ったところ、税務署は、平成26年10月からその相続税の税務調査を開始した。そして、本件各不動産につき、不動産鑑定業者に時価評価を依頼し、通達評価額よりずっと高い鑑定評価額を本件各不動産のあるべき課税価格(時価)として、相続税の再計算し更正処分を行った。
この更正処分の根拠としたのが通達6項の「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」という規定です。本件各不動産を通達通り評価することは「著しく不適当」だから通達の定めにない鑑定評価額で評価した、ということです。
2.国税不服審判所が更正処分を適法と判断した理由
(1)相続税法22条は、相続財産の価額は相続時の時価による旨を規定しており、時価の評価に当たっては、すべての納税者に通達に定める方法を画一的に適用することで納税者間の公平などが実現できるので合理的である。しかし、「特別な事情」があるとき=そのことでかえって実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかな場合は、別の合理的な方法による時価評価が許される。6項はそれを定めたものである。
(2)高齢なXによる本件各不動産の取得は、上記の経営財務診断の報告後間もなく行われ、その主な目的は、通常の投資ではなく相続税の負担軽減にあったと認められる(R銀行の貸付けの際の稟議書もそれを裏付ける内容。)。
(3)本件の各鑑定評価額は、本件各不動産の時価として合理的と認められるが、本件各不動産の通達評価額は、いずれも、その取得価額、不動産鑑定価額(乙不動産はさらに譲渡価額)の3割弱である。
通達評価額と時価との間に著しい乖離のある本件各不動産を通達評価額で評価し、その取得のための多額の借入金を通達によりその額面で評価すると、その借入金は本件各不動産の通達評価額を大きく超え、その超過額は他の財産の価額から控除され、各相続人に相続税が生じない結果となっている。
(4)このような事態は、本件と同様の軽減策を採っても相続税の軽減という効果を享受できない(もともと多額の財産を保有していない)他の納税者との間の実質的な租税負担の公平を著しく害し、富の再分配機能を通じて経済的平等を実現するという相続税の目的に反するもので(1)の「特別の事情」に当たる。
3.終わりに
〈多額の借入金による不動産の取得〉では、借入金が不動産の取得価額(≒時価)に見合う額面評価となる一方、不動産の通達評価額がそれを大きく下回る結果、他の相続財産の多くを打ち消す多額の評価上の△差額を作り出せる、という通達による評価の歪みを利用した相続税の回避が、従来から問題視(否認)されてきました。
相続後にその不動産を売却していなくても、また、仮に相続税の回避以外の合理的な目的があったとしても、上記△差額が生じる点は同じです。未売却の甲不動産もその評価が同様に否認されている理由もそこにあるように思われます。現在、この事案は東京地裁に訴訟係属中となっています。