前回のコラムで、融資は属性、与信、担保価値、そしてその根底には融資基準があることをお話しました。金融機関の融資では、この基準が適用されることは間違いありません。こう書きますと「なんだ、それでは私はこれ以上の物件は買えない」と思われる方もいるでしょう。教科書的に考えれば、そういう結論になります。
しかし、実際の融資現場はそれだけではありません。実際に融資交渉を何回も重ねていくと、裁量の部分が残されているのがわかってきます。
そこで、今回は「裁量」の部分を中心に、その対処方法をお話しましょう。
金融機関の裁量とは
しかし、裁量と言っても抽象的でわかりづらいですね。
具体的には二つのポイントがあります。
(1)稟議書作成の裁量
融資可能かどうかを検討するためには、融資担当者が稟議書(物件の評価や属性の評価などをまとめたレポート)を作成します。
たとえば、物件の評価では、建物の積算価格は構造別に設定された標準的な建築坪単価に延床面積をかけ、経済的耐用年数から築年数を引くことによって残存価格を算出して計算します。
しかし、そうすると、たとえば経済的耐用年数が30年で築30年の物件は理論的には積算価格はゼロとなってしまいます。
※更地評価とする場合は取り壊し費用分がマイナス
とはいっても、実際は築30年の物件でも満室物件はありますし、数年で倒壊することもありえないでしょう。
つまり、計算上、建物に価値がなくても実際には賃貸物件として建物の価値はあるということになります。
そのため、耐用年数を超えた建物でもその稼動状況や建物の状態などから一定の評価を与えても理屈は通るのです。
このように、基準は基準として、融資担当者のレポート次第で基準以上の評価を出せる場合があります。
これは建物に限ったことでなく、土地評価でも、また収益還元法に大きな影響を与える家賃相場でもその根拠が明確に提示できれば、一般的な基準を超えた評価をすることも可能なのです。
※一般的に金融機関は物件評価を別会社に依頼しています。そのため、本来は恣意が入る余地はないはずですが、実務上は担当者からのお願いが多々あるようです
また属性(融資を受けようとする個人の評価)においては、年収など数字で表せる部分だけでなく個人の人物評価も加わります。
人物評価は定量的に表せるものではありませんので、ここにも裁量の余地が加わってきます。
こうして稟議書は作成されるのですが、これはあくまで融資担当者が判断した内容で、そのまま認められるのではありません。
金融機関は上意下達の組織で、決裁権限を持つ上席から稟議書の内容をチェックし、承認した場合にはじめて融資が可能となるのです。とはいえ、稟議書の書き方によって融資上限額は変わってくる可能性があります。
(2)決裁権限者の裁量
このように、担当者の考え方によって融資金額が上下して稟議書が決裁権限者に上げられるわけですが、決裁権限者はどうやって判断するのでしょうか。担当者も決裁権限者も、判断の根拠となる融資基準は同一です。そこで、融資担当者が根拠を挙げ、考慮された点について同意できるかどうかが判断のポイントとなります。
この稟議書が上がった段階では、担当者の判断の根拠が明確で、明らかに問題があるというわけではありません。
一定の筋が通っている"場合、その根拠を積極的に認めれば承認することになり、認めたくなければ、重箱の隅をつつくように問題を指摘すれば不認の根拠となるわけです。
極論すれば、決裁権限者は「どちらでも自由にできる」裁量を持っているのです。
そこで、決裁権限者がどの立場にいるのかということが大きなポイントとなってきます。
決裁権限者が、融資残高に利害関係がまったくなく稟議内容に係わらず機械的に査定し直す場合、その人が積極融資の考えを持っていれば融資は通りやすくなるでしょう。
しかし一般的に公正な判断というのは保守的傾向になりがちですので、融資は通りづらくなるのが通例です。
逆に決裁権限者が融資残高を増やしたい意向を持っていれば、むろん融資は通りやすくなるでしょう。
たとえば、支店長の融資決裁上限以内で、その支店の融資目標が未達成の場合、決算時期(3月、9月)数ヶ月前は"一定の筋が通っている"融資は通りやすくなるかもしれません。
しかし、融資金額によっては支店長の決裁権限を越えるものも出てくるでしょう。限度を超えた場合は本部の決裁が必要になってきます。そうすると、融資限度を超えると急に保守的な査定に変わってしまうことにもなるのです。
また、本部決裁でなく、支店長決裁で融資可能な金額であっても、支店長の考え方次第で融資に積極的な支店とそうではない支店もあります。このように決裁権限者の恣意によって融資の可否は大きく変わってくるのです。
融資はアナログの世界
これはあくまで私の私見ですが、デジタル的な数字で決められているように思える金融機関の融資審査の実態は、とてもアナログ的で人と人との関係が大きく影響していると思われます。
そうはいっても「どんなにアピールしても数字を盾にダメと言われた」という経験を持っている方もいらっしゃるでしょう。
実は私自身何度も経験しています。しかし、今振り返ってみると当時の経験にはひとつの疑問符がつきます。
それは
・数字がダメなのではなくて、自分自身がダメだったのではないか
・断る理由として当たり障りのない数字を使っただけではないのか
当時、本当はどうだったのか、その真偽はわかりませんが、今思えば自分のアピールが足りなかったのかもしれません。そのため、担当者が裁量を使って融資をしようという気持ちにならなかったのかも、と思うのです。
数字では表せないアピールの部分を強調できるかどうかが融資の成否を決めるのではないでしょうか。
アピール力を磨いて融資を勝ち取ろう
それでは、このアピールとは実際何をしたら良いのでしょうか。
それは「この人だったら融資をして不動産を購入しても安心」だと、融資の担当者に理解してもらえるように自分自身を売り込むことに他なりません。
そのためには、目的とする投資物件を購入したあと、どうやって運営していくのかを明確に提示することができ、その筋道に根拠があって客観的に第三者も理解できる説明ができることが必要です。
具体的には
・なぜその価格で買おうとするのか
・その価格で買ったときに収益性はどうなるのか
・現在の状態で収益は確保されたとしても、将来の環境変化、たとえば金利上昇や家賃下落、空室率の上昇などの可能性とその対応策はできているのか
など、担当者が融資判断をするために知りたいことについて自分自身の言葉で伝えられることができればアピールは成功と言えるでしょう。
これは、融資を勝ち取るためにだけでなく、不動産投資をするときには必ず考えなければならないことでもあります。
不動産投資は大きな投資です。大きなお金を投資するときに、その投資について詳細に検討するのは当たり前のことです。
しかし、その当たり前のことを怠って、目の前の利回りやキャッシュフローだけを目当てに融資を申し込む人もいます。融資担当者はそういった人達に辟易しているのかもしれません。
当たり前のことをちゃんと準備して真剣に取り組むことこそ融資の近道なのです。